54 / 67
春はまだ先
しおりを挟む
「そうか、もうそんな時期なんだな」
メルクーアを出発し、二度の野宿を経て辿り着いた小さな街で、ルフスが言った。
街路樹に結ばれたフラッグと金色のベル、それから赤と緑のリボン。家々の玄関先には木の枝を編んで作られた飾り。
冬の、年の終わりの祝祭の時期なのだ。
「おれの村でもこの時期、お祝いをするよ。人や動物や精霊、魔族なんかのフィギュアを毎日一つずつ作る、それを祭の当日に並べて創世の物語の再現をするんだ。当日は家族と過ごしたり、友達や恋人と過ごしたりする人もいる」
宿の食堂で、ひととき食事の手を止め、故郷の光景を思って話すルフスの胸には早くも懐かしさと、ほんの少しの寂しさがあった。声や表情に含まれるものを察したティランだったが、あえて黙って話を聞いていた。
食事の最後に、宿の女将が甘い焼き菓子を持ってきてくれた。乾燥させたオレンジの皮の蜜漬けを生地に練り込み、焼いて、白い粉砂糖をまぶしたものだった。
祝祭の時期だけの贅沢だという。
食事を終えた後はすぐに二階の部屋に戻った。
前回襲撃を受けたことを考え、今回は山吹も同室にした。
部屋で休んでいる時、不意にティランが言った。
ルフスとティランはそれぞれのベッドの端に、山吹は壁際の椅子を持ってきて座っていた。先程までは今後の行程についての確認をしていて、話の終わりに地図を眺めていたティランが零した一言だった。
「ルフスの故郷は、さぞかしいいとこなんやろうな」
「え、なんで? 急に」
「故郷の村のことを話す時のおまえさんの顔を見とったらわかる」
「何もないとこだよ。すごい田舎でさ。畑ばっかり」
都会とは違い楽しみはあまりない。
長閑で広々としていて、馬と牛がいるだけ。食べ物だって質素だ。店なんてものは一つもなく、それでも事足りるような暮らし。きっと街からやってきた人なら退屈だと言うだろう。
「でも、平和やろ?」
「うん」
「暮らしが豊かでなくても、飢えることはない。住んでる人間はみんな穏やかでお人好し」
「すげえな、なんでわかんの?」
「なんとなく」
本気で驚いているルフスを見て、ティランは笑う。
山吹が小首を傾げた。
「ルフス殿の村の住人は皆ルフス殿のような方ばかりということでしょうか?」
「ここまでボケボケしとるやつばっかでもないやろうけど、概ねこんな感じとちがうか?」
「あれ、なんかバカにされてる?」
「気のせいやろ」
そうかなあと眉根を寄せるルフスに、山吹がそうですよと言った。
「ルフス殿のような方が生まれ育った村なのですから、きっと温かく優しさに溢れた場所なのだろうと」
「え、あ、ありがとう?」
真摯な眼差しと言葉にルフスは照れた。その様子を、ティランが面白そうに眺めている。
「おい、ルフス。お前さん故郷に彼女とかおらんのか?」
「えっ!? 何急に」
「まあおるわけないか、おるわけないよな」
「なんだよ、わかんないだろー」
ぐっと息を詰まらせてルフスは反論するが、図星だと言っているも同然の反応に、ティランはわかったような顔でルフスの額をつついた。
「ええカッコすな。言わんでもわかる。お前さん、お付き合いやかしたことないやろ」
「ううううう」
この手のタイプだから、そういう対象として見られていなかったか、若しくは密かに想いを寄せてもらっていても気が付かなかったかのどちらかだろうと、ティランは考えている。
いずれにしろ彼と付き合う女性は、やきもきさせられるに違いない。
「そうやな、お前さんみたいな鈍いタイプには」
ルフスの胸倉を掴んで引き寄せると耳元でささやくように言う。
「山吹とかどうや?」
「えっ」
固まるルフスを突き放して、ティランはニヤリと笑う。
聞こえていない山吹は不思議そうにしている。
「真に受けんな冗談や。恋愛なんてのは当人同士の感情の問題やからな」
「びっ、くりした。やめてくれよ、おれこういうの慣れてないんだからさー」
ルフスはほっと息を吐いて、それから思いついたように言った。
ちょっとした仕返しのつもりだった。
「ていうかティランこそ誰か恋人とか」
「おるわけないやろ、最近まで鉄の塊やったんやぞ」
「ごめん……でもあの、これからでも」
「だとしても今はそんな暇もないな」
「そうだよ、その前に色々やらなきゃいけないことがあるのに」
「デートすら楽しめん。楽しみは面倒ごとを片付けた後のご褒美やな。そういうのがある方が頑張れるタイプやろお前」
言われてルフスは目を見開いた。
「やっぱすごいなティランは。なんでもわかるんだ?」
「そうや、おれは優秀やからな」
冗談めかしてティランは肩をそびやかし、ルフスは素直に感心する。その時ささやかな笑い声が聞こえてきて、振り向くと、山吹が柔らかい笑みを浮かべていた。
「お二人は本当に仲がよろしいのですね」
山吹はそう言って、もう一度くすくすと笑う。
男二人は驚き、思わず彼女を凝視してしまう。
「どうしましたか?」
「いやお前さんそんな風に笑えるんやなあって……ちょっとびっくりした」
「何かおかしかったでしょうか?」
「いいや。寧ろ好ましいことやから、これからも笑いたいと思った時に笑うとええぞ」
穏やかに目を細めるティランの言葉の意味がわからず困惑する山吹はルフスを見やる。
するとルフスは何故か慌てて目を逸らした。
メルクーアを出発し、二度の野宿を経て辿り着いた小さな街で、ルフスが言った。
街路樹に結ばれたフラッグと金色のベル、それから赤と緑のリボン。家々の玄関先には木の枝を編んで作られた飾り。
冬の、年の終わりの祝祭の時期なのだ。
「おれの村でもこの時期、お祝いをするよ。人や動物や精霊、魔族なんかのフィギュアを毎日一つずつ作る、それを祭の当日に並べて創世の物語の再現をするんだ。当日は家族と過ごしたり、友達や恋人と過ごしたりする人もいる」
宿の食堂で、ひととき食事の手を止め、故郷の光景を思って話すルフスの胸には早くも懐かしさと、ほんの少しの寂しさがあった。声や表情に含まれるものを察したティランだったが、あえて黙って話を聞いていた。
食事の最後に、宿の女将が甘い焼き菓子を持ってきてくれた。乾燥させたオレンジの皮の蜜漬けを生地に練り込み、焼いて、白い粉砂糖をまぶしたものだった。
祝祭の時期だけの贅沢だという。
食事を終えた後はすぐに二階の部屋に戻った。
前回襲撃を受けたことを考え、今回は山吹も同室にした。
部屋で休んでいる時、不意にティランが言った。
ルフスとティランはそれぞれのベッドの端に、山吹は壁際の椅子を持ってきて座っていた。先程までは今後の行程についての確認をしていて、話の終わりに地図を眺めていたティランが零した一言だった。
「ルフスの故郷は、さぞかしいいとこなんやろうな」
「え、なんで? 急に」
「故郷の村のことを話す時のおまえさんの顔を見とったらわかる」
「何もないとこだよ。すごい田舎でさ。畑ばっかり」
都会とは違い楽しみはあまりない。
長閑で広々としていて、馬と牛がいるだけ。食べ物だって質素だ。店なんてものは一つもなく、それでも事足りるような暮らし。きっと街からやってきた人なら退屈だと言うだろう。
「でも、平和やろ?」
「うん」
「暮らしが豊かでなくても、飢えることはない。住んでる人間はみんな穏やかでお人好し」
「すげえな、なんでわかんの?」
「なんとなく」
本気で驚いているルフスを見て、ティランは笑う。
山吹が小首を傾げた。
「ルフス殿の村の住人は皆ルフス殿のような方ばかりということでしょうか?」
「ここまでボケボケしとるやつばっかでもないやろうけど、概ねこんな感じとちがうか?」
「あれ、なんかバカにされてる?」
「気のせいやろ」
そうかなあと眉根を寄せるルフスに、山吹がそうですよと言った。
「ルフス殿のような方が生まれ育った村なのですから、きっと温かく優しさに溢れた場所なのだろうと」
「え、あ、ありがとう?」
真摯な眼差しと言葉にルフスは照れた。その様子を、ティランが面白そうに眺めている。
「おい、ルフス。お前さん故郷に彼女とかおらんのか?」
「えっ!? 何急に」
「まあおるわけないか、おるわけないよな」
「なんだよ、わかんないだろー」
ぐっと息を詰まらせてルフスは反論するが、図星だと言っているも同然の反応に、ティランはわかったような顔でルフスの額をつついた。
「ええカッコすな。言わんでもわかる。お前さん、お付き合いやかしたことないやろ」
「ううううう」
この手のタイプだから、そういう対象として見られていなかったか、若しくは密かに想いを寄せてもらっていても気が付かなかったかのどちらかだろうと、ティランは考えている。
いずれにしろ彼と付き合う女性は、やきもきさせられるに違いない。
「そうやな、お前さんみたいな鈍いタイプには」
ルフスの胸倉を掴んで引き寄せると耳元でささやくように言う。
「山吹とかどうや?」
「えっ」
固まるルフスを突き放して、ティランはニヤリと笑う。
聞こえていない山吹は不思議そうにしている。
「真に受けんな冗談や。恋愛なんてのは当人同士の感情の問題やからな」
「びっ、くりした。やめてくれよ、おれこういうの慣れてないんだからさー」
ルフスはほっと息を吐いて、それから思いついたように言った。
ちょっとした仕返しのつもりだった。
「ていうかティランこそ誰か恋人とか」
「おるわけないやろ、最近まで鉄の塊やったんやぞ」
「ごめん……でもあの、これからでも」
「だとしても今はそんな暇もないな」
「そうだよ、その前に色々やらなきゃいけないことがあるのに」
「デートすら楽しめん。楽しみは面倒ごとを片付けた後のご褒美やな。そういうのがある方が頑張れるタイプやろお前」
言われてルフスは目を見開いた。
「やっぱすごいなティランは。なんでもわかるんだ?」
「そうや、おれは優秀やからな」
冗談めかしてティランは肩をそびやかし、ルフスは素直に感心する。その時ささやかな笑い声が聞こえてきて、振り向くと、山吹が柔らかい笑みを浮かべていた。
「お二人は本当に仲がよろしいのですね」
山吹はそう言って、もう一度くすくすと笑う。
男二人は驚き、思わず彼女を凝視してしまう。
「どうしましたか?」
「いやお前さんそんな風に笑えるんやなあって……ちょっとびっくりした」
「何かおかしかったでしょうか?」
「いいや。寧ろ好ましいことやから、これからも笑いたいと思った時に笑うとええぞ」
穏やかに目を細めるティランの言葉の意味がわからず困惑する山吹はルフスを見やる。
するとルフスは何故か慌てて目を逸らした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる