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対峙の時
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「ティランさ、おれってそんなに信用ない?」
座卓と呼ばれる机の前でずっと書き物をしているティランを眺めながら、ルフスが零した。
山吹はグルナと出かけてしまった。グルナの術を伝授してもらうためだ。
ティランはグルナから譲ってもらった鉱石や鳥の羽、それから何か不可思議な色の砂に光を放つ液体といった道具類を卓上に並べ、それを見て唸りながら、紙に文字と図形を書き綴っていた。
ルフスだけが手持ち無沙汰だ。
「大掛かりな魔法って、アンノウン対策じゃないのか? だったらおれにだって関係するんじゃん。おれだって知っておく必要あるだろ」
ティランは一度手を止め、またペンを動かしながら言った。
「魔王召喚や」
「え?」
「魔王」
「なんで? 魔王?」
「魔王は世界そのものと前にも話したやろ、つまり知識の塊や。この世界で起こったすべての出来事を知る存在。つまりはあらゆる術にも通ずる。おれはその知識がほしい」
「それ、大丈夫なのか?」
急に不安になって、ルフスが言う。
魔法や魔族に特に詳しいわけではないが、聞いたことくらいはある。
魔族と結ぶ契約には、代償が必ず必要になることくらいは。望みを叶えてもらうためには、何かを差し出さなければならない。
ルフスも昔、村の年寄りたちから教え込まれた。
魔に属する者たちと安易に契約をしてはならないよ。命や力を奪われてしまうからね。
ティランがそれを知らないはずはない。
そしてルフスは、ひとつ勘づいていることがある。
「ティランさ、隠してることあるだろ」
ティランは淀みなくペンを動かし続ける。答えは返ってこない。
それでもルフスはそのまましゃべり続けた。
「こないだからなんか変だもん……今日もただ考え事してただけって言ってたけど、それってさ、なんか悩み事があるからじゃないのか? そりゃ魔法のことはおれにはわかんないけど、そういうんじゃなくてその」
ティランが静かに、短く息を吐く。
ペンを置き、顔を上げて初めてルフスの方を見た。
「おまえさんには知る必要のないことや」
「なんだよそれ……!」
淡々と告げられた言葉は、ルフスに衝撃を与えた。目の前がぐらりと揺れる。まるで殴られた時のようだった。
湧き起こる感情は怒りではない。羞恥だ。
目や耳の奥、胸に何かが詰まったような感じになって苦しい。ルフスは言いたかった言葉も何もかも、すべて頭の中から吹き飛ぶのを感じた。
ティランは置いたペンをまた取って、書き物を始める。
ルフスは無言で立ち上がり、部屋を出て行った。廊下ですれ違った宿の主人が教えてくれる。
「グルナさん達なら村の外だよ」
会釈して宿を出ると、村の入り口に向かった。村から離れた、周りに何もない場所に橙色の灯りを見つけた。
ぽつりぽつりと小さな炎が浮いていて、術の一種なのだろうとすぐに悟る。灯りに照らし出される景色の中に、グルナと山吹の姿があったからだ。
声を掛けようか迷って、やめた。
山吹はできることを見つけて頑張っている。邪魔をするわけにはいかない。
ティランも。
ルフスだけが、何もできていない。
何も変わっていない。
メルクーアで、英雄の力を持つのだと告げられたあの時から何も。剣を手に入れただけで、それ以外に何もない。
「べルミオン」
ルフスの声に応じて、剣が現れる。
初代英雄の名前。
彼は一体どんな人物だったのだろう。やはり優れた剣の使い手だったのだろうか。多少のことで揺らいだりしない精神の持ち主だったのだろうか。
ロッソは強い人だった。
あんな人になれたらと思う。
変わりたい。
今のままでいたくない。
強くなりたい。
そうしたら、ティランの信頼を得られるだろうか。頼ってくれるようになるだろうか。
地面を踏む音に、ルフスは顔を上げる。だが、ルフスが己の意思で振り返る前に、身体が勝手に動いていた。手の中の剣に引きずられるように、ぐるりと体が回転する。
金属がぶつかる音が間近で響く。
交差した二本の剣。その向こうに見える顔にルフスはぎくりとする。
「おじさん……!」
暗闇にぼんやりと浮かぶ姿。濃い影の中でかろうじて読み取れる表情は暗く、無に近い。
強いにおいを感じ取って、ルフスは眉をひそめる。
生臭い。血のにおいだ。
剣が引かれて、距離が開く。ルフスは反動によろけるが、どうにか踏みとどまる。
「ルフス、ダメだ。ダメなんだよ。ちっとも気が晴れねぇんだ、あいつら全員オレの手で殺してやったっていうのに」
「え」
「それでわかったんだよ。やっぱり二人をこの手に取り戻さなきゃダメなんだって。そのためにはお前を殺さなきゃならねぇ。それが、あのひとの望みだからよ。そうすれば二人を、オレの家族を生き返らせてくれるって……」
言うなり男が斬りかかってくるが、聖なる剣が再び主であるルフスを守った。
だが、セラフィナに対峙した時とは違う。積極的に敵に向かおうとはしない。それは相手が闇に属する者ではなく、ただの人間だからだ。
どうにかしようと思うならば、ルフスが己の意思と力で動かなくてはならない。
座卓と呼ばれる机の前でずっと書き物をしているティランを眺めながら、ルフスが零した。
山吹はグルナと出かけてしまった。グルナの術を伝授してもらうためだ。
ティランはグルナから譲ってもらった鉱石や鳥の羽、それから何か不可思議な色の砂に光を放つ液体といった道具類を卓上に並べ、それを見て唸りながら、紙に文字と図形を書き綴っていた。
ルフスだけが手持ち無沙汰だ。
「大掛かりな魔法って、アンノウン対策じゃないのか? だったらおれにだって関係するんじゃん。おれだって知っておく必要あるだろ」
ティランは一度手を止め、またペンを動かしながら言った。
「魔王召喚や」
「え?」
「魔王」
「なんで? 魔王?」
「魔王は世界そのものと前にも話したやろ、つまり知識の塊や。この世界で起こったすべての出来事を知る存在。つまりはあらゆる術にも通ずる。おれはその知識がほしい」
「それ、大丈夫なのか?」
急に不安になって、ルフスが言う。
魔法や魔族に特に詳しいわけではないが、聞いたことくらいはある。
魔族と結ぶ契約には、代償が必ず必要になることくらいは。望みを叶えてもらうためには、何かを差し出さなければならない。
ルフスも昔、村の年寄りたちから教え込まれた。
魔に属する者たちと安易に契約をしてはならないよ。命や力を奪われてしまうからね。
ティランがそれを知らないはずはない。
そしてルフスは、ひとつ勘づいていることがある。
「ティランさ、隠してることあるだろ」
ティランは淀みなくペンを動かし続ける。答えは返ってこない。
それでもルフスはそのまましゃべり続けた。
「こないだからなんか変だもん……今日もただ考え事してただけって言ってたけど、それってさ、なんか悩み事があるからじゃないのか? そりゃ魔法のことはおれにはわかんないけど、そういうんじゃなくてその」
ティランが静かに、短く息を吐く。
ペンを置き、顔を上げて初めてルフスの方を見た。
「おまえさんには知る必要のないことや」
「なんだよそれ……!」
淡々と告げられた言葉は、ルフスに衝撃を与えた。目の前がぐらりと揺れる。まるで殴られた時のようだった。
湧き起こる感情は怒りではない。羞恥だ。
目や耳の奥、胸に何かが詰まったような感じになって苦しい。ルフスは言いたかった言葉も何もかも、すべて頭の中から吹き飛ぶのを感じた。
ティランは置いたペンをまた取って、書き物を始める。
ルフスは無言で立ち上がり、部屋を出て行った。廊下ですれ違った宿の主人が教えてくれる。
「グルナさん達なら村の外だよ」
会釈して宿を出ると、村の入り口に向かった。村から離れた、周りに何もない場所に橙色の灯りを見つけた。
ぽつりぽつりと小さな炎が浮いていて、術の一種なのだろうとすぐに悟る。灯りに照らし出される景色の中に、グルナと山吹の姿があったからだ。
声を掛けようか迷って、やめた。
山吹はできることを見つけて頑張っている。邪魔をするわけにはいかない。
ティランも。
ルフスだけが、何もできていない。
何も変わっていない。
メルクーアで、英雄の力を持つのだと告げられたあの時から何も。剣を手に入れただけで、それ以外に何もない。
「べルミオン」
ルフスの声に応じて、剣が現れる。
初代英雄の名前。
彼は一体どんな人物だったのだろう。やはり優れた剣の使い手だったのだろうか。多少のことで揺らいだりしない精神の持ち主だったのだろうか。
ロッソは強い人だった。
あんな人になれたらと思う。
変わりたい。
今のままでいたくない。
強くなりたい。
そうしたら、ティランの信頼を得られるだろうか。頼ってくれるようになるだろうか。
地面を踏む音に、ルフスは顔を上げる。だが、ルフスが己の意思で振り返る前に、身体が勝手に動いていた。手の中の剣に引きずられるように、ぐるりと体が回転する。
金属がぶつかる音が間近で響く。
交差した二本の剣。その向こうに見える顔にルフスはぎくりとする。
「おじさん……!」
暗闇にぼんやりと浮かぶ姿。濃い影の中でかろうじて読み取れる表情は暗く、無に近い。
強いにおいを感じ取って、ルフスは眉をひそめる。
生臭い。血のにおいだ。
剣が引かれて、距離が開く。ルフスは反動によろけるが、どうにか踏みとどまる。
「ルフス、ダメだ。ダメなんだよ。ちっとも気が晴れねぇんだ、あいつら全員オレの手で殺してやったっていうのに」
「え」
「それでわかったんだよ。やっぱり二人をこの手に取り戻さなきゃダメなんだって。そのためにはお前を殺さなきゃならねぇ。それが、あのひとの望みだからよ。そうすれば二人を、オレの家族を生き返らせてくれるって……」
言うなり男が斬りかかってくるが、聖なる剣が再び主であるルフスを守った。
だが、セラフィナに対峙した時とは違う。積極的に敵に向かおうとはしない。それは相手が闇に属する者ではなく、ただの人間だからだ。
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