AT LONG LAST

伊崎夢玖

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第二章

side蒼 58

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病院に着いて、検査をして、結果を待つ。
診察室に入り、担当医から結果を聞かされる。
即入院とのこと。
何となく入院になるだろうなとは思っていた。
朝よりずっと今の方がお腹のハリがどんどん強くなってきている。
一縷に連絡した時より体的には辛くなってきた。

受付で指定された病室に向かう。
Ωの入院には個室がもらえる。
一縷は初めて入るΩの病室に興味津々だ。
ちょっとしたホテル以上の設備が備え付けられている。
僕も最初は一縷と同じ反応だった。
僕は慣れた感じで荷物を解く。
その間も一縷は物珍しいみたいで、あちこち見て回っている。
目が少年の頃に戻ったみたい。
少しかわいい。
だけど、もうすぐ父親になるんだから、少しは落ち着いてもらいたかった。
「ちょっと、いち。これ、そっちに置いて」
一縷の意識を奪った病室の内装に嫉妬した。
我ながらあさましい。
こんなんじゃもうすぐ生まれる我が子に笑われてしまう。
でも、一縷の意識は僕といっしょの時には僕に向いていてもらいたかった。
「少しは落ち着いてよ」
まだそわそわしていえる一縷に呆れてしまった。
ここまで典型的な父親像になるとは思ってもみなかった。
「ごめん…」
捨てられた子犬みたいにしょんぼりした一縷。
少しきつく言いすぎたかもしれない。
「いつ産まれるか心配で仕方ないんでしょ?」
もうすぐ父親になるって思ってくれているからこそ、落ち着かないんだよね。
今の僕も同じ気持ちだから、分かるよ。
「…うん。何かあった時、怖くて…」
「僕に何かあってもいちは大丈夫だから。ちゃんといちの元に戻ってくるから」
一縷を少しでも安心させたくて、思ったことをそのまま言った。
出産は命懸けっていうけど、怖いのは一緒だよって伝えたかった。
それを汲み取ってくれたのか、一縷は優しく抱きしめてくれた。
「俺があおを不安にさせるような弱気なこと言ってちゃダメだよな。ごめんな。もう大丈夫だから」
そう言う一縷は、さっきまでの捨てられた子犬から何か覚悟を決めたいつものかっこいい一縷に戻っていた。

それからしばらく、特に体に異変は感じられず一縷と二人で病室にいた。
夕方になって、少しお腹が痛くなる回数が増えてきた。
どうやら陣痛の間隔が短くなってきたようだった。
助産師さんからは短くなってきたら、何分間隔かだいたいでいいから計るようにと言われていたので、一縷に頼んで計ってもらった。
さすがに僕がお腹の痛みに意識をもっていかれて、時間を見ている余裕はなかった。
そのうち、どんどんお腹の痛みが強くなってきた。
あまりの痛さに涙が零れた。
「いちぃ…助けてぇ…痛い…っ!!!」
こんな僕を見せるのは初めてだと思う。
どんな時でも一縷に弱い所を見せるのを嫌ってきたから。
それなのに、今は痛い、痛いと、泣きながら一縷に訴えかけている。
それだけ余裕がない証拠。
こんな痛みを感じて僕を産んでくれたと思うと、母には頭が上がらない。
尊敬の念すらある。
全部終わったら母に会いに行きたくなった。
ベッドに横になり、丸まって呻く僕を見て、一縷まで泣き出してしまった。
まるで、誘拐事件の時のように二人で泣き出した。
いい大人なのに…。
傍からみたらかなりシュールな絵面だよね。
そんなシュールな絵面でも一縷は僕の腰を撫でていてくれた。
おかげで痛みが和らぎ、少し楽な気持ちになれた。

その後、分娩室に移動すると言われ、分娩室の入口で一縷と別れた。
立ち合い出産だけは嫌だった。
それまでのかっこ悪い僕を見られるだけでも嫌だったのに、これ以上かっこ悪い所を見られたくなかった。
出産はかっこ悪くないと思う。
むしろ、生命誕生の神秘を行う神聖な儀式だと思う。
だけど、こればかりは僕の美意識にかかわること。
何人たりとも口出しはさせない。
分娩台に乗せられて、本格的に陣痛がひどくなってきた。
お腹が裂けるんじゃないかと思うくらいの痛み。
叫ばずにいられなかった。
今の自分に余裕があればよかったんだけど、そんな余裕はあっという間に霧散した。
穴という穴から液体が漏れたと思う。
たぶん下の方からは漏れてないと思う。
自信ないけど…。
『もうすぐよ!いきんでっ!』
先生の声が聞こえ、最後の力を振り絞っていきんだ。

おぎゃぁ!

声がした。
『元気な男の子よ。おめでとう』
助産師さんがまだ血に塗れた我が子を抱いて寄こしてくれた。
(一縷に似てるかな?)
生まれた我が子を見て少し余裕が出てきた。
『お風呂に入れて、新生児室に連れて行くわね』
「お願いします」

後産とかいろいろあって、さすがに疲れた。
病室に戻ってベッドに横になると、泥のように眠った。
久しぶりに落ちるように眠りについた。
学生の頃とか、毎日寝る間も惜しんで実験をしていて、気付くと寝落ちていたりしたものだった。
そんな感覚だった。
助産師さんが一縷を呼んで来てくれると言っていたけど、一縷を待つこともできそうにない。
今日くらいは許してくれるよね。
僕、すごくがんばったよ。
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