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それぞれの役目について
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ローアル王国最南端に位置する街イリスは、スイーツが充実した観光名所だ。
年間を通して温暖な気候と豊かな土は農作物を育み、それらを使用して作られた菓子は観光客に人気で、年に一度街全体でイベントが開催されたりなんかもする。その影響か、食べ歩きのできる菓子を販売している店も増えた。
「ねえクライ、そっちのもちょっと味見させてちょうだいよ。こっちのも一口あげるから、紫芋の。美味しいわよ」
「いいのかな、僕たちこんな遊んでて」
「できることはしたし、後は傷が完全に塞がるのを待つだけ。ワタシたちにはどうしようもないじゃない」
「まあね」
差し出されたクレープに齧りつきながらコロネが言い、クライは頷く。
コロネは身を捩って、舌鼓を打つ。
「あん美味しい、これ食べ終わったらもうひとつ買ってこようかしら」
「食べすぎ。お腹壊すよ。コロネはただでさえそんな恰好してんだから」
「あんたのそのカッコはつまんないのよ。ていうかせっかくお姉さんがこの前揃えてあげた服は一体どこにやったのよ。一度も着てるの見たことないんだけど」
「コロネが選ぶ服ってとにかく露出が多いからやだ」
「なによぉ」
むくれるコロネから面倒くさそうに視線を逸らし、クライは話題を変えた。
「それよりもよかったの? あの人間の男、置いてきて」
「ああ、だいじょーぶだいじょーぶ、いくら手負いでもフツーの人間ごときにやられるようなお方でもないでしょ、うちの姫様は。それにあの人間にとって姫様はいわば唯一の希望。どうこうするはずがないわ」
「愚かだよねえ。死んだ人間を生き返らせるだなんて魔王も、神でさえも不可能だっていうのにさ」
「それでも、世界の理を捻じ曲げてでも成したいことがあんのよ。覚えておきなさいクライ。そういう感情を抱くのは、あの人間に限らない」
二人の傍を小さな子供が二人駆け抜けて行った。後ろからやってきた母親が声を投げて嗜める。その様子を横目に追いながら、クライはふうんと呟く。
橙色の瞳が剣呑に光る。
「つまりいくらでも手駒を増やすことができるわけだ」
「バカね、あの男だから意味があるんじゃない。英雄様に縁のある人間だからこその価値がね。そういうわけだからやめときなさい、この街で騒ぎを起こさないで。遊びにこれなくなるでしょ」
隣を歩くコロネが振り向きもせずに言い、クライは無言で伸ばしていた爪を引っ込める。
その手を取って、コロネは早足に歩く。
「ねえ、それよりこれ食べたら靴見に行くわよ靴。もうちょいヒールあるやつ欲しいのよね」
「えー、僕それより髪染め行きたい。色、黒に戻したい」
「ダメ、全身真っ黒とか地味でダッサイんだから」
「なんだよ僕の髪だよ、何色にしようと僕の自由だろ」
「ダメよ、だって」
手を引きながら振り向いたコロネは楽しそうに笑っていた。
「せっかくあたし達は双子なんだから」
***
「ホオシン?」
鸚鵡返しにそう言ったのはルフスだ。
食事を終え、三人はこの後どうするべきかについて話し合っていた。最初に手を挙げたのはティランで、ホオシンという村に行きたいと意見を述べた。
聞き覚えのある名前にルフスは頭を捻るが、自力で思い出す前にティランが言った。
「ほらリゲルで会ったあの祓い屋や」
「グルナさん?」
金の髪の派手な装いの女を思い出す。
何かあったら訪ねてこいと言ってくれていた。そして確かに、その時そんな名前の村が出ていた気がする。リゲルでの出来事が、もう随分昔のことのようだ。
「祓い屋は妖を専門に扱う。人に憑りつき悪さをする妖を人から引き剥がし、退治する。その方法を知りたいんや」
「それはつまりアンノウンを?」
「ああ」
山吹の問いにティランが頷く。
ルフスだけが理解できていない顔をしていた。
「アンノウンって?」
「そもそもの元凶や。セラフィナ王女に憑りついとる」
「王女って、あの人だよな……」
封印された魔女。
王の想い人。
王の記憶にあるそのひとの本来の姿は心優しい女性だった。
それがあんな風に豹変したのは。
あの地の底で見せたあの顔は。
ルフスの中で点と点が線を結ぶ。
「そっか、あいつが」
「ルフス、お前の中にあるロッソの記憶ではどこまで把握しとる?」
「セラフィナ王女の中に何かがいることには気付いてたよ。そいつが闇の存在であるということにも、なんとなくだけど。なあティラン、あの王女様はさ、王様のこと嫌いだったのかな?」
後悔と自責の念に苦しめと、セラフィナは言った。
事情を知らないルフスにはわからない。
王は彼女に深い愛情を抱いていた。それが伝わっていないどころか、憎しみ恨まれるほどに嫌われていたと考えると、それはやはり悲しいことだと思う。
「そうやない。悪いのはアンノウンや。あの姫さんは騙されとるだけや。アンノウンは幻覚や幻聴で人の心を揺さぶる、姫さんは心の弱い部分に付け入られた。おい待てルフス、まさか」
心を痛めるルフスの表情に気づいて、ティランは眉をひそめる。
「なに?」
「あ、いや」
目を瞬かせるルフスは、ティランの目に以前と変わらない様子に見える。
迷いながらも、ティランは結局言う。
「おまえはルフスで、ロッソやない。それがわかっとるなら別に構わん」
「うん。あ、もしかして心配してくれてたのか」
「そうや、何せおまえさん単純やからな」
「そうだよ。おれは単純だから。でもだから難しく考えたりしない。難しく考えるのはティランの役目だろ。そんで山吹はそんなティランが無茶をしないように見張っててくれる役だ」
それを聞いて山吹が首を傾げた。
「ではルフス殿は?」
「おれ?」
「難しいことを考えるのがティラン殿の役で、ティラン殿が無茶をしないように見張るのが私の役というのなら、ルフス殿はどんなお役目を?」
「えー、そうだなあ」
山吹は少しだけ微笑んでいて、ルフスは真剣に考え込んでいる。
二人のやりとりに、ティランはこっそり胸を撫でおろす。
自然に答えは出ていた。
「ルフス、お前はお前のままでおることが役目や」
年間を通して温暖な気候と豊かな土は農作物を育み、それらを使用して作られた菓子は観光客に人気で、年に一度街全体でイベントが開催されたりなんかもする。その影響か、食べ歩きのできる菓子を販売している店も増えた。
「ねえクライ、そっちのもちょっと味見させてちょうだいよ。こっちのも一口あげるから、紫芋の。美味しいわよ」
「いいのかな、僕たちこんな遊んでて」
「できることはしたし、後は傷が完全に塞がるのを待つだけ。ワタシたちにはどうしようもないじゃない」
「まあね」
差し出されたクレープに齧りつきながらコロネが言い、クライは頷く。
コロネは身を捩って、舌鼓を打つ。
「あん美味しい、これ食べ終わったらもうひとつ買ってこようかしら」
「食べすぎ。お腹壊すよ。コロネはただでさえそんな恰好してんだから」
「あんたのそのカッコはつまんないのよ。ていうかせっかくお姉さんがこの前揃えてあげた服は一体どこにやったのよ。一度も着てるの見たことないんだけど」
「コロネが選ぶ服ってとにかく露出が多いからやだ」
「なによぉ」
むくれるコロネから面倒くさそうに視線を逸らし、クライは話題を変えた。
「それよりもよかったの? あの人間の男、置いてきて」
「ああ、だいじょーぶだいじょーぶ、いくら手負いでもフツーの人間ごときにやられるようなお方でもないでしょ、うちの姫様は。それにあの人間にとって姫様はいわば唯一の希望。どうこうするはずがないわ」
「愚かだよねえ。死んだ人間を生き返らせるだなんて魔王も、神でさえも不可能だっていうのにさ」
「それでも、世界の理を捻じ曲げてでも成したいことがあんのよ。覚えておきなさいクライ。そういう感情を抱くのは、あの人間に限らない」
二人の傍を小さな子供が二人駆け抜けて行った。後ろからやってきた母親が声を投げて嗜める。その様子を横目に追いながら、クライはふうんと呟く。
橙色の瞳が剣呑に光る。
「つまりいくらでも手駒を増やすことができるわけだ」
「バカね、あの男だから意味があるんじゃない。英雄様に縁のある人間だからこその価値がね。そういうわけだからやめときなさい、この街で騒ぎを起こさないで。遊びにこれなくなるでしょ」
隣を歩くコロネが振り向きもせずに言い、クライは無言で伸ばしていた爪を引っ込める。
その手を取って、コロネは早足に歩く。
「ねえ、それよりこれ食べたら靴見に行くわよ靴。もうちょいヒールあるやつ欲しいのよね」
「えー、僕それより髪染め行きたい。色、黒に戻したい」
「ダメ、全身真っ黒とか地味でダッサイんだから」
「なんだよ僕の髪だよ、何色にしようと僕の自由だろ」
「ダメよ、だって」
手を引きながら振り向いたコロネは楽しそうに笑っていた。
「せっかくあたし達は双子なんだから」
***
「ホオシン?」
鸚鵡返しにそう言ったのはルフスだ。
食事を終え、三人はこの後どうするべきかについて話し合っていた。最初に手を挙げたのはティランで、ホオシンという村に行きたいと意見を述べた。
聞き覚えのある名前にルフスは頭を捻るが、自力で思い出す前にティランが言った。
「ほらリゲルで会ったあの祓い屋や」
「グルナさん?」
金の髪の派手な装いの女を思い出す。
何かあったら訪ねてこいと言ってくれていた。そして確かに、その時そんな名前の村が出ていた気がする。リゲルでの出来事が、もう随分昔のことのようだ。
「祓い屋は妖を専門に扱う。人に憑りつき悪さをする妖を人から引き剥がし、退治する。その方法を知りたいんや」
「それはつまりアンノウンを?」
「ああ」
山吹の問いにティランが頷く。
ルフスだけが理解できていない顔をしていた。
「アンノウンって?」
「そもそもの元凶や。セラフィナ王女に憑りついとる」
「王女って、あの人だよな……」
封印された魔女。
王の想い人。
王の記憶にあるそのひとの本来の姿は心優しい女性だった。
それがあんな風に豹変したのは。
あの地の底で見せたあの顔は。
ルフスの中で点と点が線を結ぶ。
「そっか、あいつが」
「ルフス、お前の中にあるロッソの記憶ではどこまで把握しとる?」
「セラフィナ王女の中に何かがいることには気付いてたよ。そいつが闇の存在であるということにも、なんとなくだけど。なあティラン、あの王女様はさ、王様のこと嫌いだったのかな?」
後悔と自責の念に苦しめと、セラフィナは言った。
事情を知らないルフスにはわからない。
王は彼女に深い愛情を抱いていた。それが伝わっていないどころか、憎しみ恨まれるほどに嫌われていたと考えると、それはやはり悲しいことだと思う。
「そうやない。悪いのはアンノウンや。あの姫さんは騙されとるだけや。アンノウンは幻覚や幻聴で人の心を揺さぶる、姫さんは心の弱い部分に付け入られた。おい待てルフス、まさか」
心を痛めるルフスの表情に気づいて、ティランは眉をひそめる。
「なに?」
「あ、いや」
目を瞬かせるルフスは、ティランの目に以前と変わらない様子に見える。
迷いながらも、ティランは結局言う。
「おまえはルフスで、ロッソやない。それがわかっとるなら別に構わん」
「うん。あ、もしかして心配してくれてたのか」
「そうや、何せおまえさん単純やからな」
「そうだよ。おれは単純だから。でもだから難しく考えたりしない。難しく考えるのはティランの役目だろ。そんで山吹はそんなティランが無茶をしないように見張っててくれる役だ」
それを聞いて山吹が首を傾げた。
「ではルフス殿は?」
「おれ?」
「難しいことを考えるのがティラン殿の役で、ティラン殿が無茶をしないように見張るのが私の役というのなら、ルフス殿はどんなお役目を?」
「えー、そうだなあ」
山吹は少しだけ微笑んでいて、ルフスは真剣に考え込んでいる。
二人のやりとりに、ティランはこっそり胸を撫でおろす。
自然に答えは出ていた。
「ルフス、お前はお前のままでおることが役目や」
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