『婚約破棄?結構ですわ。わたくしは何もしないで生きていきます』

鷹 綾

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第三十六話 余白がつなぐもの

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第三十六話 余白がつなぐもの

 朝、ヴァイセル公爵家の庭に柔らかな光が差し込む。リュシエンヌは窓を開け、空気を入れ替えた。今日は特別な予定を入れていない。だが、何もないわけでもない。余白がある、というだけだ。

 屋敷では、それぞれが自分の持ち場を淡々と回している。誰かの指示を待つ気配はない。必要な連絡は必要な相手へ、必要な分だけ流れる。その静かな循環が、ここではもう当たり前になっていた。

 王宮では、ユリウスが短い報告を受けていた。判断は現場、結果は共有。うまくいった点と、改善点が並ぶ。彼は頷き、次の期限だけを示す。細かな詰めは求めない。余白を残した指示が、次の工夫を呼ぶことを知っている。

 新しい婚約者は、支援先から届いた簡潔な連絡に目を通し、必要な一文だけを返す。多くは語らない。語らないことで、相手の判断が立つ。余白は、相手に渡すためのものだ。

 午後、リュシエンヌは書斎で古い地図を広げていた。目的はない。眺め、気づいた点を小さく書き留める。それを今すぐ使う予定はない。だが、余白に置いておく価値はある。

 侍女が紅茶を置く。

「お嬢様、何か決めますか」

 彼女は首を横に振る。

「決めません。今日は、つなげるだけで」

 夕方、王宮から届いた報告は短い。調整は完了、次回は来週。リュシエンヌは紙を畳み、返事を書かない。返さない選択が、連絡の終点をはっきりさせる。

 夜、三人はそれぞれの場所で一日を終える。大きな成果はない。だが、途切れもない。余白があるから、つながりは続く。

 埋めない余白は、怠慢ではない。次の動きを迎え入れるための静かな準備だ。その理解が、王宮にも屋敷にも、静かに広がっていた。
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