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三度目はない
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アンノウン。
闇より生まれ出でし未知なる存在、
或いは何者でもない者。
あらゆる生命体とも妖とも異なり、由来する者を持たない不確かな存在だ。ある日突然どこからともなく現れる。厄介なのは、この世にもあの世にも干渉する力を備えていることだ。
そいつは、闇を好み闇の力を操った。
最も不安定で取り入りやすい、脆弱な人間に目をつけ、力を蓄える器として利用した。
憎しみ、妬み、絶望、そんな人間達が生み出す感情はアンノウンにとって極上の糧となった。アンノウンの力は恐るべき速さで増大し、神々は対抗手段として、光の剣を作った。
それを手に取ったのは人間の、ひとりの男だ。
その者は闇や邪悪なものを寄せ付けない不思議な力を持っていた。
「初代英雄、べルミオン」
「もう何千年も昔の伝説……いえ、彼は実在し、そして現に闇に巣食うその者をうち滅ぼしました。そしてその剣を手にすることができたあなた様も、ロッソ様」
「おれが? そんなバカな。おれには特別な力など」
「ございますよ。お気づきになられていないだけ。あなた様の内には溢れんばかりの光を感じます」
天に祈るような形で、頭を垂れた老司祭を見下ろして、ロッソはただただ戸惑っていた。
剣を祀る教会の奥での出来事だった。
その様子を影から忌々しそうに見つめる者の姿があった。
まだ顕現して間もないアンノウンだった。アンノウンはヒトの、教会の関係者の体内に潜んで、様子を探っていた。
数千年前に生まれたアンノウン。それは同胞であり、兄弟であり、今のアンノウン自身でもある。
この男の前の魂の持ち主にアンノウンは破れた。
あの時の屈辱を、再び味わうつもりはない。
この忌々しい人間を出し抜く方法。
だがまずはそう器を手に入れなければ。
力溢れる器を。
そして、そうだ、そう、誰しも持っているだろう弱みを探し当てて、それで。
それで弱みにつけこみ、悪意や憎しみを増幅させる。
それはアンノウンの最も得意とすることだった。
それは水鏡によって伝えられた過去の出来事の一つであった。
すべてを知る星の記憶の一部。
話しながら、ティランは腹の底が煮えるのを感じていた。
「あの夜、エストレラに多くの軍勢が押し寄せてきた。ずっとおかしいとは思っとったんや。岩山を越えることは人の足では不可能であるはずで、トンネルには外部の人間には解けるはずのない結界が張ってあったっていうのに」
エストレラの人間だけが、その鍵となる言葉を知っている。
それをアンノウンは利用した。
「奴はそれを知って、ある男を唆した」
それは国民の一人だった。
とりたてて何かあるわけではない。どこにでもいそうなごく普通の男。
城の地下施設で家畜の世話をしていて、家庭があって、どちらかといえば気弱で、僅かな魔力を持った中年の男。
アンノウンはその男に憑りつき、内側から結界を開いた。
それだけではない。侵略してきた国の王もまたそうだ。アンノウンに唆されていた。
「奴は幻聴や幻覚で心を乱す。弱ったところに憑りついて操る。それが奴のやり方や。そして、あの姫さんの時も」
彼女と彼女の故郷を誹る声。
度重なる嫌がらせ。
すべてはアンノウンの仕組んだ罠だった。
他国に嫁いだ彼女の心の隙につけこみ、孤独に追い込んだ。
少なくともティランは知っている。
アルナイルの人々は間違いなく温かかった。
そして、ロッソは彼女のことを真に大切に思い、深い愛情を抱いていた。
それをどうにかして証明することができれば。
彼女の凍てついた心を溶かすことができれば。
彼女の中からアンノウンを引きずり出すことができるのではないか。
だがもうロッソはいない。彼の魂を受け継いでいるとはいっても、ルフスはルフスであって、ロッソではない。
彼の想いを伝えることができるとすれば、この現代において彼のことを唯一知っている自分しか最早いない。
「ティラン殿」
ティランの前に湯気の立つカップが置かれた。
「一人で考え込まないでください。何かお考えがあるのであれば、私にもお話しください」
「あ、ああ。すまん」
いつもと変わらぬ平淡な声で表情も無に等しかったが、どうしてだか咎められたような気分になりティランは謝罪した。
ところが山吹は、少し沈黙した後で言う。
「別に責めたつもりはありませんよ」
「わかりづらいんや、おまえさんは」
「ティラン殿はそうして今までずっとお一人で頑張ってこられたのでしょう? ですが、何かあれば私も力になるつもりでおりますから、お考えがあるならば教えていただければと」
今まで、ずっと一人で。
国を失って、生き残ってしまった。
それで一時的に一人になった。
人間の汚い部分に触れた。
知りたくもなかったことを知ってしまった。
それでも、幸福はあった。短い間だったけれど。
「…………おれは、それほど孤独でもなかったよ」
二度も居場所を失ったけれど。
だからと言って、訪れた幸福はなかったことにはならない。
そして、今の自分の置かれた環境を不幸であるとも思わない。色々と酷い目にはあったけれど、それでも自分は運がいい方なのだと思う。偶然か必然か、いい出会いをして、何かよくないことに巻き込まれはしても、なんだかんだ解決した。
ただ、今が幸福かと言われれば、そういうわけでもない。
幸福を噛みしめるような暇がないからだ。
今のティランにはやりたいことや生きる目的が特になくて、何かを楽しむ余裕すらない。
それは生きる意味を見失っている状況といってもいいかもしれない。
だからといって、自分の人生をくれてやるつもりはない。
この体も、力も全部ティランのものだ。
これから先どんな人生が待っているとしても、それを謳歌する権利がティランにはある。
だからもう二度と、奪わせてなどやるものか。
三度目はない。
闇より生まれ出でし未知なる存在、
或いは何者でもない者。
あらゆる生命体とも妖とも異なり、由来する者を持たない不確かな存在だ。ある日突然どこからともなく現れる。厄介なのは、この世にもあの世にも干渉する力を備えていることだ。
そいつは、闇を好み闇の力を操った。
最も不安定で取り入りやすい、脆弱な人間に目をつけ、力を蓄える器として利用した。
憎しみ、妬み、絶望、そんな人間達が生み出す感情はアンノウンにとって極上の糧となった。アンノウンの力は恐るべき速さで増大し、神々は対抗手段として、光の剣を作った。
それを手に取ったのは人間の、ひとりの男だ。
その者は闇や邪悪なものを寄せ付けない不思議な力を持っていた。
「初代英雄、べルミオン」
「もう何千年も昔の伝説……いえ、彼は実在し、そして現に闇に巣食うその者をうち滅ぼしました。そしてその剣を手にすることができたあなた様も、ロッソ様」
「おれが? そんなバカな。おれには特別な力など」
「ございますよ。お気づきになられていないだけ。あなた様の内には溢れんばかりの光を感じます」
天に祈るような形で、頭を垂れた老司祭を見下ろして、ロッソはただただ戸惑っていた。
剣を祀る教会の奥での出来事だった。
その様子を影から忌々しそうに見つめる者の姿があった。
まだ顕現して間もないアンノウンだった。アンノウンはヒトの、教会の関係者の体内に潜んで、様子を探っていた。
数千年前に生まれたアンノウン。それは同胞であり、兄弟であり、今のアンノウン自身でもある。
この男の前の魂の持ち主にアンノウンは破れた。
あの時の屈辱を、再び味わうつもりはない。
この忌々しい人間を出し抜く方法。
だがまずはそう器を手に入れなければ。
力溢れる器を。
そして、そうだ、そう、誰しも持っているだろう弱みを探し当てて、それで。
それで弱みにつけこみ、悪意や憎しみを増幅させる。
それはアンノウンの最も得意とすることだった。
それは水鏡によって伝えられた過去の出来事の一つであった。
すべてを知る星の記憶の一部。
話しながら、ティランは腹の底が煮えるのを感じていた。
「あの夜、エストレラに多くの軍勢が押し寄せてきた。ずっとおかしいとは思っとったんや。岩山を越えることは人の足では不可能であるはずで、トンネルには外部の人間には解けるはずのない結界が張ってあったっていうのに」
エストレラの人間だけが、その鍵となる言葉を知っている。
それをアンノウンは利用した。
「奴はそれを知って、ある男を唆した」
それは国民の一人だった。
とりたてて何かあるわけではない。どこにでもいそうなごく普通の男。
城の地下施設で家畜の世話をしていて、家庭があって、どちらかといえば気弱で、僅かな魔力を持った中年の男。
アンノウンはその男に憑りつき、内側から結界を開いた。
それだけではない。侵略してきた国の王もまたそうだ。アンノウンに唆されていた。
「奴は幻聴や幻覚で心を乱す。弱ったところに憑りついて操る。それが奴のやり方や。そして、あの姫さんの時も」
彼女と彼女の故郷を誹る声。
度重なる嫌がらせ。
すべてはアンノウンの仕組んだ罠だった。
他国に嫁いだ彼女の心の隙につけこみ、孤独に追い込んだ。
少なくともティランは知っている。
アルナイルの人々は間違いなく温かかった。
そして、ロッソは彼女のことを真に大切に思い、深い愛情を抱いていた。
それをどうにかして証明することができれば。
彼女の凍てついた心を溶かすことができれば。
彼女の中からアンノウンを引きずり出すことができるのではないか。
だがもうロッソはいない。彼の魂を受け継いでいるとはいっても、ルフスはルフスであって、ロッソではない。
彼の想いを伝えることができるとすれば、この現代において彼のことを唯一知っている自分しか最早いない。
「ティラン殿」
ティランの前に湯気の立つカップが置かれた。
「一人で考え込まないでください。何かお考えがあるのであれば、私にもお話しください」
「あ、ああ。すまん」
いつもと変わらぬ平淡な声で表情も無に等しかったが、どうしてだか咎められたような気分になりティランは謝罪した。
ところが山吹は、少し沈黙した後で言う。
「別に責めたつもりはありませんよ」
「わかりづらいんや、おまえさんは」
「ティラン殿はそうして今までずっとお一人で頑張ってこられたのでしょう? ですが、何かあれば私も力になるつもりでおりますから、お考えがあるならば教えていただければと」
今まで、ずっと一人で。
国を失って、生き残ってしまった。
それで一時的に一人になった。
人間の汚い部分に触れた。
知りたくもなかったことを知ってしまった。
それでも、幸福はあった。短い間だったけれど。
「…………おれは、それほど孤独でもなかったよ」
二度も居場所を失ったけれど。
だからと言って、訪れた幸福はなかったことにはならない。
そして、今の自分の置かれた環境を不幸であるとも思わない。色々と酷い目にはあったけれど、それでも自分は運がいい方なのだと思う。偶然か必然か、いい出会いをして、何かよくないことに巻き込まれはしても、なんだかんだ解決した。
ただ、今が幸福かと言われれば、そういうわけでもない。
幸福を噛みしめるような暇がないからだ。
今のティランにはやりたいことや生きる目的が特になくて、何かを楽しむ余裕すらない。
それは生きる意味を見失っている状況といってもいいかもしれない。
だからといって、自分の人生をくれてやるつもりはない。
この体も、力も全部ティランのものだ。
これから先どんな人生が待っているとしても、それを謳歌する権利がティランにはある。
だからもう二度と、奪わせてなどやるものか。
三度目はない。
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