普通じゃない世界

鳥柄ささみ

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9 チョコレート

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「はい、お待たせしましたー! とうちゃーっく!」

 ヒナが今度は無人の灯台に下ろしてくれる。
 ヨシはなんなく着地できたが、リュウは着地できたことで気が抜けたのか、へなへな……と崩れるようにその場にへたり込んだ。

「はぁぁぁぁぁ、死ぬかと思った……」
「あー、楽しかった!」
「う、うそだろ? ヨシ、あれのどこが楽しかったんだよ……」

 リュウはヨシの言葉に、奇異きいなものでも見るように目をいた。
 それに対し、きょとんとするヨシ。

「え? ジェットコースターみたいで楽しくなかった? ボク、ジェットコースターとか絶叫マシンとか大好きだから、すっごく楽しかったよ。もう1回やりたいくらい!」
「本当? じゃあ、あとでもう
1回する?」
「うん、したいしたい!」
「げぇ、マジかよ……。そこはいくら親友とはいえど、ヨシとはわかりあえねーわ……」

 興奮してはしゃぐ2人をよそに、げんなりとするリュウ。
 乗り物酔いでもしたかのように、胃の中のものがぐっちゃぐっちゃになっている気がした。
 うえ、と出すものを出したいが、あまり何かを食べてないせいか何も出てくる気配もなく、胃がムカムカしている。
 リュウは仕方なく、海風に当たりながらゆっくりと寝そべって、気をまぎらわすことにした。

「そういえばさ、ヨシよく無事だったな」
「うん? なんのこと?」
「昨日、ソウカンされたって聞いたんだけど」

 リュウが寝転びながらそう聞くと、ヨシが首を傾げる。

「ソウカン? んー、……あぁ! 魔女の城に送られる送還のこと?」
「そうそう、リュウくんがヨシくんが送還されて魔女の城に連れていかれたらしい、って言うからさっき2人で魔女の城に行こうと思ってたんだよ」
「そうだったんだ。確かに、ボクは学校でみんなから普通じゃないって言われて魔女の城に送られそうにはなったんだけど、途中で恐くなって隙を見て逃げたんだ」
「隙を見て逃げた? でも、どうやって?」

 あんなに大勢の人から追いかけられるくらいだ、魔女の城に送るというのなら、誰かしら大人の監視がたくさんついていたに違いないはずなのに、隙を見て逃げたというヨシの言葉にリュウは疑問を持つ。
 リュウはあの保健室でリュウを送還しようと話していたときのことを思い出す。
 母のような人物が何かを「手配をする」と言っていたから、てっきりそれは誰か専用の捕獲者みたいな人がいるのかと思っていたリュウだが、ヨシの話を聞くとどうやら違ったらしい。
 でも、先程のリュウの感じでは逃げられる要素は全然なかったのに、どうやって運動が苦手なヨシは昨日から今日にかけて逃げることができたのだろうか。
 ヒナもリュウと同じことを思ったのだろう、2人は不思議そうにヨシを見つめた。

「学校から連れて行かれるときはたくさんの変な大人達がボクを見張るためについていたんだけど、途中でボク、トイレに行きたくなってトイレに行ったんだ。それでトイレ中にどうにか逃げられないか、って必死に考えてたんだけど、長くトイレにこもっていたら大人達から「早くしろ!」「早く出てこい!」ってずっと急かされて、何も案が出ないけどしょうがないって諦めてトイレを出たんだ。それでトイレが長かったぶん急げ、走れって大人達から言われて走りだしたら、なぜかそのときものすごいスピードで走れてね。もしかしたらこれで逃げられるかも!? って思いきり走ったら、本当に大人達から逃げることができて。……でも、逃げ回ったはいいんだけど、行く場所ないし、どうしよう、誰か他に助けてくれる人いないかなー? リュウもヒナちゃんもどこにいるんだろうー? って思いながら夢中で逃げてたら、リュウとヒナちゃんに助けられたんだ」
「なるほど、そうだったのか」

 まさかそういう理由で逃げ出せたと思わず、リュウは驚いた。
 というか、ヒナもヨシも何かしらの特別な力を手に入れたことを知って、リュウはちょっと羨ましかった。

「てか、ヨシくんも特別な力を手に入れてたんだね」
「うん。何でか理由はよくわからないけど。ヒナちゃんも飛べるの凄いね! ボクもその力欲しかったなぁ」

 2人できゃっきゃきゃっきゃ盛り上がるのを横目で見ながら、リュウは目を閉じるとふんっとそっぽを向いた。

 __いいなぁ、2人とも。オレにも何か特別な力があるのかな。でも、今のところピンチは結構あったのに、それらしいワザとか能力とかなかったし。

 自分だけ不思議な力が何もないことにリュウがしょんぼりしていると、その様子に気づいたヒナがぺチッとリュウのおでこにデコピンする。
 無防備だったせいか、綺麗におでこに入ったデコピンは、リュウの頭にダイレクトに響いた。

「いってぇ! ヒナ、何すんだよ!!」
「リュウくんが情けない顔してるのがいけないんでしょう? どうせ、オレだけ何で不思議な力がないんだ……とか、そんなこと考えてたんじゃない?」
「なっ! べ、別にちげーっし!!」

 図星を言い当てられて、リュウは動揺する。
 そんな様子もお見通しとばかりにヒナは二ヒヒと口元を歪めて笑った。
 さすが長い付き合いである幼馴染み、お見通しであると言った様子のヒナに、リュウはとてもバツが悪そうに顔をそらした。

「そう? ならいいけど。でも、気にしなくていいんじゃない? リュウくんは元から身体能力高いし、もし特別な力があるとしても別のことなのかもよ? 私もヨシくんも特別な力を発揮したのはピンチのときだったし」
「……オレだって、さっき追いかけられたときとかピンチだったもん」

 不貞腐れるようにリュウが呟く。
 なんだか不公平だ、とリュウが口を尖らせると、ヒナは苦笑しながらフォローしてくれる。

「そうかもしれないけど、あのときはまだ本当のピンチのじゃなかったかもしれないじゃん! ね? ヨシくん」
「う、うん。そうだよ! リュウは元からボクと違ってなんでもできるし……」
「ヨシはヨシで元々頭いいじゃん!」

 どんどん悪いほう悪いほうに考えてしまうリュウ。
 ここに来たのも自分が最後に氷に乗ったからかもしれないし、今のところ何も力がない自分はただのお荷物じゃないか、と卑屈ひくつになってくる。
 リュウが1人で暗い気分になっていると、パーンと思いきりヒナに背中を叩かれる。

「いたっ! 何すんだよ、暴力ヒナ!!」
「そんな辛気臭しんきくさい顔してるのが悪いんでしょー! てか、みんなお腹空かない?」
「は? なんだよ急に……」
「お腹? そう言われてみたら確かに……」

 抗議しつつも、何も全然食べてないことをヒナに指摘されたことでリュウが長いこと食事を食べてないことを思い出せば、「ぐぅううううう」といいタイミングで大きな音がお腹から聞こえる。
 リュウは恥ずかしくなって顔を赤らめれば、ヒナがニヤニヤと笑っていた。

「そういえば、ボクも全然ご飯食べてなかった」
「でしょでしょー? ということで、じゃーん! チョッコレートぉおお!!」

 てれれてってれー! と謎の効果音を言いながらヒナがポケットから取り出したのは、板チョコレートだった。
 ヒナはまた、ふふんと得意げな顔をしている。

「何でそんなもの持ち歩いているんだよ」
「だって、家に帰るまでにお腹空くじゃん」
「いやいや、学校に持ってきたらダメでしょ」
「いいじゃんいいじゃん! 今はそのおかげで腹ごしらえができるんだから~。私に感謝しなさーい?」

 そう言いながらヒナが意気揚々いきようようと外装の包紙を剥がして中を取り出す。

「あ、あれ?」

 だが、そこにあったのはべたべたに溶けたチョコレートだった。

「はははははは! なんだよ、これ。ヒナ、ずっとポケットに入れてただろ!」
「だ、だってぇ! 他に入れるところなかったし!!」
「ま、まぁ、食べられなくはないんじゃない、かな?」

 今度はヒナが図星を言い当てられて焦る。
 その様子が面白くて、リュウがケラケラ笑い出す。
 それを見てヒナがぷんぷんと怒り出し、その2人を見てヨシはどちらに味方につけばよいかわからず、おろおろとしていた。
 思いきり笑ったおかげか、リュウは先程まで感じていた不満はどこかへ飛んでいき、ドロドロに溶けたチョコレートを3人で仲良く手を汚しながら食べるのだった。
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