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第1話 婚約破棄の夜、私は微笑んだ
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第1話 婚約破棄の夜、私は微笑んだ
王都ベルヴェルの王宮で開かれた晩餐会は、いつもよりもひときわ華やかだった。
水晶のシャンデリアが眩い光を落とし、貴族たちは宝石と香水に身を包み、楽しげな笑みを浮かべている。
――もっとも、その輪の外に立たされている者もいたけれど。
侯爵令嬢ルビー・エルヴェールは、赤いドレスの裾を整えながら、壁際に静かに佇んでいた。
つい数か月前まで、彼女はこの場の中心にいた存在だ。
「未来の王妃様」
「王太子殿下と並ぶお姿、本当にお似合いですわ」
そんな言葉を浴びていた日々は、もう遠い。
(……わかりやすいですわね。人の態度というものは)
視線は向けられても、声はかからない。
ささやき声だけが、背後をすり抜けていく。
「最近、殿下はあの平民出身の令嬢ばかり……」 「侯爵令嬢様は、もう終わりなのでしょう?」
ルビーはグラスに口をつけ、静かにワインを味わった。
怒りも、悲しみも、不思議なほど湧いてこない。
なぜなら――今日、すべてが終わることを、彼女はすでに知っていたからだ。
「皆の者、静粛に!」
王の声が、ざわめきを切り裂く。
広間の中央に、ベルヴェル王国第一王子、エドワード・アストル・ベルヴェルが進み出た。
その隣には、淡い色のドレスを着た少女が控えている。
平民出身でありながら、準男爵家の養女となった――リリア・ファーン。
その光景を見た瞬間、周囲の貴族たちはすべてを悟った。
「……やはり、ですわね」
ルビーはそっと目を伏せる。
「本日、私は重大な決断を下した」
エドワードの声は、はっきりとよく通った。
「侯爵令嬢ルビー・エルヴェールとの婚約を、ここに正式に破棄する」
一拍の沈黙。
次の瞬間、広間は凍りついた。
――けれど。
「……そうですか」
静かな声が、確かに響いた。
ルビーは一歩前に出て、穏やかな笑みを浮かべる。
「婚約破棄、承知いたしましたわ」
泣き叫ぶこともない。
縋ることもない。
あまりにもあっさりとした反応に、エドワードは思わず眉をひそめた。
「それだけか? お前は……悔しくないのか」
「悔しい、ですか?」
ルビーは首を傾げ、ほんの少し考えるそぶりを見せてから答えた。
「いいえ。むしろ――清々しい気分ですわ」
「なに……?」
「婚約という名の重荷が、ようやく外れたのですもの。自由をくださって、ありがとうございます」
ざわ、と空気が揺れる。
リリアが不安げにエドワードの袖を掴んだが、彼はそれに気づかないほど、ルビーの言葉に動揺していた。
「強がりも大概にしろ。お前はもう、王妃にはなれない」 「ええ、存じておりますわ」
ルビーは深く一礼する。
「ですが――それが、何か?」
その微笑みは、あまりにも凛としていた。
エドワードは、初めて違和感を覚えた。
追い詰められた令嬢の顔ではない。
むしろ、檻から解き放たれた者の顔だった。
「……王命により、婚約破棄は成立だ。侯爵家の判断によっては、お前の立場も――」 「ええ。すでに父からも通達を受けておりますわ。“追放”ですって」
貴族たちがどよめく。
婚約破棄と同時に家からも切り捨てられるなど、滅多にない。
けれど、ルビーはそれすらも受け入れた。
(やはり、私は道具だったのね)
不思議と、心は軽かった。
彼女は背を向け、広間を後にする。
「……後悔するぞ、ルビー」
背後から投げかけられた声に、彼女は一瞬だけ立ち止まった。
「ええ、そうかもしれませんわね」
そう言って、振り返る。
「でもそれは――私ではなく、あなたの方でしょう?」
静かな微笑みを残し、ルビーは王宮を去った。
その一歩は、失墜ではない。
終わりでもない。
これは――
侯爵令嬢ルビー・エルヴェールが、自分の人生を取り戻すための、最初の一歩だった。
王都ベルヴェルの王宮で開かれた晩餐会は、いつもよりもひときわ華やかだった。
水晶のシャンデリアが眩い光を落とし、貴族たちは宝石と香水に身を包み、楽しげな笑みを浮かべている。
――もっとも、その輪の外に立たされている者もいたけれど。
侯爵令嬢ルビー・エルヴェールは、赤いドレスの裾を整えながら、壁際に静かに佇んでいた。
つい数か月前まで、彼女はこの場の中心にいた存在だ。
「未来の王妃様」
「王太子殿下と並ぶお姿、本当にお似合いですわ」
そんな言葉を浴びていた日々は、もう遠い。
(……わかりやすいですわね。人の態度というものは)
視線は向けられても、声はかからない。
ささやき声だけが、背後をすり抜けていく。
「最近、殿下はあの平民出身の令嬢ばかり……」 「侯爵令嬢様は、もう終わりなのでしょう?」
ルビーはグラスに口をつけ、静かにワインを味わった。
怒りも、悲しみも、不思議なほど湧いてこない。
なぜなら――今日、すべてが終わることを、彼女はすでに知っていたからだ。
「皆の者、静粛に!」
王の声が、ざわめきを切り裂く。
広間の中央に、ベルヴェル王国第一王子、エドワード・アストル・ベルヴェルが進み出た。
その隣には、淡い色のドレスを着た少女が控えている。
平民出身でありながら、準男爵家の養女となった――リリア・ファーン。
その光景を見た瞬間、周囲の貴族たちはすべてを悟った。
「……やはり、ですわね」
ルビーはそっと目を伏せる。
「本日、私は重大な決断を下した」
エドワードの声は、はっきりとよく通った。
「侯爵令嬢ルビー・エルヴェールとの婚約を、ここに正式に破棄する」
一拍の沈黙。
次の瞬間、広間は凍りついた。
――けれど。
「……そうですか」
静かな声が、確かに響いた。
ルビーは一歩前に出て、穏やかな笑みを浮かべる。
「婚約破棄、承知いたしましたわ」
泣き叫ぶこともない。
縋ることもない。
あまりにもあっさりとした反応に、エドワードは思わず眉をひそめた。
「それだけか? お前は……悔しくないのか」
「悔しい、ですか?」
ルビーは首を傾げ、ほんの少し考えるそぶりを見せてから答えた。
「いいえ。むしろ――清々しい気分ですわ」
「なに……?」
「婚約という名の重荷が、ようやく外れたのですもの。自由をくださって、ありがとうございます」
ざわ、と空気が揺れる。
リリアが不安げにエドワードの袖を掴んだが、彼はそれに気づかないほど、ルビーの言葉に動揺していた。
「強がりも大概にしろ。お前はもう、王妃にはなれない」 「ええ、存じておりますわ」
ルビーは深く一礼する。
「ですが――それが、何か?」
その微笑みは、あまりにも凛としていた。
エドワードは、初めて違和感を覚えた。
追い詰められた令嬢の顔ではない。
むしろ、檻から解き放たれた者の顔だった。
「……王命により、婚約破棄は成立だ。侯爵家の判断によっては、お前の立場も――」 「ええ。すでに父からも通達を受けておりますわ。“追放”ですって」
貴族たちがどよめく。
婚約破棄と同時に家からも切り捨てられるなど、滅多にない。
けれど、ルビーはそれすらも受け入れた。
(やはり、私は道具だったのね)
不思議と、心は軽かった。
彼女は背を向け、広間を後にする。
「……後悔するぞ、ルビー」
背後から投げかけられた声に、彼女は一瞬だけ立ち止まった。
「ええ、そうかもしれませんわね」
そう言って、振り返る。
「でもそれは――私ではなく、あなたの方でしょう?」
静かな微笑みを残し、ルビーは王宮を去った。
その一歩は、失墜ではない。
終わりでもない。
これは――
侯爵令嬢ルビー・エルヴェールが、自分の人生を取り戻すための、最初の一歩だった。
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