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5.5章【閑話休題】

ギルデル編

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「これで役者は揃った、と言ったところか」

カツン、とチェスの駒を弾く。きっと今頃はブライエ国に着いた頃合いだろうと予想してほくそ笑む。

あとは彼らがどう動くかが焦点だ。

「クイーンがブライエ国シグバールと手を組むとなると、皇帝はどう出るか」

そもそもここからブライエ国を攻め落とせ、と言われたものの、土台無理な話である。

まずこちらの戦力が足りないし、そもそも戦意が低い。彼らは戦争というものを頭で理解してても経験していないぶん、何をとっても劣っている。

モットー国の兵も言わずもがな、先代の国王が長いこと平安の世を築き、戦なく統治していたせいか闘志というものが皆無だ。戦争向きの国ではない。どうせ巻き込まれて火の海になるだけだろう。

「あちらはきっと今回の件で大義名分をつけて攻め入るだろうから、市中は荒れるだろうなぁ」

その大義名分を与えたのは他でもない自分であるが。

一度死んだような身だが、皇帝が死んだあとの世界は見てみたいように思う。一体どれほど景色が変わるのか、単純に興味があった。

「皇帝が使える駒と言えば、現状はマルダス国一択と言ったところか」

そうひとりごちながら、ナイトを見つめる。マルダスの刺客である彼女は、一体どうするつもりなのか。

最近はクイーンがこちらにいるため表立って行動できていないようだが、今も密かに暗躍はしているとの報告は上がってきているから、何かしらの策を実行中とのことだろう。

一体どんなお手並みを見せてくれるのか、と期待と共にマルダス国しかまともに動いていないという現状に思わず口元が緩む。

我々の手元にある駒は多いようできちんと動けるものが少ない。表向きは皆皇帝への忠誠を誓っているが、実際は手の平を返す国はごまんといることだろう。

あの帝国の独裁ゆえにしょうがない部分もあるが、それだけ信用のおける国はない。

最近手を組んだマルダス国の戦力は未知数であるものの、こうして動いてくれているところを見る限り、皇帝に便宜をはかってもらうために必死に違いない。

(可哀想なことだ)

だが、それほど必死に働きを見せたところで、皇帝は見向きもせずに、約束なんて簡単に反故するような人物であるのになぁ、と他人事だから彼らが必死なのが面白くて堪らない。

彼らが一体どこまでやれるのかが見ものであった。

「本当、貴女の妹は末恐ろしい」

クイーンを手に取り、キングを見据える。彼女はきっと皇帝の首を狙っている。

どういう意図があるのかは定かではないが、わざわざこうしてここまで遠路遥々来ていることを見ると、帝国に仇なそうとしているのは間違いないはずだ。

頬杖をつきながら、彼女達が次はどんな手で来るか考える。

「ブライエ国と合流し、次に攻めてくるところはここだろう。クイーンに会えるのはいつだろうか」

思い出すのはあの強い翡翠の瞳。今まであれほどそそられるものはなかった。彼女の姉も興味深かったが、それ以上に彼女に惹かれるものがある。

(帝国からの脅威から脱し、逃げ延びているかと思いきや、牙を向けるとは面白い)

一度死にかけた身であれば、保身に走るだろうに、復讐のためだろうか。だが、それにしてはやけに落ち着いている気がする。

普通、復讐であればどんな場面でも殺気を放ってしまうものであるが、彼女はそういったこともなく、また隠して演技をしているわけでもなさそうだった。

不思議な娘であると思う。まだ若いだろうに、どんな苦境でも諦めずに前を向き信念を持っている姿は見ていて美しかった。

「副団長殿」
「はい。なんでしょうか」

思考が中断されるも、ニコニコと微笑み振り向く。

「伝書鳩が2羽、先程戻ってきたとの報告を受けたのですが」
「それが?」
「いえ、団長が副団長がやったのではないかと……」
「さぁ、知りませんが。戸締りがきちんとされていなかったのかもしれませんねぇ」

ジッと兵を見つめると、顔を蒼白くさせて「そうでしたか、失礼しました!」と早々に立ち去る。

「さて、ボクもボクで上手く立ち回らなくては」

ボクは席を立つと、部屋をあとにした。
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