播磨の美しい姫

阿弖流為

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追われる二人

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 蘭姫は竹林の中を駆け抜けた。

 背後には、赤松家の兵たちの足音が響いている。

 兄・義光の言葉は嘘ではなかった。城を出た直後から、追手が放たれていたのだ。

(見つかるわけにはいかない……!)

 闇の中、必死に走る。

 だが、竹林は広く、進むべき道も分からない。

 ふと、視界の先に人影が見えた。

「──蘭!」

 その声に、蘭姫の胸が震えた。

 「橘……!」

 彼は竹林の奥に立ち、手を伸ばしていた。

 蘭姫は迷わずその手を掴んだ。

 橘はすぐに彼女の手を引き、竹林の奥へと駆ける。

「追手が来ている……このままじゃ、逃げ切れない!」

「大丈夫だ、こっちへ!」

 橘は迷いなく進んでいく。

 彼は長年この地で生きてきた。地形を熟知しているのだ。

 蘭姫は息を切らしながらも、彼の後を必死で追った。

 やがて、竹林の奥にある小さな川辺に出る。

「ここから川を渡る」

「でも、濡れてしまう……!」

「そんなことを言っている場合か」

 橘はためらわず川へと足を踏み入れた。

 蘭姫も躊躇いながらも、その後を追う。

 冷たい水が足を包む。だが、それよりも、追手の気配が迫る恐怖の方が大きかった。

 川を渡り終えた直後、背後で兵たちの叫び声が響いた。

「いたぞ! 川の向こうだ!」

 橘は素早く蘭姫の手を引く。

「急ぐぞ!」

 再び、暗闇の中へと走る。

 ***

 やがて、山のふもとの小さな洞窟へとたどり着いた。

 そこは、橘が以前から隠れ家として使っていた場所だった。

「ひとまず、ここで夜を明かそう」

 橘は洞窟の奥で小さな焚き火を起こした。

 蘭姫はぐったりと座り込み、濡れた衣を絞る。

「……こんなに走ったのは初めて」

「そりゃあ、お前はこれまでお姫様として生きてきたんだからな」

 橘はくすりと笑ったが、その表情はすぐに真剣なものに変わる。

「……この先、どうするつもりだ?」

 蘭姫は焚き火を見つめた。

「私は……もう戻るつもりはない」

「本当に、それでいいのか?」

「ええ。もう決めたの」

 蘭姫の声には、迷いがなかった。

 橘は彼女の瞳をじっと見つめる。

「そうか……なら、俺も腹をくくるさ」

 彼は剣をそっと握りしめた。

「赤松の兵が本気で追ってくるなら、これからは戦う覚悟がいる」

「戦う……」

「ああ。もう、逃げるだけじゃ済まない。追手を振り切るためには、俺たちも抗わなければならない」

 蘭姫は息を呑んだ。

 この逃亡は、ただ逃げ続けるだけでは終わらない。

 戦うことも、選択肢の一つなのだ。

 だが、それでも──

「……私も戦う」

 その言葉に、橘は驚いたように蘭姫を見た。

「お前が?」

「ええ。私は……守られるだけの存在でいたくない。もし、私のせいであなたが傷つくのなら、私も戦う」

 蘭姫は腰に差した短刀を強く握った。

 それは、橘が落としたものだった。

 彼はしばらく蘭姫を見つめ、やがて静かに微笑んだ。

「……いいだろう。お前がそこまで言うのなら、共に戦おう」

 焚き火の灯りが、二人の影を揺らす。

 この先には、険しい道が待っている。

 それでも、蘭姫は橘と共に歩むと決めた。

 ──たとえ、その先に何が待っていようとも。
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