執着愛

伊崎夢玖

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重い思い

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やっと手に入れる。
今日、今まで考えてきた計画を実行に移す。
高校時代から思い続けて早10年。
今日こそ、彼女を僕が手に入れる。

だって、君の一生は僕のものなんだから。


彼女の勤務先は、とある学習塾。
中学生までの子を対象とした塾で、彼女の担当は数学と理科。
学生の頃から理系が得意教科だったもんね。
仕事が終わる時間も知ってる。
残業がなければ、そろそろ出てくるはず。
(あっ、出てきた)
今日は残業なかったんだね。
(よくがんばりました。えらい、えらい)
ソォーッと彼女の後をつける。
僕も仕事終わりにかけつけてしまったから、スーツに革靴。
尾行するには少し辛い。
でもそれが逆にこの場ではカモフラージュになっていた。
周りにいるのは、サラリーマンや彼女のようなOLが多い。
木を隠すなら森の中っていうくらいだしね。
彼女は僕が尾行していることに気付いている。
多分、原因は革靴。
この靴、歩く度にコツン、コツンと鳴ってしまう。
今日履いてくるんじゃなかった。
でも、このスーツにはこの靴が一番なんだよな…。
彼女はさっきからしきりに後ろを警戒して迂回して駅に向かっている。
そんなことしても無駄なのに…。
急に彼女が振り向いたけど、ちょうど電信柱があったから隠れて彼女の様子を覗いてみた。
彼女の位置からだと、僕は見えない。
さっきまで聞こえていた足音も消えて、姿も見えない。
恐怖が最高潮に達したのか、ヒールにもかかわらず全力疾走し始めた。
一応僕は高校まで陸上で中距離選手で活躍していたから彼女の全力疾走くらいで息を乱したりはしない。
案の定、駅のホームに到着した彼女はゼェゼェと肩で息をしている。
彼女が乗る車両から一両空けて車両に乗り込む。
最初は周りを警戒していた彼女も、さっきまでの体力消費で眠くなったのか船を漕ぎ始めた。
まぁ、彼女が下りるのは終点から一つ前の駅。
まだ時間はある。
それに、乗り過ごして終点まで乗ったとしてもこれが終電だから戻ることもできない。

彼女は終点まで乗ってくれた。
(どうしよう、こんなに計画通りに進んでいいのかな?)
まるで本当に彼女が僕の手の上で転がれているかのようだった。
このあたりは田んぼ以外何もない田舎。
タクシーは運がよければ通るくらい。
僕は先に改札を抜け、物陰から彼女がどう行動するか見守った。
(諦めて歩いて帰るしかないよね)
思った通り、彼女はスマホを取り出し、街灯のない暗い夜道を照らしながら歩き始めた。
僕も後をつける。
田舎と言っても道路は一応舗装されているから靴は汚れない。
その代わり、音はしっかり鳴った。
コツン、コツン。
彼女の細い肩がビクンと震えた。
(あぁ、気付いちゃった…。まぁ、いいけどね)
後ろを警戒して、ライトで照らすけど照射範囲外にいれば見つかることもない。
少し彼女と距離をおいて尾行を続ける。
そろそろ最終段階。
バサバサと鳥が彼女を襲った。
「キャッ」
小さく彼女の悲鳴が聞こえる。
フクロウが彼女を襲っていた。
(チャンス!!!)
「彼女から離れろっ!」
彼女を守るようにして近づく。
彼女のスマホの光を獲物と勘違いして襲ったのだろうか。
駅からずっとライトを点けていたからバッテリーがなくなり、光が消えるとフクロウはどこかへ飛び去ってしまった。
「大丈夫?」
「えっと…ありがとうございます」
「怪我してない?」
「大丈夫だと…痛っ!」
「ちょっと見せて?」
僕は鞄から自分のスマホを取り出し、ライトを点ける。
彼女の左手の甲にかぎ爪で傷つけられた痕があった。
血が少し滲んでいる。
「僕の家、この近くだから寄って行かない?」
「いきなりお邪魔するわけには…」
「僕のこと覚えてない?竹下だよ。高校時代三年間同じクラスだった」
「陸上部中距離界のエースの?」
「そう」
「竹下くんっ!ごめんね。あの頃と雰囲気全然違うから気付かなかったよ」
「よく言われる。とりあえず、立てる?」
「立てると言いたいところだけど、腰抜けて立てない…」
「近くに車止めてるんだ。そこまで背中に乗って?」
「でも…」
「早く消毒しないと、化膿しちゃうよ?」
彼女は素直に僕におんぶされてくれた。
車はもちろん高級外車。
彼女が好きな車種にした。
ローンは痛いけど、すべては彼女のため。
そっと助手席に彼女を下ろし、車のドアを閉める。
これで彼女は僕のもの。
籠の中の鳥だ。
さっきのフクロウは僕が幼鳥の頃から飼い慣らしておいたフクロウ。
彼女を襲わせて、僕が近づきやすくするための切り札だった。
帰ったらいい肉を食わせてやるか。

運転席に乗り込み、車を発進させる。
ものの5分程度でマンションに到着した。
「このマンション…」
「どうかした?」
「このマンション、私も住んでるの」
「へぇ、何階?」
「2階」
「偶然ってあるんだね」
偶然なんかじゃない。
最初から調べてこのマンションに引っ越した。
本当に何も知らない彼女。
でも、もうあの部屋には帰してあげない。
君は僕の籠の中に自ら入るんだから。
「この部屋だよ」
僕の部屋は最上階の角部屋。
彼女が部屋に入った。
(これで計画は終わった)
バタンと玄関の扉が閉まると、自動で鍵が幾重にもかかった。
彼女がこの部屋から出ようとしても出られない。
だってこの鍵の解錠方法を知っているのは僕だけなのだから。
リビングに誘導し、飲み物を用意して、寝室のクローゼットにある救急箱を持ってリビングへ行く。
かぎ爪の怪我の手当をする。
「そこまで深くないから痕にはならないと思うけど、一応毎日手当した方がいいね」
「ごめんね」
「いいよ。高校卒業以来に会ったんだし、ゆっくり話そうよ」
「そうだね」
高校卒業してからの生活を何時間も話していると、彼女が突然帰ると言い出した。
「まだいいじゃない」
「明日の仕事なの」
「今日はこの部屋に泊まるといいよ」
「そこまで迷惑かけるわけにはいかないよ」
「迷惑じゃないよ。君はもう僕のものなんだから」
「えっ?」
「君がこの部屋に入った瞬間から君はもう僕のものなんだ」
「言ってる意味が分かんない…」
「別にこの部屋から出たければ出て行ってもいいけど出られるかな?」
彼女はバッと玄関に走り出し、鍵を開けようとガチャガチャとドアノブを回したり、鍵を開けようとしているけど開かない。
開くわけがない。
最終手段で体当たりを始めたようだ。
ドンドンと鈍い音が響いている。
そんな原始的なことで開くわけがない。
ドアの鍵が開く前に彼女の体に異変が生じた。
(やっと効き始めたのか。本当に遅延性だったな)
「か…らだ…が…あ…つい…」
「そうだろうね。だって、最初に出した紅茶の中に少し薬を入れておいたんだもの」
「何で?」
「何でって君は僕のものだから。僕が君を簡単に逃がすと思った?」
僕は体が自由に動かない彼女を抱き上げ、寝室に連れて行った。
そこには隠し撮りされた彼女の写真でいっぱいの部屋。
彼女の顔が引き攣っている。
「僕の君への愛、分かってくれたかな?これだけ君のことを愛しているんだよ」
「分から…ない…し…分かり…たく…もない」
「僕の元へ落ちるのももうすぐだよ」
「絶対…落ちない…」
「そう言ってられるのも今のうちだよ?」
それから三日三晩休ませることなく彼女を愛し続けた結果、彼女は僕の元へ落ちた。

ホォーッ、ホォーッ
フクロウの泣き声。
(あっ、餌やるのすっかり忘れてた)
ベランダに出る。
フクロウの佐助がそこにはいた。
「ごめんな、餌やるの遅くなった。お前のおかげで最高のものが手に入ったよ。これはご褒美だ」
A5ランクのブランド牛の肉をやる。
こいつを幼鳥の頃から飼い慣らしておいてよかった。
今ではリードがなくても、ちゃんと指示に従うし、家にも戻ってくる。
彼女も時間が経てばこいつのように僕に従順になってくれるはず。
鳥である佐助にできて、彼女にできないことはない。
前例があるんだから大丈夫。
時間はいくらでもある。
もう彼女という籠の中の鳥は手元にある。
急ぐ必要なんてないのだから。
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