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4.5章【閑話休題・マーラの物語】

マーラの物語2

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「カルー!これもとても面白かったですわ!」
「それはそれは、ようございました。だいぶ文字読みも上達されて……読む速さも速くなったのでは?」
「そうでしょう?お母様にバレないように気をつけながらも、続きをすぐにでも読みたいから、速読術を身につけましたのよ!」
「それはまぁ、いいのか悪いのか。ふふふ、程々になさってくださいね」
「えぇ、わかってますわよ!」

ほんのりと嗜められるが、カルーは優しいのでそれ以上何も言われなかった。カルーは両親に言いつけることもせず、無知なワタクシに様々な知識を与えてくれた。

文字の読み書きはもちろん、動植物の名前や国のこと。カルーの話はどれも興味深く、我ながらどんどんと知識欲がくすぐられるままに様々な知識を吸収していった。

それによって、たった半年で見違えるようなほど知識を得ることができたと思う。

もちろん、ワタクシには学が必要ないと思っている両親には秘密である。もしバレたら怒られるどころの騒ぎではないだろうし、カルーにも何かしらの弊害が起こるかもしれない。どうしてもそれだけは避けたかった。

「本日は何をお読みに?」
「今日はこれとこれと……」
「まぁ随分とお読みになられるのですね。そうそう、本日入荷した本ですが、きっとマーラ様が好きそうなので確保しておきましたよ」

差し出された本に目を落とす。タイトルだけではわからないので、カルーを見れば「恋愛小説です」とにっこりと笑われた。

「わ、ワタクシは別に恋愛小説が好きとは……!」
「ふふふ、誰しもこの時期はそういうものを好むものですよ」
「そ、そういうものですの?」
「えぇ、そういうものです」
「カルーも?」
「もちろん!何でしたら、今でも好きですよ、恋愛小説。人の恋の駆け引きというのは飽きないものですからねぇ……」

まさかカルーもこういった小説を好きだというのは意外だった。でも、みんなが好きだというのなら、ワタクシが好むのも無理はない話だと納得する。

「ちなみに、どういった方がタイプですか?」
「ワタクシは、身体はがっしりと大きくて強くて逞しい方がいいですわ!あ、でもレディファーストを心得ている紳士な方でなければダメですわね」
「あらあら、さすがにそれはちょっと難易度が高いのではありませんか?」
「べ、別に、理想なのですから……!言うだけなら別にいいでしょ!」
「そうですね、確かに。いつかマーラ様の前にそのような素敵な殿方が現れるといいですね」

年はうんと違うというのに、カルーと話すのはとても楽しかった。普段の話し相手は主に母のみだったので、余計にそう感じるのかもしれない。

「あらあら、もうこんな時間に。早く戻らないと咎められますよ」
「まぁ、では急がないと!!」
「えぇ、ではまた」
「ありがとう、カルー!」

いつまでもこんな日が続けばいいのに、と思ったけれど、そんな願いは長くは続かなかった。

夜の光に当てられながら読書をしていたとき、眠気に誘われるままに意識を失い、起きたとき目の前にあったのは、今まで見たことないくらいに目を釣り上げて怒気を漏らしていた母の顔だった。

「一体これは何!?いつからこんなものを読めるようになったの!!」

まだ眠気醒めやらぬ状態でワタクシを詰問する母。

ぼんやりと、ワタクシはどうして本を読むだけでここまで怒られなければならぬのだろうか、と思いながらも「申し訳ありません」とただ望まれるままに謝った。

正直、つらくてとても苦しかった。母の思い通りにならないことをしたがために、どうしてここまで叱咤されなければならないのか、ワタクシには理解できなかった。

けれど、ワタクシは抗う言葉を持ち合わせてはいない。ただ素直に両親が望む反応をしなければならなかったため、ワタクシの中に逆らうという言葉は存在していなかった。

そんなとき、たまたま通りがかったアーシャ様が救いの手を差し伸べてくださった。

「今時、ある程度の知識はないとどなたの妻も務まりませんよ。奥方は知識と知恵で旦那様を支える時代ですから」

誰もが見惚れるほどの美しい顔で、にっこりと微笑まれる。あまりの美しさに目を奪われた。

「彼女はもし良ければ私が面倒見ましょうか?」
「いえ、結構よ」
「そう?最近お見合いに苦戦していると聞いているけど、たまには違った視点も必要ではない?」

母が苛々しているのがわかる。なぜそのとき母が苛立っていたのか理解できなかったが、今ならわかる。嫉妬だ。

美しく、知的で、さらに自分よりもはるかに優位な立場にいる者。例え、彼女が自分の姪に当たる存在であったとしても、地位も羨望も何もかもアーシャ様が上回っている事実を認めたくなかったのだろうと思う。

「では、そこまでおっしゃるなら、アーシャ様のお手並を拝見致しましょう。きっとよりよい成果が生まれることを期待するわ」
「えぇ、ご期待にそえるよう頑張るわ。では、ご機嫌よう」

お互い見えない火花が飛び散っているのがなんとなくわかる。
ワタクシは後ろ髪ひかれながらもアーシャ様に手を引かれるがままに、母の前から連れ出されるのだった。
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