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春はまだ先
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「そうか、もうそんな時期なんだな」
メルクーアを出発し、二度の野宿を経て辿り着いた小さな街で、ルフスが言った。
街路樹に結ばれたフラッグと金色のベル、それから赤と緑のリボン。家々の玄関先には木の枝を編んで作られた飾り。
冬の、年の終わりの祝祭の時期なのだ。
「おれの村でもこの時期、お祝いをするよ。人や動物や精霊、魔族なんかのフィギュアを毎日一つずつ作る、それを祭の当日に並べて創世の物語の再現をするんだ。当日は家族と過ごしたり、友達や恋人と過ごしたりする人もいる」
宿の食堂で、ひととき食事の手を止め、故郷の光景を思って話すルフスの胸には早くも懐かしさと、ほんの少しの寂しさがあった。声や表情に含まれるものを察したティランだったが、あえて黙って話を聞いていた。
食事の最後に、宿の女将が甘い焼き菓子を持ってきてくれた。乾燥させたオレンジの皮の蜜漬けを生地に練り込み、焼いて、白い粉砂糖をまぶしたものだった。
祝祭の時期だけの贅沢だという。
食事を終えた後はすぐに二階の部屋に戻った。
前回襲撃を受けたことを考え、今回は山吹も同室にした。
部屋で休んでいる時、不意にティランが言った。
ルフスとティランはそれぞれのベッドの端に、山吹は壁際の椅子を持ってきて座っていた。先程までは今後の行程についての確認をしていて、話の終わりに地図を眺めていたティランが零した一言だった。
「ルフスの故郷は、さぞかしいいとこなんやろうな」
「え、なんで? 急に」
「故郷の村のことを話す時のおまえさんの顔を見とったらわかる」
「何もないとこだよ。すごい田舎でさ。畑ばっかり」
都会とは違い楽しみはあまりない。
長閑で広々としていて、馬と牛がいるだけ。食べ物だって質素だ。店なんてものは一つもなく、それでも事足りるような暮らし。きっと街からやってきた人なら退屈だと言うだろう。
「でも、平和やろ?」
「うん」
「暮らしが豊かでなくても、飢えることはない。住んでる人間はみんな穏やかでお人好し」
「すげえな、なんでわかんの?」
「なんとなく」
本気で驚いているルフスを見て、ティランは笑う。
山吹が小首を傾げた。
「ルフス殿の村の住人は皆ルフス殿のような方ばかりということでしょうか?」
「ここまでボケボケしとるやつばっかでもないやろうけど、概ねこんな感じとちがうか?」
「あれ、なんかバカにされてる?」
「気のせいやろ」
そうかなあと眉根を寄せるルフスに、山吹がそうですよと言った。
「ルフス殿のような方が生まれ育った村なのですから、きっと温かく優しさに溢れた場所なのだろうと」
「え、あ、ありがとう?」
真摯な眼差しと言葉にルフスは照れた。その様子を、ティランが面白そうに眺めている。
「おい、ルフス。お前さん故郷に彼女とかおらんのか?」
「えっ!? 何急に」
「まあおるわけないか、おるわけないよな」
「なんだよ、わかんないだろー」
ぐっと息を詰まらせてルフスは反論するが、図星だと言っているも同然の反応に、ティランはわかったような顔でルフスの額をつついた。
「ええカッコすな。言わんでもわかる。お前さん、お付き合いやかしたことないやろ」
「ううううう」
この手のタイプだから、そういう対象として見られていなかったか、若しくは密かに想いを寄せてもらっていても気が付かなかったかのどちらかだろうと、ティランは考えている。
いずれにしろ彼と付き合う女性は、やきもきさせられるに違いない。
「そうやな、お前さんみたいな鈍いタイプには」
ルフスの胸倉を掴んで引き寄せると耳元でささやくように言う。
「山吹とかどうや?」
「えっ」
固まるルフスを突き放して、ティランはニヤリと笑う。
聞こえていない山吹は不思議そうにしている。
「真に受けんな冗談や。恋愛なんてのは当人同士の感情の問題やからな」
「びっ、くりした。やめてくれよ、おれこういうの慣れてないんだからさー」
ルフスはほっと息を吐いて、それから思いついたように言った。
ちょっとした仕返しのつもりだった。
「ていうかティランこそ誰か恋人とか」
「おるわけないやろ、最近まで鉄の塊やったんやぞ」
「ごめん……でもあの、これからでも」
「だとしても今はそんな暇もないな」
「そうだよ、その前に色々やらなきゃいけないことがあるのに」
「デートすら楽しめん。楽しみは面倒ごとを片付けた後のご褒美やな。そういうのがある方が頑張れるタイプやろお前」
言われてルフスは目を見開いた。
「やっぱすごいなティランは。なんでもわかるんだ?」
「そうや、おれは優秀やからな」
冗談めかしてティランは肩をそびやかし、ルフスは素直に感心する。その時ささやかな笑い声が聞こえてきて、振り向くと、山吹が柔らかい笑みを浮かべていた。
「お二人は本当に仲がよろしいのですね」
山吹はそう言って、もう一度くすくすと笑う。
男二人は驚き、思わず彼女を凝視してしまう。
「どうしましたか?」
「いやお前さんそんな風に笑えるんやなあって……ちょっとびっくりした」
「何かおかしかったでしょうか?」
「いいや。寧ろ好ましいことやから、これからも笑いたいと思った時に笑うとええぞ」
穏やかに目を細めるティランの言葉の意味がわからず困惑する山吹はルフスを見やる。
するとルフスは何故か慌てて目を逸らした。
メルクーアを出発し、二度の野宿を経て辿り着いた小さな街で、ルフスが言った。
街路樹に結ばれたフラッグと金色のベル、それから赤と緑のリボン。家々の玄関先には木の枝を編んで作られた飾り。
冬の、年の終わりの祝祭の時期なのだ。
「おれの村でもこの時期、お祝いをするよ。人や動物や精霊、魔族なんかのフィギュアを毎日一つずつ作る、それを祭の当日に並べて創世の物語の再現をするんだ。当日は家族と過ごしたり、友達や恋人と過ごしたりする人もいる」
宿の食堂で、ひととき食事の手を止め、故郷の光景を思って話すルフスの胸には早くも懐かしさと、ほんの少しの寂しさがあった。声や表情に含まれるものを察したティランだったが、あえて黙って話を聞いていた。
食事の最後に、宿の女将が甘い焼き菓子を持ってきてくれた。乾燥させたオレンジの皮の蜜漬けを生地に練り込み、焼いて、白い粉砂糖をまぶしたものだった。
祝祭の時期だけの贅沢だという。
食事を終えた後はすぐに二階の部屋に戻った。
前回襲撃を受けたことを考え、今回は山吹も同室にした。
部屋で休んでいる時、不意にティランが言った。
ルフスとティランはそれぞれのベッドの端に、山吹は壁際の椅子を持ってきて座っていた。先程までは今後の行程についての確認をしていて、話の終わりに地図を眺めていたティランが零した一言だった。
「ルフスの故郷は、さぞかしいいとこなんやろうな」
「え、なんで? 急に」
「故郷の村のことを話す時のおまえさんの顔を見とったらわかる」
「何もないとこだよ。すごい田舎でさ。畑ばっかり」
都会とは違い楽しみはあまりない。
長閑で広々としていて、馬と牛がいるだけ。食べ物だって質素だ。店なんてものは一つもなく、それでも事足りるような暮らし。きっと街からやってきた人なら退屈だと言うだろう。
「でも、平和やろ?」
「うん」
「暮らしが豊かでなくても、飢えることはない。住んでる人間はみんな穏やかでお人好し」
「すげえな、なんでわかんの?」
「なんとなく」
本気で驚いているルフスを見て、ティランは笑う。
山吹が小首を傾げた。
「ルフス殿の村の住人は皆ルフス殿のような方ばかりということでしょうか?」
「ここまでボケボケしとるやつばっかでもないやろうけど、概ねこんな感じとちがうか?」
「あれ、なんかバカにされてる?」
「気のせいやろ」
そうかなあと眉根を寄せるルフスに、山吹がそうですよと言った。
「ルフス殿のような方が生まれ育った村なのですから、きっと温かく優しさに溢れた場所なのだろうと」
「え、あ、ありがとう?」
真摯な眼差しと言葉にルフスは照れた。その様子を、ティランが面白そうに眺めている。
「おい、ルフス。お前さん故郷に彼女とかおらんのか?」
「えっ!? 何急に」
「まあおるわけないか、おるわけないよな」
「なんだよ、わかんないだろー」
ぐっと息を詰まらせてルフスは反論するが、図星だと言っているも同然の反応に、ティランはわかったような顔でルフスの額をつついた。
「ええカッコすな。言わんでもわかる。お前さん、お付き合いやかしたことないやろ」
「ううううう」
この手のタイプだから、そういう対象として見られていなかったか、若しくは密かに想いを寄せてもらっていても気が付かなかったかのどちらかだろうと、ティランは考えている。
いずれにしろ彼と付き合う女性は、やきもきさせられるに違いない。
「そうやな、お前さんみたいな鈍いタイプには」
ルフスの胸倉を掴んで引き寄せると耳元でささやくように言う。
「山吹とかどうや?」
「えっ」
固まるルフスを突き放して、ティランはニヤリと笑う。
聞こえていない山吹は不思議そうにしている。
「真に受けんな冗談や。恋愛なんてのは当人同士の感情の問題やからな」
「びっ、くりした。やめてくれよ、おれこういうの慣れてないんだからさー」
ルフスはほっと息を吐いて、それから思いついたように言った。
ちょっとした仕返しのつもりだった。
「ていうかティランこそ誰か恋人とか」
「おるわけないやろ、最近まで鉄の塊やったんやぞ」
「ごめん……でもあの、これからでも」
「だとしても今はそんな暇もないな」
「そうだよ、その前に色々やらなきゃいけないことがあるのに」
「デートすら楽しめん。楽しみは面倒ごとを片付けた後のご褒美やな。そういうのがある方が頑張れるタイプやろお前」
言われてルフスは目を見開いた。
「やっぱすごいなティランは。なんでもわかるんだ?」
「そうや、おれは優秀やからな」
冗談めかしてティランは肩をそびやかし、ルフスは素直に感心する。その時ささやかな笑い声が聞こえてきて、振り向くと、山吹が柔らかい笑みを浮かべていた。
「お二人は本当に仲がよろしいのですね」
山吹はそう言って、もう一度くすくすと笑う。
男二人は驚き、思わず彼女を凝視してしまう。
「どうしましたか?」
「いやお前さんそんな風に笑えるんやなあって……ちょっとびっくりした」
「何かおかしかったでしょうか?」
「いいや。寧ろ好ましいことやから、これからも笑いたいと思った時に笑うとええぞ」
穏やかに目を細めるティランの言葉の意味がわからず困惑する山吹はルフスを見やる。
するとルフスは何故か慌てて目を逸らした。
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