緋の英雄王 白銀の賢者

冴木黒

文字の大きさ
67 / 67

天藍の空の下

しおりを挟む
 冴えるような冬の空気。
 午後の陽射しの温もりは、この時期特に貴重だ。夕暮れ近くになると、気温はぐんと落ちる。だからできるだけ早く進んで、夜までには街に着きたい。
 だが馬での移動だし、地図で見る限りあと少しだろうと思って、ルフスは街道から少しそれた場所で休息をとっていた。
 水筒を出して水を飲み、地面に座ってぼんやりと空を見上げる。
 雲一つない晴天。
 清冽の青。限りなく美しい空の色。
 天藍。
 冬の空気は冷たく澄んでいるから、色もより鮮やかに見える。
 その美しさは不思議とルフスの胸を締め付けた。
 理由はわからない。
 ただ何か、とても大切なことを忘れてしまっているような、そんな気にさせられる。
 ルフスはまだ旅を続けていて、その目的は水鏡の体を手に入れるためだ。
 水鏡は元は神であったが、長い時の中で忘れ去られ神としての力を失い、妖と化してしまった者の名だ。その妖に、ルフスは以前姿を奪われかけたことがあって、その時にある約束をした。
 誰のものでもない水鏡の体を作ろうと。
 宛てなどない、ルフスのそんな思い付きに近い提案を水鏡は受け入れた。
 そしてそれ以来、水鏡はルフスの後をついてくるようになった。今も姿は見えないが、どこか近くにいるのだろう。妖としての本性を恐ろしく感じることもあるが、何かと助けてくれる水鏡にはルフスも感謝していた。だから彼の望みを叶えるためにできるだけのことをしたいと、ルフスも考えている。
 少し腹が減ったなと思って、鞄の中を漁る。
 麻紐で袋の口が縛られている袋。中には、小腹が空いた時用に買っておいた焼き菓子が入っている。ほのかに甘い、板状に焼いた菓子。クッキーともビスケットとも違った食感で、口の中に入れると溶けるように崩れる。
 取り出して一枚、歯にくわえたところで、声がかかる。

「隣、よろしいですか?」

 驚いて見回すと、いつの間にそこにいたのか外套のフードを目深に被った女が背後にいた。女であると判断したのは、耳に心地よいその声だ。知っているような気さえする声は、ルフスの心を酷く揺るがせた。
 一瞬反応できずにいると、フードの下でクスリと笑う気配がして、彼女は隣に腰を下ろした。

「旅の途中でしょうか。これから、どちらに向かうおつもりですか?」
「あ、と……ソレイユ王国に。ここらへんで魔法の技術が一番発展してるっていうから……」

 ルフスはくわえていた菓子を手に持ち直して言い、フードから覗く顔を不躾に観察する。
 陶器のように滑らかな肌と、珊瑚色の紅を引いた唇。頬にかかる白い髪。
 でもだって。
 そんなまさか。

「それでは、私もお供しても構いませんか?」

 フードが落とされ露わになった顔に、ルフスは丸い目を見開く。
 柔らかく、たわんだ目元。
 二藍色の瞳。




「山吹!」



 冬の昼下がり。
 どこまでも澄みきった天藍の空が再会を喜ぶ二人を見守っていた。
 温められた土が芽吹く時を待つ生命を密かに育み、遠く見える山の峰を覆う雪は陽光に溶けかけている。
 春はもう、すぐそこまできているようだった。


しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

処理中です...