ラノベでリアルに婚約破棄を描いてみたら、王家が傾いた

鷹 綾

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第四十一話 補遺――王と公爵、その力の現実

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第四十一話 補遺――王と公爵、その力の現実

 本作で描かれた王家と公爵家の関係は、誇張ではない。
 むしろ、中世ヨーロッパを現実に即して整理した結果に近い。

 近代国家の感覚では、国王は絶対的な存在であり、貴族はその配下に過ぎない。だが中世において、その理解は通用しない。とりわけ公爵家は、単なる「高位の家臣」ではなく、王家と並び立つ力を持つ存在だった。

 多くの公爵家は、王よりも古い血統を誇り、王家成立以前から土地と軍を保持していた。王位とは、必ずしも「征服」によって生まれたものではなく、強大な諸侯の合意によって成立した地位でもある。ゆえに王と公爵は、主従というよりも、力の均衡によって結ばれた同盟関係に近かった。

 公爵家は独自の財政基盤を持つ。徴税権、関税権、鉱山や港湾の管理権を掌握し、場合によっては王家より豊かであった。軍事面においても、常備兵や騎士団を抱え、即応可能な戦力を持つ。王の命令に従わないという選択肢を、常に現実的に取り得た存在だった。

 そのため、王が公爵家に対して一方的な命令を下すことは、極めて危険な行為となる。それは「統治」ではなく、敵対行為の宣言と受け取られかねない。命令は、交渉と合意を経て初めて成立するものであり、力を無視した命令は、反逆や戦争を招く正当な理由を与えてしまう。

 婚約もまた、同じ構造の中にあった。
 貴族間の婚姻は恋愛ではなく、政治的契約である。とりわけ王太子と公爵令嬢の婚約は、家同士の合意、領土や軍事、資金の取り込みを含む国家条約に等しい。その破棄は、個人の意思で決められるものではない。

 本作において、王太子が婚約破棄を宣言した瞬間、問題となったのは感情ではなく、契約だった。契約を一方的に破る行為は、相手の名誉と権益を踏みにじる行為であり、同時に、武力行使を正当化する理由を与える。公爵家が同盟を結び、戦争の準備を始めたのは、過剰反応ではなく、中世的には極めて合理的な対応である。

 教会の存在も忘れてはならない。中世ヨーロッパにおいて、結婚は宗教的秘跡であり、王であっても教会の裁定を無視できなかった。教会は武力を持たないが、「破門」という手段によって、王の正統性を根底から揺るがす力を持っていた。王家と公爵家、そして教会。この三者の均衡が崩れたとき、国家は容易に内戦へと転落する。

 前国王が自ら裁定に立ち、すべての責任を引き受けたのは、道徳的行為ではない。政治的に唯一残された選択だった。息子を切り、悪女を裁き、王権が自浄能力を持つことを示さなければ、王家は滅びていた。

 そしてイザベル・ド・エノーが示した姿勢もまた、中世的である。彼女は復讐を求めなかった。感情に溺れなかった。ただ、契約が破られた事実と、その代償を正しく回収しただけだ。それこそが、強大な貴族が生き残るための態度であり、王家と対等に並ぶ理由でもある。

 中世の世界は、冷酷で、残酷で、不合理に見える。だが実際には、力・契約・責任という三つの原理に、極めて忠実な社会だった。

 恋は自由だ。
 だが、契約を壊す覚悟のない者が、国家の前でそれを口にすることは許されない。

 それを理解しなかった者たちは消え、理解した者だけが、次の時代へ進む。

 王と公爵が並び立つ世界とは、そういう場所だった。

 ――そしてこの物語は、その現実の一断面に過ぎない。
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