緋の英雄王 白銀の賢者

冴木黒

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追憶

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 目覚めた時、瞼や頬に引きつるような感じがあった。
 指で触れると、涙が渇いてざらついているのがわかった。
 ティランはしばらくぼんやりと座り込んでいたが、不意にろう石を取り出すと、床に描いた魔法陣の一部を書き換え始めた。それから円のところどころに置いた台座の上に素材を追加していく。
 その地に刻まれた記憶を呼び起こす術。
 それを、星の記憶を呼び起こすものへと書き換える。
 ティランの知りたいことはいくつかあって、それはそれぞれ別の地域で起こった出来事なので、本来ならば各地を巡ることが望ましい。その方が術者への負荷が少ないからだ。
 星の記憶を取り込むとなると、それがたとえ僅かな時間のことであっても情報量としては膨大だ。
 ヒトの身でどこまで耐えうることができるか。
 はっきり言って自信はない。
 それでも時間が惜しい。できればここで、必要な情報すべて手に入れたい。
 杖を握り、円の外に立つ。
 ティランが言葉を紡ぐのに合わせ、魔法陣が輝き始める。

「我は魔術の徒にして、白銀の賢者の名を戴く者。とこしえの夢に沈みし大地、海よりも深きその知識を我に記したまえ。生命の根源、命なきものの記憶、風の導き、降り注ぎし雨露の想起。さあ応えよ、命の源」

 光の奔流が押し寄せティランを飲み込む。
 その中でティランは、自分が自分でなくなるのを感じていた。
 肉体が崩れ、溶けて、星と一体となる。偉大なる世界の前に己という存在は無と化す。そんな感覚。
 そこに恐れや苦しみは一切なく、あるのはただ喜びだけだ。
 だがそんな感覚は、突然ぴたりと途絶えた。
 気づけばティランは、実体を失っていた。流れる光の中でニヤリと笑うのは、自分の顔だ。
 水鏡であることを瞬時に悟る。
 なんで。
 音にならない声で呟けば、応えるように水鏡が言う。

「このオレでもかーなりキツイってのに、おまえ本ッ当に大馬鹿者だな。卑小な人間の分際でこの圧に耐えきれるわけねえだろうが。ヤケ起こしてんじゃねぇぞクソが」

 光は去り、ティランの姿も元に戻った。
 床の魔法陣は焼けて黒ずみ、小さく煙がのぼっていた。
 よろめき、倒れかける体を握っていた杖で支える。それでも足に力が入らず、ずるずると滑り落ちるように座り込んだ。

「お前が欲しい情報をくれてやるよ」

 声が頭上から降ってきた。
 顔を上げると、美しい少年が宙に浮いて腕組みをしていた。顎を反らしながら見下ろしてきて、なんだか偉そうだった。体は、半分透けている。
 覚えがあるのは声と、その不遜な態度だけだ。

「ついでにオレも本来の姿を思い出すことができた。その礼だ」


 ティランがメルクーアの森にある一軒家に戻ったのは、その翌日のことだった。
 眠ることで多少は体力も回復したものの、ティランの顔には疲労が浮かんでいた。
 ルフスの眠るベッドの傍らで、椅子に座っていた山吹が振り返る。

「悪い、遅くなってもた。ルフスは、まだ目を覚まさんのか」

 山吹は黙って頷く。

「強めに術をかけたからな。放っておいてもそのうち目覚めるだろうが、そういうわけにもいかんだろう。解くぞ」

 水鏡が姿も現さずに言い、室内に力が流れる気配があった。
 見守る山吹とティランの前で、ルフスの顔が歪んだ。小さく呻く声があって、ゆっくりと目を開ける。瞼の裏から現れたふたつの眸は焦点を結ばずぼうとしていた。
 
「ルフス」

 ティランが山吹の横から覗き込むと、ルフスは半分開いた目でそちらを見やった。
 そうしておもむろに唇を開くと、

「……ティーエ?」

 と掠れた声で言った。
 ティランは息を呑む。
 山吹が同じように身を乗り出し、ルフスの胸元に掌をのせた。

「ルフス殿、しっかりなさってください。私が誰かわかりますか?」

 ルフスは困惑した様子で、山吹を見上げる。それから、ややあって言う。

「やま、ぶき」
「そうです、そのとおりです。まだ疲れているならもう少し眠りますか? それとも起きて、何か口にしますか?」

 ルフスはまだ頼りなげな表情で、山吹を見上げるばかりだった。
 言葉を理解しているのかどうかも怪しい。

「体を起こすのが辛いのであれば、しばらくこうして横になっているのもよいかもしれません」
「うん……」

 ティランと山吹は頷き合うと、ルフスを残して部屋を出る。
 扉を閉める寸前、ルフスが首だけを動かし窓の外を眺めているのが見えた。

「腹が減ったな。悪いけど何か食えそうなもん探させてもらおう。それでちょっと食べながらでも話したいことがある」
「私は動きながらでも構いませんが」

 山吹は火を起こし、湯を沸かす隣でティランは麻袋や棚を漁る。

「そうか。実はさっきまでおれは故郷、エストレラに行っとった。山吹、おまえさんどこまで知っとる?」
「一般的な知識は詰め込まれています。エストレラ、ここより北の、大昔に滅びた国でしたね。故郷、そうするとティラン殿は」
「ああ、おれは五百年前の人間や」

 加工された肉や魚とチーズ、それからビスケット。日持ちのしそうな食料をいくつか見つけて、テーブルに運ぶ。
 茶葉を探す山吹に、棚の中で見つけたそれを渡してやる。

「エストレラでおれは記憶を辿る魔法を使って、ぜんぶ見てきた」
「記憶を?」
「星の記憶を辿る魔法や。あの日何があったのか知りたかった。それでわかったんや」

 ぎりっと奥歯をかみしめてティランは言う。

「エストレラもアルナイルもぜんぶ、全部あいつのせいで……そう、すべての元凶はあいつやったんや」
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