婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです

鷹 綾

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第二十話 広がる噂

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第二十話 広がる噂

王都の社交界は、風よりも早く情報が広がる。

「南部港が正常化したそうよ」
「北方商会も再契約を結んだとか」

茶会の席で、貴婦人たちの声がひそやかに交わされる。

「誰がまとめたのか、ご存じ?」
「公爵令嬢ですって」

その名は出ない。

けれど、誰もが察している。

婚約を破棄されたはずの令嬢が、王家を立て直している。

華やかな新王太子妃候補よりも、実務で名を上げている。

「皮肉なものね」
「ええ、本当に」

笑みの奥に、計算が見える。

社交界は残酷だ。

涙よりも、結果を見る。


---

王宮。

セシリアはその噂を耳にしていた。

侍女たちのささやき。
貴族令嬢の視線。
どこか遠慮がちな態度。

「お姉様は素晴らしいのですね」

ぽつりと呟く。

カイルは書類から目を上げない。

「そうだな」

短い返事。

以前なら否定したかもしれない。

だが今は、否定できない。

「わたくし……」

セシリアは言葉を飲み込む。

何を言っても、比較になる。

そして、比較は残酷だ。

「気にするな」

カイルは言う。

だが、その声には自信がない。

気にしているのは、彼自身だから。


---

その日の夕刻。

王は単独で公爵を呼び出した。

重厚な執務室。

「娘の働きは見事だ」

王は率直に言う。

公爵は静かに頭を下げる。

「過分なお言葉」

「王家としては、感謝している」

短い沈黙。

「だが」

王の声がわずかに低くなる。

「王太子妃の座は空いている」

公爵の表情は変わらない。

「婚約は解消されております」

「知っている」

王は目を細める。

「再考するつもりはあるか」

その問いは、明確。

復縁の打診。

公爵はゆっくりと答える。

「娘の意思に委ねております」

王は小さく息を吐く。

「強いな」

「ええ」

王はそれ以上言わない。

選択を誤ったのは、王家。

戻すには、代償がいる。


---

別邸。

父から王との会談の話を聞く。

「再考の打診があった」

「……そうですか」

「どうする」

わたくしは即答する。

「お断りいたします」

父は頷く。

理由は問わない。

理解している。

「戻れば、また支える位置になる」

「ええ」

「それでよいのか」

「よいのです」

わたくしは窓の外を見る。

星が静かに瞬く。

「わたくしは、もう選ばれる立場ではございません」

選ぶ側。

それが今の立場。

「王家は困るぞ」

「困ればよいのです」

冷たい言葉。

けれど、事実。

選択には責任が伴う。


---

翌日。

王宮に断りの返答が届く。

カイルはそれを読み、言葉を失う。

「……断られたのか」

「はい」

側近の声は静か。

セシリアは息を呑む。

「お姉様は戻らないのですね」

その言葉は、どこか安堵にも似ている。

比較の終わり。

だが、支えの終わりでもある。

カイルは書簡を握りしめる。

広がる噂。

積み重なる差。

そして、拒絶。

彼は初めて、はっきりと理解する。

戻る道はない。

選んだのは、自分。

失ったのも、自分。


---

別邸。

朝の光が差し込む。

わたくしは紅茶を手に、静かに微笑む。

噂は風のように広がる。

けれど、わたくしは追わない。

必要なのは、評価ではない。

自由。

そして、対等な立場。

王家は再び求めた。

だが、わたくしは選ばなかった。

それが、最大の拒絶。

静かな、強い拒絶。

そして。

噂は、さらに広がる。

――王太子に選ばれなかった令嬢ではない。

――王太子を選ばなかった令嬢だと。

その違いは、大きい。
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