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傀儡
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「その髪の銀色、瞳の青。話に聞いたことがありますわ。一夜にして滅びた北の小国エストレラ、そこに住む人々は皆、あなたのような髪と瞳の色をしていたと。そして、」
視覚的には何もないはずの空間で、女は悠然と腰を下ろしてみせる。まるでそこにソファでもあるかのように。
「底知れない魔法力と知識を持ち、白銀の賢者と呼ばれた王子、ティエンラン様。そのあなたがなぜあの方の、アルナイルにいらっしゃったの? なぜ、宮廷付きの魔法使いだなどと……」
「………」
「ああ、どうぞお座りになって。この闇の空間は今やわたくしの領域。思うだけでそこにはなんでも顕現させることができますのよ。ご不安でしたらほら、これでどうかしら?」
言うなり、周りの景色が殺風景な闇の間から絢爛豪華な室内に変わった。白塗りの壁にかけられた、赤地に太陽と大地を表す柄の織物。天井から吊るされたシャンデリアは真鍮製で、光を散乱させる目的で多角形にカットされたガラスがいくつもあしらわれている。陽光を多く取り込むために、大きく切り取られた窓。外には空の水色と、木々の緑が見えているが、それは恐らくこの部屋と同じで、女が作り出したまやかしだろう。そして大理石の床には絨毯が敷かれ、中心にローテーブルと猫足のソファが置いてあった。
女は正面のソファに腰かけていて、にこりと微笑む。
「お懐かしいでしょう。アルナイル王城の応接室です」
ティランはひとつ息を吐き出し、彼女の前に座ると相手を睨みつけて言った。
「ええぞ。その代わりおまえさんの話も聞かせてもらおうか。春の姫君、いや、セラフィナ王女」
***
「国王陛下におかれましてはご機嫌麗しく………」
ロッソ・フオーコ・アルナイルは、おべっかだらけの長い前口上に内心うんざりしていた。
相手は南の領地を治める公爵で、先日爵位を継いだばかりの若い男だ。
ロッソの傍に控えていた補佐の老爺が咳ばらいをすると、男はようやく王の様子に気づいたらしく、慌てて話を切り上げた。そして、背後に控えていた付き人に合図を送って、外から何かを運び入れさせた。
「どうぞこちらをお納めください」
かけられていた大きな布が取り払われると、中から現れたのは等身大の人形だった。
青地に金糸の刺繍が施された異国風の衣装。髪は銀色で、目は深い青色で宝玉のようだった。それとも本当に宝玉でできているのだろうか。それにしては肌や髪に艶があり、蝋や陶器のものと質感がちがっているように見える。
精巧な造りで、不思議と今にも動き出しそうな感じがあり、ロッソは何度も目を瞬かせた。
「これは?」
「先日手に入れた美術品にございます。この衣装、この瞳の青色の美しさに、気づいた時には大枚をはたいておりました。陛下にもきっとお気に召していただけるのではないかと思い」
王の隣でまた老爺が咳払いした。
「確かに優れた美術品のようだが、我が国の象徴は赤ということをお忘れではあるまいな。グレイス公爵」
「あ、はッ、も、申し訳ございません!」
「あーいいいい気にするな。爺も相手が自分より若いからってそう虐めてやるんじゃない。それにしても本当にまるで生きているかのようだが……」
ふむと呟き、壇上を降りて人形の前に立ったのは老爺とは反対側に控えていた額環とローブを身に纏った男だ。
彼は城に仕える魔法使いで、老爺と共に幼い頃から王のことをよく知る一人だった。
「これは、まさしく生き人形といったところですね。傀儡の魔法で人形のようにされていますが、本来はただのヒトです。となるとこの髪と瞳は……」
「人間?」
ロッソは僅かに眉根を寄せ呟く。
そうして先程からずっと身を固くしているグレイス公爵に向けて問いを投げかけた。
「これを一体どこで手に入れた?」
「はっ、ユーピテルの競売場にございます!」
「ユーピテル……」
それを聞いたロッソが険しい顔で考えに耽るのを見て、グレイス公爵はまた何か粗相をしてしまったのだろうかと気が気ではなくなった。
見かねた魔法使いが命じて公爵を下がらせ、王に言った。
「そういえば近頃は見目の良い奴隷に術を施し、このように美術品として売買することが資産家たちの間で流行っていると聞いたことがあります」
「ふうん……なあこの術解けるか?」
王は不機嫌そうに唇を尖らせて言い、魔法使いは頷いた。
「解いてくれ」
「陛下に危険があってはいけません」
「自分の身くらい自分で守るさ」
魔法使いは目を眇めて人形を見つめ、短い嘆息と共に杖を構えた。老爺も何か言いたげな顔をしていたが、彼もまた王の頑固さはよく知っていたので早々に諦めたらしい。
まあ周りには衛兵が多くいるし、自分もいる。それに王の剣の腕は二人共よく知っている。
それにこの人形にされた青年。
髪と瞳の色からして恐らくは、滅びた北の王国の民の生き残りだ。
であれば、失われてしまった古代魔法の知識を何かしら得ることができるかもしれない。
魔法使いの唇が力ある言葉を紡いだ。
視覚的には何もないはずの空間で、女は悠然と腰を下ろしてみせる。まるでそこにソファでもあるかのように。
「底知れない魔法力と知識を持ち、白銀の賢者と呼ばれた王子、ティエンラン様。そのあなたがなぜあの方の、アルナイルにいらっしゃったの? なぜ、宮廷付きの魔法使いだなどと……」
「………」
「ああ、どうぞお座りになって。この闇の空間は今やわたくしの領域。思うだけでそこにはなんでも顕現させることができますのよ。ご不安でしたらほら、これでどうかしら?」
言うなり、周りの景色が殺風景な闇の間から絢爛豪華な室内に変わった。白塗りの壁にかけられた、赤地に太陽と大地を表す柄の織物。天井から吊るされたシャンデリアは真鍮製で、光を散乱させる目的で多角形にカットされたガラスがいくつもあしらわれている。陽光を多く取り込むために、大きく切り取られた窓。外には空の水色と、木々の緑が見えているが、それは恐らくこの部屋と同じで、女が作り出したまやかしだろう。そして大理石の床には絨毯が敷かれ、中心にローテーブルと猫足のソファが置いてあった。
女は正面のソファに腰かけていて、にこりと微笑む。
「お懐かしいでしょう。アルナイル王城の応接室です」
ティランはひとつ息を吐き出し、彼女の前に座ると相手を睨みつけて言った。
「ええぞ。その代わりおまえさんの話も聞かせてもらおうか。春の姫君、いや、セラフィナ王女」
***
「国王陛下におかれましてはご機嫌麗しく………」
ロッソ・フオーコ・アルナイルは、おべっかだらけの長い前口上に内心うんざりしていた。
相手は南の領地を治める公爵で、先日爵位を継いだばかりの若い男だ。
ロッソの傍に控えていた補佐の老爺が咳ばらいをすると、男はようやく王の様子に気づいたらしく、慌てて話を切り上げた。そして、背後に控えていた付き人に合図を送って、外から何かを運び入れさせた。
「どうぞこちらをお納めください」
かけられていた大きな布が取り払われると、中から現れたのは等身大の人形だった。
青地に金糸の刺繍が施された異国風の衣装。髪は銀色で、目は深い青色で宝玉のようだった。それとも本当に宝玉でできているのだろうか。それにしては肌や髪に艶があり、蝋や陶器のものと質感がちがっているように見える。
精巧な造りで、不思議と今にも動き出しそうな感じがあり、ロッソは何度も目を瞬かせた。
「これは?」
「先日手に入れた美術品にございます。この衣装、この瞳の青色の美しさに、気づいた時には大枚をはたいておりました。陛下にもきっとお気に召していただけるのではないかと思い」
王の隣でまた老爺が咳払いした。
「確かに優れた美術品のようだが、我が国の象徴は赤ということをお忘れではあるまいな。グレイス公爵」
「あ、はッ、も、申し訳ございません!」
「あーいいいい気にするな。爺も相手が自分より若いからってそう虐めてやるんじゃない。それにしても本当にまるで生きているかのようだが……」
ふむと呟き、壇上を降りて人形の前に立ったのは老爺とは反対側に控えていた額環とローブを身に纏った男だ。
彼は城に仕える魔法使いで、老爺と共に幼い頃から王のことをよく知る一人だった。
「これは、まさしく生き人形といったところですね。傀儡の魔法で人形のようにされていますが、本来はただのヒトです。となるとこの髪と瞳は……」
「人間?」
ロッソは僅かに眉根を寄せ呟く。
そうして先程からずっと身を固くしているグレイス公爵に向けて問いを投げかけた。
「これを一体どこで手に入れた?」
「はっ、ユーピテルの競売場にございます!」
「ユーピテル……」
それを聞いたロッソが険しい顔で考えに耽るのを見て、グレイス公爵はまた何か粗相をしてしまったのだろうかと気が気ではなくなった。
見かねた魔法使いが命じて公爵を下がらせ、王に言った。
「そういえば近頃は見目の良い奴隷に術を施し、このように美術品として売買することが資産家たちの間で流行っていると聞いたことがあります」
「ふうん……なあこの術解けるか?」
王は不機嫌そうに唇を尖らせて言い、魔法使いは頷いた。
「解いてくれ」
「陛下に危険があってはいけません」
「自分の身くらい自分で守るさ」
魔法使いは目を眇めて人形を見つめ、短い嘆息と共に杖を構えた。老爺も何か言いたげな顔をしていたが、彼もまた王の頑固さはよく知っていたので早々に諦めたらしい。
まあ周りには衛兵が多くいるし、自分もいる。それに王の剣の腕は二人共よく知っている。
それにこの人形にされた青年。
髪と瞳の色からして恐らくは、滅びた北の王国の民の生き残りだ。
であれば、失われてしまった古代魔法の知識を何かしら得ることができるかもしれない。
魔法使いの唇が力ある言葉を紡いだ。
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