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天藍の空の下
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冴えるような冬の空気。
午後の陽射しの温もりは、この時期特に貴重だ。夕暮れ近くになると、気温はぐんと落ちる。だからできるだけ早く進んで、夜までには街に着きたい。
だが馬での移動だし、地図で見る限りあと少しだろうと思って、ルフスは街道から少しそれた場所で休息をとっていた。
水筒を出して水を飲み、地面に座ってぼんやりと空を見上げる。
雲一つない晴天。
清冽の青。限りなく美しい空の色。
天藍。
冬の空気は冷たく澄んでいるから、色もより鮮やかに見える。
その美しさは不思議とルフスの胸を締め付けた。
理由はわからない。
ただ何か、とても大切なことを忘れてしまっているような、そんな気にさせられる。
ルフスはまだ旅を続けていて、その目的は水鏡の体を手に入れるためだ。
水鏡は元は神であったが、長い時の中で忘れ去られ神としての力を失い、妖と化してしまった者の名だ。その妖に、ルフスは以前姿を奪われかけたことがあって、その時にある約束をした。
誰のものでもない水鏡の体を作ろうと。
宛てなどない、ルフスのそんな思い付きに近い提案を水鏡は受け入れた。
そしてそれ以来、水鏡はルフスの後をついてくるようになった。今も姿は見えないが、どこか近くにいるのだろう。妖としての本性を恐ろしく感じることもあるが、何かと助けてくれる水鏡にはルフスも感謝していた。だから彼の望みを叶えるためにできるだけのことをしたいと、ルフスも考えている。
少し腹が減ったなと思って、鞄の中を漁る。
麻紐で袋の口が縛られている袋。中には、小腹が空いた時用に買っておいた焼き菓子が入っている。ほのかに甘い、板状に焼いた菓子。クッキーともビスケットとも違った食感で、口の中に入れると溶けるように崩れる。
取り出して一枚、歯にくわえたところで、声がかかる。
「隣、よろしいですか?」
驚いて見回すと、いつの間にそこにいたのか外套のフードを目深に被った女が背後にいた。女であると判断したのは、耳に心地よいその声だ。知っているような気さえする声は、ルフスの心を酷く揺るがせた。
一瞬反応できずにいると、フードの下でクスリと笑う気配がして、彼女は隣に腰を下ろした。
「旅の途中でしょうか。これから、どちらに向かうおつもりですか?」
「あ、と……ソレイユ王国に。ここらへんで魔法の技術が一番発展してるっていうから……」
ルフスはくわえていた菓子を手に持ち直して言い、フードから覗く顔を不躾に観察する。
陶器のように滑らかな肌と、珊瑚色の紅を引いた唇。頬にかかる白い髪。
でもだって。
そんなまさか。
「それでは、私もお供しても構いませんか?」
フードが落とされ露わになった顔に、ルフスは丸い目を見開く。
柔らかく、たわんだ目元。
二藍色の瞳。
「山吹!」
冬の昼下がり。
どこまでも澄みきった天藍の空が再会を喜ぶ二人を見守っていた。
温められた土が芽吹く時を待つ生命を密かに育み、遠く見える山の峰を覆う雪は陽光に溶けかけている。
春はもう、すぐそこまできているようだった。
完
午後の陽射しの温もりは、この時期特に貴重だ。夕暮れ近くになると、気温はぐんと落ちる。だからできるだけ早く進んで、夜までには街に着きたい。
だが馬での移動だし、地図で見る限りあと少しだろうと思って、ルフスは街道から少しそれた場所で休息をとっていた。
水筒を出して水を飲み、地面に座ってぼんやりと空を見上げる。
雲一つない晴天。
清冽の青。限りなく美しい空の色。
天藍。
冬の空気は冷たく澄んでいるから、色もより鮮やかに見える。
その美しさは不思議とルフスの胸を締め付けた。
理由はわからない。
ただ何か、とても大切なことを忘れてしまっているような、そんな気にさせられる。
ルフスはまだ旅を続けていて、その目的は水鏡の体を手に入れるためだ。
水鏡は元は神であったが、長い時の中で忘れ去られ神としての力を失い、妖と化してしまった者の名だ。その妖に、ルフスは以前姿を奪われかけたことがあって、その時にある約束をした。
誰のものでもない水鏡の体を作ろうと。
宛てなどない、ルフスのそんな思い付きに近い提案を水鏡は受け入れた。
そしてそれ以来、水鏡はルフスの後をついてくるようになった。今も姿は見えないが、どこか近くにいるのだろう。妖としての本性を恐ろしく感じることもあるが、何かと助けてくれる水鏡にはルフスも感謝していた。だから彼の望みを叶えるためにできるだけのことをしたいと、ルフスも考えている。
少し腹が減ったなと思って、鞄の中を漁る。
麻紐で袋の口が縛られている袋。中には、小腹が空いた時用に買っておいた焼き菓子が入っている。ほのかに甘い、板状に焼いた菓子。クッキーともビスケットとも違った食感で、口の中に入れると溶けるように崩れる。
取り出して一枚、歯にくわえたところで、声がかかる。
「隣、よろしいですか?」
驚いて見回すと、いつの間にそこにいたのか外套のフードを目深に被った女が背後にいた。女であると判断したのは、耳に心地よいその声だ。知っているような気さえする声は、ルフスの心を酷く揺るがせた。
一瞬反応できずにいると、フードの下でクスリと笑う気配がして、彼女は隣に腰を下ろした。
「旅の途中でしょうか。これから、どちらに向かうおつもりですか?」
「あ、と……ソレイユ王国に。ここらへんで魔法の技術が一番発展してるっていうから……」
ルフスはくわえていた菓子を手に持ち直して言い、フードから覗く顔を不躾に観察する。
陶器のように滑らかな肌と、珊瑚色の紅を引いた唇。頬にかかる白い髪。
でもだって。
そんなまさか。
「それでは、私もお供しても構いませんか?」
フードが落とされ露わになった顔に、ルフスは丸い目を見開く。
柔らかく、たわんだ目元。
二藍色の瞳。
「山吹!」
冬の昼下がり。
どこまでも澄みきった天藍の空が再会を喜ぶ二人を見守っていた。
温められた土が芽吹く時を待つ生命を密かに育み、遠く見える山の峰を覆う雪は陽光に溶けかけている。
春はもう、すぐそこまできているようだった。
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