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5章【外交編・モットー国】

61 プラチナの髪

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「〈ふぅ、お待たせしました〉」
「〈おかえりなさい。こちらは異常なしですよ〉」

あれから長いこと走り、夜が明けた。そして、地図を見ながら国境までにある最後の泉にやってきて水浴びをしたのだった。

寄り道ではあるが、もう自分自身が耐えきれなかったので時間ロスとはいえサッパリできたことは精神衛生上とてもよかった。

念入りに汚れを落としたのだが、思いのほか水が濁ってしまい、こんなにも自分が汚れていたのだと知ってちょっとショックだ。こんな気休めの水浴びではなく、早く風呂に入りたい気持ちでいっぱいになった。

まだ荷物に入っていた布で身体を拭き、新しい服に着替えると、心機一転まだ頑張れそうな気持ちになってくる。

「〈そうですか、よかった。おかげさまでさっぱりしました。ありがとうございます〉」
「〈いえいえ、それはよかったです〉」
「〈ちなみに、もう臭くありません?まだ鼻が麻痺してるようで、できればちょっと嗅いで確かめてもらえませんか?〉」
「〈え、えぇ!?それは、さすがに、ちょっと……〉」
「〈お願いです。臭かったらもう一度浴びてくるんで!!〉」

ずずい、と身を乗り出してヒューベルトにお願いすれば、顔を赤らめながらも渋々といった様子で匂いを嗅いでくれる。

ヒューベルトには申し訳ないが、臭い状態で万が一クエリーシェルに会ってしまったら、一生の汚点としてトラウマになることだろう。

「〈どうです?〉」
「〈問題ないかと〉」
「〈そうですか、それはよかった!〉」

とりあえず一安心だと、濡れた髪を拭う。乾燥しているからすぐに髪は乾くだろうが、粒子の細かい砂が髪に絡まりそうで嫌だなぁと思いながらも髪を下ろして自然乾燥させる。

「〈下ろしてるのあまり見ませんが、綺麗な御髪ですよね〉」
「〈ありがとうございます。実はずっとこの髪がコンプレックスだった時期もありまして〉」
「〈え?そうなんですか?〉」
「〈えぇ、まぁ。あ、今は好きですよ?でも、父も母も姉も同じブロンドの髪なのに、私だけがこの色で。母方祖母からの遺伝だそうなんですが、それが幼いときにはとても気になってしまって。おばあさんみたいだと〉」

当時はよく八つ当たりのように母に当たり散らしていた気がする。

母は「お婆様はとても優れた人だったのよ。その血が濃く出たのでしょう。ステラはとても優秀だしね」とフォローしてくれたのだが、そんなフォローくらいでは納得できなかったのも幼さゆえだろう。

「〈で、あるとき絵本でプラチナの髪で描かれている主人公がいまして。その主人公の髪はみんなの希望の星が散りばめられた特別な髪だという描写があったのですが、それで感動しまして。私の髪はみんなの希望を集めた美しい髪なのだと、考えを改めるようになったんです。我ながら現金ですけど〉」
「〈いえ、素敵な考えだと思います〉」
「〈今思えば、ちょうど都合よくあの本が現れたので、きっと両親が私のために用意してくれたのだと思います。そんなこと気づきもしないで、長い間姉と比較して両親には悪い感情しか抱いていませんでしたが〉」
「〈俺もそうですよ〉」
「〈ヒューベルトさんが?〉」

意外な言葉に食いつけば、彼は苦笑しながらもぽつりぽつりと話してくれた。

「〈俺は未だに親と……いや、家族と和解できてないですし、今後もできそうにはないです。それくらいに悪い感情を未だに抱いています〉」

普段見せないヒューベルトの黒い感情。恐らく彼には彼なりの過去があるのだろう。

「〈今回リーシェさんに同行したのも家族を見返すためですし。こうして腕もなくした状態で、もし帰ってもバカにされてしまうかもしれませんが〉」
「〈そんなことはないですよ。クイード国王はいつもはぐだぐだな王ですけど、いざというときの采配はきちんとされる方だと。きっと帰ったら褒賞ものですよ!それでご家族を見返してやりましょう!!〉」

私が彼の手を握り締めながら熱弁すれば、ヒューベルトは急に笑い出す。そして、「〈ありがとうございます〉」とほんの少し目元を潤ませて言った。

「〈さて、あまりのんびりもしていられませんね。急いで国境に向かわねば〉」
「〈えぇ。メリッサも未だに起きないですし、急がないと〉」
「〈そうですね。メリッサちゃんは心配ですね〉」

メリッサはまるで魔法にでもかかったかのように深い眠りについたままだった。揺すっても声をかけても彼女の瞳が開くことはなかった。

「〈あと半日できっと着くでしょうから、残りもう少し頑張りましょう!〉」
「〈はい。無事に着けることを祈って〉」

お互いがお互いを鼓舞して、それぞれ馬とラクダに乗り込んだときだった。

不意に、何か殺気を感じて振り向けば、そこにはおびただしい数の騎兵がこちらに向かって走ってきているのが見えた。

「〈ヒューベルトさん!〉」
「〈えぇ、急ぎましょう!!〉」

すぐさま出発をする。私達は言葉も発さず、ただ前を見て進み続けるしかできなかった。
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