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薬にも毒にもなるもの
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薬師の家は湖の対岸で見つけた。
扉を叩くと返事があり、中に入る。
家の中は独特な匂いが充満していて、小さな引き出しがいくつもついた棚や作業台、壺や瓶などが所せましと並んでいた。天井からは草や何かの枝らしきものが紐でつられている。作業台の上には調合に使うのだろう測り道具や木匙、乳鉢があり、そこで作業する人の姿があった。
「お客さんか、すぐ終わらせるから少しだけ待っててくれ」
肩の辺りまで伸びた黒髪を植物の蔦を使って作った紐で一つに束ねた女性だった。年はまだ若いように見える。
彼女は作業を適当なところで切り上げると、入り口近くでぼんやりしていたルフスの所にやってきて言った。
「お待たせしてすまなかったね。それでどんな薬が入り用なのかな」
「あ、ええと、仲間が胸のこの辺りが苦しいって言ってて。女の人なんですけど」
「その人はどんな仕事を? 年は?」
当たり前の質問なのだろうが、返答に詰まってしまう。
ルフスは山吹のことについて殆ど知らない。年齢はもちろん仕事についてもそうだ。神の使いでルフスの補佐をすることが役目と山吹自身は言ってくれているが、それをそのまま伝えるわけにもいかない。
「えーと、見た感じニ十歳くらいで、仕事は……一緒に旅をしてるんですけど、妖を祓ったりとか……」
「つまり祓い屋かな?」
「そんな感じです」
「だったら、妖にやられた可能性は?」
「あ、わかんないですけど。でもそれならある意味専門だから山吹なら自分でわかるかなって。だからおれてっきり病気かなんかだと思って」
「胸の痛みなら疲れやストレス、あとは心臓の病などが考えられるけど、その辺の判断は医者に任せた方がいいだろう。診もしないで下手な薬は出すことはできない。けどせっかく来てくれたんだ、少しだけ待っていなさい」
言って薬師は一度奥の部屋に引っ込み、それから取っ手のないカップを盆に乗せて現れた。
カップからは湯気が立ち上っている。
「薬湯だ。君も少しばかり疲れたように見えるからね。そこの椅子にでも座って」
ルフスは躊躇いがちに両手でカップを持つ。鼻に近づけてみると、苦いような匂いがして、数度息を吹きかけてから、ちろりと舌先を出してつけてみた。
苦かった。
思わず顔を歪めるルフスに薬師は笑って、白い上着のポケットから何かを取り出した。
「良薬は口に苦いという。飲み終わったらこれを食べるといい」
盆の上に、紙に包まれた砂糖菓子をいくつか置いて、薬師は作業台の方へと戻っていった。
「薬というのはね。とても有効で、だからこそその分リスクも大きい。使い方次第で人を殺める毒にもなる。たとえば、そうだな……」
薬師は腕を上げて、吊るした草を手に取る。干して乾燥させた草だ。
一見、どこにでも生えていそうな草に見える。
「これは竜鱗草というんだけれど、聞いたことはあるかい?」
「りゅうりんそう? あ、知ってる。花びらが竜の鱗に似てるから、確かその名前なんですよね?」
赤い竜の物語。
魔剣と呼ばれる武器を操る青年と、竜の少年の物語。
その物語の中で、竜の鱗は麻薬効果があるものとして描かれていた。
「そう、誰もが子供の時に聞いたことがあるようなお話にも出てくるね。赤い花を咲かせるこの植物の葉は、痛みを取り除く効果を持つ。だから医者が治療に使ったりするんだけど……多量に摂取すれば副作用として幻覚を引き起こし、同時にそれは強い快楽となる。要するに物語の中にあるとおり麻薬にもなるというわけだ」
「使う人間次第ってことですよね」
ルフス自身、そう教えられた。
薬師が頷く。
「そのとおりだよ。薬というのはある意味においてとても恐ろしいものだ。だからこそ体がどんな状態なのか、その状態から必要な薬はどんなものか、そんなことを考えて判断して調合しないといけない」
さてと呟き、薬師は白い紙の小さな包みをいくつか袋に詰めて、ルフスに手渡した。
「これは君が飲んでいるものと同じだ。いわゆる滋養剤だから、誰が飲んでも大丈夫。お湯で割って具合が悪いというその人に飲ませてあげるといい」
「ありがとうございます」
代金は構わないと言われたが、そういうわけにもいかなかったのでいくらか適当な額を置くと、冷めた薬湯を一気に飲み干し、砂糖菓子を包みごと掴んで急ぎ家を出た。
歩きながら砂糖菓子を一つ口に含む。苦かった口の中にほんのり甘さが広がる。残りは山吹とティランにもあげようと思って、もう一度紙に包みなおし袋に突っ込んだ。
それから近くの木に繋いでおいた馬に乗ると、街に向けて走らせた。
ルフスが去って、しばらくの後。
薬師の家を訪れる者があった。
明るいオレンジ色の髪の女で、黒を基調とした服を纏っていた。
何が起きたのか理解する暇もなく、薬師は床に崩れ落ちた。
女はちょうどそこに置かれてあった草の束を手に取って言う。
「ああ、あったわ。これね、竜鱗草」
扉を叩くと返事があり、中に入る。
家の中は独特な匂いが充満していて、小さな引き出しがいくつもついた棚や作業台、壺や瓶などが所せましと並んでいた。天井からは草や何かの枝らしきものが紐でつられている。作業台の上には調合に使うのだろう測り道具や木匙、乳鉢があり、そこで作業する人の姿があった。
「お客さんか、すぐ終わらせるから少しだけ待っててくれ」
肩の辺りまで伸びた黒髪を植物の蔦を使って作った紐で一つに束ねた女性だった。年はまだ若いように見える。
彼女は作業を適当なところで切り上げると、入り口近くでぼんやりしていたルフスの所にやってきて言った。
「お待たせしてすまなかったね。それでどんな薬が入り用なのかな」
「あ、ええと、仲間が胸のこの辺りが苦しいって言ってて。女の人なんですけど」
「その人はどんな仕事を? 年は?」
当たり前の質問なのだろうが、返答に詰まってしまう。
ルフスは山吹のことについて殆ど知らない。年齢はもちろん仕事についてもそうだ。神の使いでルフスの補佐をすることが役目と山吹自身は言ってくれているが、それをそのまま伝えるわけにもいかない。
「えーと、見た感じニ十歳くらいで、仕事は……一緒に旅をしてるんですけど、妖を祓ったりとか……」
「つまり祓い屋かな?」
「そんな感じです」
「だったら、妖にやられた可能性は?」
「あ、わかんないですけど。でもそれならある意味専門だから山吹なら自分でわかるかなって。だからおれてっきり病気かなんかだと思って」
「胸の痛みなら疲れやストレス、あとは心臓の病などが考えられるけど、その辺の判断は医者に任せた方がいいだろう。診もしないで下手な薬は出すことはできない。けどせっかく来てくれたんだ、少しだけ待っていなさい」
言って薬師は一度奥の部屋に引っ込み、それから取っ手のないカップを盆に乗せて現れた。
カップからは湯気が立ち上っている。
「薬湯だ。君も少しばかり疲れたように見えるからね。そこの椅子にでも座って」
ルフスは躊躇いがちに両手でカップを持つ。鼻に近づけてみると、苦いような匂いがして、数度息を吹きかけてから、ちろりと舌先を出してつけてみた。
苦かった。
思わず顔を歪めるルフスに薬師は笑って、白い上着のポケットから何かを取り出した。
「良薬は口に苦いという。飲み終わったらこれを食べるといい」
盆の上に、紙に包まれた砂糖菓子をいくつか置いて、薬師は作業台の方へと戻っていった。
「薬というのはね。とても有効で、だからこそその分リスクも大きい。使い方次第で人を殺める毒にもなる。たとえば、そうだな……」
薬師は腕を上げて、吊るした草を手に取る。干して乾燥させた草だ。
一見、どこにでも生えていそうな草に見える。
「これは竜鱗草というんだけれど、聞いたことはあるかい?」
「りゅうりんそう? あ、知ってる。花びらが竜の鱗に似てるから、確かその名前なんですよね?」
赤い竜の物語。
魔剣と呼ばれる武器を操る青年と、竜の少年の物語。
その物語の中で、竜の鱗は麻薬効果があるものとして描かれていた。
「そう、誰もが子供の時に聞いたことがあるようなお話にも出てくるね。赤い花を咲かせるこの植物の葉は、痛みを取り除く効果を持つ。だから医者が治療に使ったりするんだけど……多量に摂取すれば副作用として幻覚を引き起こし、同時にそれは強い快楽となる。要するに物語の中にあるとおり麻薬にもなるというわけだ」
「使う人間次第ってことですよね」
ルフス自身、そう教えられた。
薬師が頷く。
「そのとおりだよ。薬というのはある意味においてとても恐ろしいものだ。だからこそ体がどんな状態なのか、その状態から必要な薬はどんなものか、そんなことを考えて判断して調合しないといけない」
さてと呟き、薬師は白い紙の小さな包みをいくつか袋に詰めて、ルフスに手渡した。
「これは君が飲んでいるものと同じだ。いわゆる滋養剤だから、誰が飲んでも大丈夫。お湯で割って具合が悪いというその人に飲ませてあげるといい」
「ありがとうございます」
代金は構わないと言われたが、そういうわけにもいかなかったのでいくらか適当な額を置くと、冷めた薬湯を一気に飲み干し、砂糖菓子を包みごと掴んで急ぎ家を出た。
歩きながら砂糖菓子を一つ口に含む。苦かった口の中にほんのり甘さが広がる。残りは山吹とティランにもあげようと思って、もう一度紙に包みなおし袋に突っ込んだ。
それから近くの木に繋いでおいた馬に乗ると、街に向けて走らせた。
ルフスが去って、しばらくの後。
薬師の家を訪れる者があった。
明るいオレンジ色の髪の女で、黒を基調とした服を纏っていた。
何が起きたのか理解する暇もなく、薬師は床に崩れ落ちた。
女はちょうどそこに置かれてあった草の束を手に取って言う。
「ああ、あったわ。これね、竜鱗草」
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