40 / 40
第四十一話 補遺――王と公爵、その力の現実
しおりを挟む
第四十一話 補遺――王と公爵、その力の現実
本作で描かれた王家と公爵家の関係は、誇張ではない。
むしろ、中世ヨーロッパを現実に即して整理した結果に近い。
近代国家の感覚では、国王は絶対的な存在であり、貴族はその配下に過ぎない。だが中世において、その理解は通用しない。とりわけ公爵家は、単なる「高位の家臣」ではなく、王家と並び立つ力を持つ存在だった。
多くの公爵家は、王よりも古い血統を誇り、王家成立以前から土地と軍を保持していた。王位とは、必ずしも「征服」によって生まれたものではなく、強大な諸侯の合意によって成立した地位でもある。ゆえに王と公爵は、主従というよりも、力の均衡によって結ばれた同盟関係に近かった。
公爵家は独自の財政基盤を持つ。徴税権、関税権、鉱山や港湾の管理権を掌握し、場合によっては王家より豊かであった。軍事面においても、常備兵や騎士団を抱え、即応可能な戦力を持つ。王の命令に従わないという選択肢を、常に現実的に取り得た存在だった。
そのため、王が公爵家に対して一方的な命令を下すことは、極めて危険な行為となる。それは「統治」ではなく、敵対行為の宣言と受け取られかねない。命令は、交渉と合意を経て初めて成立するものであり、力を無視した命令は、反逆や戦争を招く正当な理由を与えてしまう。
婚約もまた、同じ構造の中にあった。
貴族間の婚姻は恋愛ではなく、政治的契約である。とりわけ王太子と公爵令嬢の婚約は、家同士の合意、領土や軍事、資金の取り込みを含む国家条約に等しい。その破棄は、個人の意思で決められるものではない。
本作において、王太子が婚約破棄を宣言した瞬間、問題となったのは感情ではなく、契約だった。契約を一方的に破る行為は、相手の名誉と権益を踏みにじる行為であり、同時に、武力行使を正当化する理由を与える。公爵家が同盟を結び、戦争の準備を始めたのは、過剰反応ではなく、中世的には極めて合理的な対応である。
教会の存在も忘れてはならない。中世ヨーロッパにおいて、結婚は宗教的秘跡であり、王であっても教会の裁定を無視できなかった。教会は武力を持たないが、「破門」という手段によって、王の正統性を根底から揺るがす力を持っていた。王家と公爵家、そして教会。この三者の均衡が崩れたとき、国家は容易に内戦へと転落する。
前国王が自ら裁定に立ち、すべての責任を引き受けたのは、道徳的行為ではない。政治的に唯一残された選択だった。息子を切り、悪女を裁き、王権が自浄能力を持つことを示さなければ、王家は滅びていた。
そしてイザベル・ド・エノーが示した姿勢もまた、中世的である。彼女は復讐を求めなかった。感情に溺れなかった。ただ、契約が破られた事実と、その代償を正しく回収しただけだ。それこそが、強大な貴族が生き残るための態度であり、王家と対等に並ぶ理由でもある。
中世の世界は、冷酷で、残酷で、不合理に見える。だが実際には、力・契約・責任という三つの原理に、極めて忠実な社会だった。
恋は自由だ。
だが、契約を壊す覚悟のない者が、国家の前でそれを口にすることは許されない。
それを理解しなかった者たちは消え、理解した者だけが、次の時代へ進む。
王と公爵が並び立つ世界とは、そういう場所だった。
――そしてこの物語は、その現実の一断面に過ぎない。
本作で描かれた王家と公爵家の関係は、誇張ではない。
むしろ、中世ヨーロッパを現実に即して整理した結果に近い。
近代国家の感覚では、国王は絶対的な存在であり、貴族はその配下に過ぎない。だが中世において、その理解は通用しない。とりわけ公爵家は、単なる「高位の家臣」ではなく、王家と並び立つ力を持つ存在だった。
多くの公爵家は、王よりも古い血統を誇り、王家成立以前から土地と軍を保持していた。王位とは、必ずしも「征服」によって生まれたものではなく、強大な諸侯の合意によって成立した地位でもある。ゆえに王と公爵は、主従というよりも、力の均衡によって結ばれた同盟関係に近かった。
公爵家は独自の財政基盤を持つ。徴税権、関税権、鉱山や港湾の管理権を掌握し、場合によっては王家より豊かであった。軍事面においても、常備兵や騎士団を抱え、即応可能な戦力を持つ。王の命令に従わないという選択肢を、常に現実的に取り得た存在だった。
そのため、王が公爵家に対して一方的な命令を下すことは、極めて危険な行為となる。それは「統治」ではなく、敵対行為の宣言と受け取られかねない。命令は、交渉と合意を経て初めて成立するものであり、力を無視した命令は、反逆や戦争を招く正当な理由を与えてしまう。
婚約もまた、同じ構造の中にあった。
貴族間の婚姻は恋愛ではなく、政治的契約である。とりわけ王太子と公爵令嬢の婚約は、家同士の合意、領土や軍事、資金の取り込みを含む国家条約に等しい。その破棄は、個人の意思で決められるものではない。
本作において、王太子が婚約破棄を宣言した瞬間、問題となったのは感情ではなく、契約だった。契約を一方的に破る行為は、相手の名誉と権益を踏みにじる行為であり、同時に、武力行使を正当化する理由を与える。公爵家が同盟を結び、戦争の準備を始めたのは、過剰反応ではなく、中世的には極めて合理的な対応である。
教会の存在も忘れてはならない。中世ヨーロッパにおいて、結婚は宗教的秘跡であり、王であっても教会の裁定を無視できなかった。教会は武力を持たないが、「破門」という手段によって、王の正統性を根底から揺るがす力を持っていた。王家と公爵家、そして教会。この三者の均衡が崩れたとき、国家は容易に内戦へと転落する。
前国王が自ら裁定に立ち、すべての責任を引き受けたのは、道徳的行為ではない。政治的に唯一残された選択だった。息子を切り、悪女を裁き、王権が自浄能力を持つことを示さなければ、王家は滅びていた。
そしてイザベル・ド・エノーが示した姿勢もまた、中世的である。彼女は復讐を求めなかった。感情に溺れなかった。ただ、契約が破られた事実と、その代償を正しく回収しただけだ。それこそが、強大な貴族が生き残るための態度であり、王家と対等に並ぶ理由でもある。
中世の世界は、冷酷で、残酷で、不合理に見える。だが実際には、力・契約・責任という三つの原理に、極めて忠実な社会だった。
恋は自由だ。
だが、契約を壊す覚悟のない者が、国家の前でそれを口にすることは許されない。
それを理解しなかった者たちは消え、理解した者だけが、次の時代へ進む。
王と公爵が並び立つ世界とは、そういう場所だった。
――そしてこの物語は、その現実の一断面に過ぎない。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる