緋の英雄王 白銀の賢者

冴木黒

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ルフスの悩み

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 目を覚ますと、空はまだ暗かった。膝を抱えて焚火を見つめていたティランが、ルフスの動きに気づいて顔を向けてくる。
 白銀の髪と薄青色の眸。まだ見慣れていなくて、妙な感じだ。

「ごめん、交代する」
「いや、まだええぞ。そんなに経ってない」

 ルフスは毛布を体に巻き付けたまま起き上がる。火の反対側に山吹が眠っているのが見えた。

「なあ、じゃあさちょっとだけ話してもいいか?」
「あん?」
「相談ていうか、いや、相談なのかな? なんかずっと考えちゃって。考えすぎるの良くないし、考えたってどうしようもないのに止まらなくてさ。それでちょっと無性に誰かに聞いてもらいたくなって」
「そういうのは愚痴っていうんとちがうか。まあどっちでも構わんけど別に。ええぞ、話してみい」

 山吹が起きないように、小さな声で話さないといけないからルフスはティランの近くに移動する。
 寒いから、できるだけ熱が逃げないようにと毛布の首元を手で押さえる。

「英雄なんて言われる人なんてさ、大抵なんか特別だったりするだろ?」
「んー?」
「生まれだったり強さだったり」
「ああ、まあそうな」
「で、おれはっていったらすげぇ普通じゃん」
「そうか?」
「だって、平民だぞ。田舎の村出身だぞ。めちゃくちゃ強いとかそんなんでもないし」

 ティランは首を傾け、僅かに考えてから言う。

「それはまあ違いないけど。でも英雄のイメージだのなんだのの殆どは、後世の人間が勝手に作り上げたもんなんやけどな。でそれが何?」
「やっぱ何かの間違いなんじゃないかなって……何もできない、一人のひとを助けることもできない、特別な力もない。おれ、そんななのに」

 ルフスは呟き、項垂れる。
 声に出してしまって、気分はより沈んだ。
 自分で発した言葉なのに、まるで別の誰かに責められているような、そんな気になる。
 ティランが言う。

「力ならあるやろ。それはおまえにしかない特別な力や。おまえの中には光がある。確かに感じる。おれにはわかる」
「なんだよそれ」
「でも活かすことができないなら、それは実質力を持っていないのと同じことや。ただそういうやつは世の中にいくらでもいるし、別にええんやないか?」
「いや、よくないだろ!」

 ルフスはびっくりして、つい怒鳴る。
 ティランはあくまで涼しい顔をしている。

「なんでや。英雄としての力を発揮できないからって別に構わんやないか。おまえはおまえができることだけして、好きなように楽しく生きていけるならそれで十分とちがうか」
「だ、だって、おれが英雄だっていうんなら、その力があるなら……どうにかして力を扱えるようにならないと、悪い奴が暴れて世界が大変なことになるから、そいつをどうにかしないとダメになるんだろ。そうしないと、」
「闇に呑まれて死ぬ」

 さざ波のような、静かな声が言った。
 ティランの顔がこちらに向き微笑む。
 優しく、ねぎらうような笑みだった。

「この世界はな。だったら違う世界で生きていけばいい。この世界とは別の世界、知っとるやろおまえも。行き来するための魔法もある。なあ、ルフス。使命なんてもうどうでもええやないか。おまえがそんな重い役目を一人で負う必要なんてどこにある? おれと一緒に新しい世界に行って、おもしろおかしく生きようや」
「だめだ」
「なんで」
「だってそんなの……」

 そんなの、なんだ?
 おれに何ができる?
 何もできないくせに。ただ殺されそうになっていただけのくせに。庇われて、庇ってくれたその人を助けることもできずに突っ立っていただけのくせに。
 ラータの話の中にも出てきた異世界の話。
 この世界は実は無数にある星のひとつで、同じようにヒトや生物が存在する世界が他にもたくさんある。現にラータやディアは別の世界からこちらへやって来たと言っていた。世界を移動する魔法があるのだと。
 そして、先日ティランは魔法が使えることがわかった。
 それもかなり強く大きな力を持っているようだった。

「……ティラン、ひょっとしてティランならその異世界へ渡る魔法を使うことができるのか?」
「ああ」
「じゃあ、じゃあさみんな、人も動物も魔族や他の種族も、この世界に住むみんなで異世界に移動しちゃえば、それだったら」
「無理やな、世界を渡る移動魔法はただでさえリスクが大きいんや。失敗すれば時空の狭間に迷いこんで出られなくなる。魔法の規模が大きければ大きいほど失敗する可能性も高くなる」
「だったらだめだ」

 ルフスは大きく首を振って、頭を抱え込み背を丸める。

「だめだそんなの。おれだけ逃げるなんて」

 震える声で言う。
 ティランはさも不思議そうな顔をする。

「どうして。おまえさんは別に英雄になんてなりたくないんやろ? 恐ろしいんやろ? そんな力やこう欲しくなかったって、本当は心のどこかで逃げてしまいたいって思っとるんやろう? ならそれでええやないか。おれと一緒に行こう、ルフス。どこか驚異のない世界へ行って、気楽に生きていこうや」

 ティランはルフスの肩を優しく撫でて言う。

「おまえの人生は、他でもないおまえのもんや」
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