婚約破棄された令嬢は、もう誰の答えも借りません

鷹 綾

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第24話 評価されない成果

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第24話 評価されない成果

 朝の庁舎は、いつも通り穏やかだった。

 特別な出来事があったわけではない。
 鐘は定刻に鳴り、官僚たちはそれぞれの机に向かい、書類が静かに回っていく。

 ――何も起きていない。

 それが、今日の成果だった。

 私は執務室で紅茶を口にしながら、昨日差し戻した案件の最終報告に目を通していた。
 予測していた通り、数値は自然に回復し、追加施策を打つ必要はなくなっている。

(……無駄な混乱を、防げましたわね)

 だが、その事実を示す報告書には、強調された見出しも、感嘆符もない。
 ただ淡々と、「変化なし」「現行維持」と記されているだけだ。

 午前中、定例の進捗確認会合が開かれた。

「次の案件に移りましょう」

 議長の言葉で、会議は淡々と進む。
 昨日の判断について、特別に言及されることはなかった。

 誰かが感謝を述べることもない。
 誰かが功績として取り上げることもない。

 私は、それでいいと思った。

 評価されない成果。
 それは、何も起こさなかったという結果だ。

 会合が終わった後、廊下で一人の官僚が私に声をかけてきた。

「……調整官、少しお時間をよろしいでしょうか」

「ええ、どうぞ」

 彼は、資料を抱えたまま、言いにくそうに口を開いた。

「昨日の件ですが……
 上からは、特に何も言われていません」

 私は、微笑んだ。

「それで問題ありません」

「ですが……」

 彼は、言葉を探している。

「功績として、報告されることもないでしょう」

「ええ」

 私は、はっきりと頷いた。

「なぜなら、何も起きなかったからです」

 彼は、一瞬きょとんとした表情を浮かべ、やがて苦笑した。

「……なるほど」

 午後、私は別の案件の確認に入った。

 こちらは、少し厄介だ。
 数値上は問題がないが、現場から不満が上がり始めている。

 派手な施策を打てば、支持は集まるだろう。
 だが、その後に歪みが出るのは目に見えている。

(……同じことを繰り返しません)

 私は、現場ヒアリングの追加を指示した。
 結論は、まだ出さない。

 夕方、カイルが執務室を訪ねてきた。

「今日は、特に目立った報告はありませんね」

「ええ」

 私は、書類から顔を上げる。

「良い一日です」

 カイルは、一瞬驚いたような顔をしてから、納得したように頷いた。

「確かに。
 何も起きないというのは、安定している証拠だ」

「そうです」

 私は、静かに続けた。

「派手な成功は、いつも注目されます。
 ですが、失敗を未然に防いだ成果は、記録に残りにくい」

 カイルは、少し考え込み、苦笑する。

「……政治の世界では、特にそうですね」

「王国では、なおさらでした」

 その言葉に、カイルは何も言わなかった。

 夜、迎賓館に戻った私は、今日の記録を簡潔にまとめた。

 判断の経緯。
 集めた情報。
 結論として“何もしなかった”理由。

 それらは、誰かに褒められるためのものではない。
 未来の判断のための、土台だ。

 同じ頃、王宮では、王太子レオナルトが不機嫌そうに報告を聞いていた。

「……結局、何も起きなかった、だと?」

「はい。
 隣国は、追加施策を打たず、現状維持を選択しました」

「それで?」

「混乱はありません」

 彼は、眉をひそめる。

「成果は?」

「……ありません」

 その言葉に、彼は苛立ちを隠せなかった。

「何もしなければ、成果など出るはずがない」

 だが、その苛立ちの裏で、わずかな違和感が芽生えていた。

 何もしなかった結果、
 何も起きなかった。

 それは、本当に“無”なのだろうか。

 夜更け、私は迎賓館の窓辺に立ち、静かな街を見下ろした。

 灯りは穏やかで、通りは落ち着いている。
 人々は安心して眠りにつくだろう。

 今日、私がしたことは、目立たない。
 称賛もない。
 記念にもならない。

 けれど、この静けさは、確かに私たちが守ったものだ。

 評価されない成果。
 それは、誰かが気づかなくてもいい。

 明日もまた、
 何も起こらない一日を作るために、
 私は机に向かう。

 それが、今の私の仕事だった。
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