満場一致で削除されましたが、世界は問題なく回っております』

鷹 綾

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第二十八話 閉ざされた中心

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第二十八話 閉ざされた中心

 冬が深まるにつれ、辺境の空気はさらに澄んでいった。

 凍てつく朝、館の庭は白く光り、遠くの森は静まり返っている。王都の喧騒も、隣国の港の活気も、ここには届かない。

 だが報告書だけは届く。

 ――王都、新王太子の婚約発表。
 ――貴族子弟教育制度の再整備案、可決。
 ――商会基金、初年度黒字。

 順序が守られ、合意が積み重なり、安定が形になっている。

 アルベルトは文面をなぞる。

 かつて自分がいた中心は、完全に別の名で呼ばれている。

「……もう、私の戻る場所はないな」

 声は静かだ。

 辺境伯は一礼する。

「王都は空席を残しません」

 その言葉は冷酷ではない。

 ただ現実。

 昼。

 辺境の橋梁工事が完了する。

 村人たちが礼を述べる。

 過剰な歓声はない。

 だが感謝はある。

 アルベルトは初めて、自分の判断が小さく、しかし確実に受け止められているのを感じる。

 王都の円卓では、即断が必要だった。

 ここでは、順序が必要だ。

 夜。

 暖炉の火が揺れる。

 目を閉じる。

 暗闇。

 広間。

 整然と上がる手。

 白い衣。

 赤い飛沫。

 笑顔。

「どこまでも私がお供します」

 目を開ける。

 辺境の天井。

 炎の音。

 血はない。

 だが悪夢は変わらない。

 最近、夢の中の自分は何も言わない。

 ただ立ち尽くす。

 声を出せない。

 誰も叫ばない。

 それが一番恐ろしい。

 リュシエラが静かに紅茶を置く。

「まだ王都をご覧になっておりますの?」

「……夢でな」

「夢は現実ではございません」

 柔らかな声。

 だがその“現実ではない”が、彼を縛る。

 現実には証拠がない。

 急病も事故も、偶然。

 だが夢の中では因果がある。

 説明できない恐怖。

 隣国。

 エリシアは新教育制度案の視察を行っていた。

「王都の再整備は評価できます」

「はい。予測可能性がさらに高まりました」

 彼女は頷く。

「安定は、積み重ねです」

 彼女の世界に、悪夢はない。

 合理があるだけだ。

 辺境の深夜。

 アルベルトは窓を開ける。

 雪が静かに降る。

 白い世界。

 王都での記憶も、噂も、すべて覆われるようだ。

 だが胸の奥の影は消えない。

 彼は理解している。

 断罪はなかった。

 処罰もなかった。

 だが“中心”から切り離された。

 満場一致で。

 それ以上のざまあはない。

 声もなく、怒号もなく、ただ整然と。

 リュシエラが背後に立つ。

「寒うございます」

「……ああ」

「中心は移りましたわ」

「知っている」

 その言葉に、初めて怒りがない。

 受け入れ。

 だが同時に、悪夢は残る。

 合法であっても、規範を飛ばせば孤立する。

 孤立すれば、疑念が生まれる。

 疑念は証明できない。

 証明できない恐怖は、消えない。

 王都は安定し、隣国は成長し、辺境は静まる。

 そして彼の中で、閉ざされた中心の扉だけが、二度と開かないまま凍りついていた。
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