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5-2 数えてはいけない順位
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王宮の家系図資料室は、王城西翼――人の気配がほとんど途絶えた薄暗い塔の最上階に位置していた。
長い年月を経た大理石の階段を、こつり、こつりと靴音を響かせながら登りきったキクコは、重厚な扉を押し開く。
途端に、埃の匂いと、古書に使われた革装丁特有の渋い香りが鼻をくすぐった。
「……ほんっと、何も変わってないわね。三百年前から」
半ば呆れ、半ば懐かしむように呟きながら、キクコは扇子をひらりと仰ぐ。
壁一面に並ぶ棚には、巻物、羊皮紙、分厚い帳面が隙間なく収められており、ろうそくの揺れる灯りが、それらに記された無数の家系図を淡く照らしていた。
ここに眠るのは、王国の歴史そのものだ。
血と血が結ばれ、断たれ、また繋がれてきた記録。
王家の継承図は、ひと目で理解できるような代物ではない。
血縁の濃淡だけでなく、地位、功績、政治的判断、他家との婚姻――無数の条件が絡み合い、複雑怪奇な網の目を形成している。
「さて……私は“三百年前の呪い”を確認しに来たのよ」
自嘲気味に息を吐きながら、キクコはイソファガス家の系譜を辿った。
王家から分家した由緒正しき名門。その証として、家系図の中には、今もはっきりと彼女の名が記されている。
「キクコ・イソファガス……ふふ。
筆跡まで、ちゃんと私の字のまま残ってるなんて」
一瞬だけ、遠い過去に思いを馳せる。
だがすぐに気持ちを切り替え、指先で継承順位を数え始めた。
国王を起点に、王太子が筆頭。
次いで王弟、その子供たち――順当に並んでいくはずの名前。
しかし、途中から名前に×印や注記が増えていく。
戦争、病、政争、寿命。
彼女より前に記されている多くの継承権者は、すでに歴史の中へ消えていた。
「一、二、三……」
静かな室内で、数を刻む声だけが響く。
「……十六、そして……」
そこで、指先がぴたりと止まった。
「…………十七位!?」
キクコは、開いた扇子で自分の額をバシンと叩いた。
「なにこの順位!
呪い? 王位継承権十七位って、何の嫌がらせなのよ!?」
思わず声を荒げたが、記録は記録だ。
現存する王族の中で、直系を除けば、彼女の血筋が最も王家に近い――それが紛れもない事実だった。
つまり。
万が一が重なり、万が一が続けば、本当に王位が“転がり込んでくる”可能性がある。
「……冗談じゃないわ」
背筋に、ひやりとしたものが走る。
「私が王になったら、全国民がひっくり返るでしょうね。
永遠の十七歳の女王なんて……悪い冗談よ」
扇子を畳み、深いため息をついた。
「とはいえ……今の王族の顔ぶれじゃ、
またジルベール級のポンコツが出てこないとも限らないし……」
さらに視線を左へ移したとき、ある名前が目に留まった。
「……アルフェリット・ロワイヤル?」
王弟の外孫として記された、その名。
「たしか……文武両道で、民からの信望も厚い、優秀な青年だったはずよね」
だが、その名前の横には、無情な注記が添えられていた。
『継承権なし(外孫のため)』
「……あー、もう。
優秀なのに継承権がないとか、完全に制度の穴じゃない」
キクコは扇子の先で、その名を軽くつつき、口元に小さな笑みを浮かべた。
「だったら――
王弟殿下に一度即位してもらって、そのあとアルフェリットに譲ればいいのよ」
理屈としては、何ひとつ問題がない。
王弟は高齢ではあるが人格者であり、何よりキクコに深い恩義を抱いている人物だ。
彼女の進言であれば、耳を貸さぬ理由はない。
「……面倒だけど、やるしかないわね」
キクコは家系図の資料を丁寧に棚へ戻し、ろうそくの炎を息で吹き消す。
暗くなった室内を背に、再び長い階段を下り始めた。
そして、心の中で静かに呟く。
「これで私は、女王にならずに済む。
万々歳よ」
――そう、この時は、確かにそう思っていた。
あくまで、この時点では。
長い年月を経た大理石の階段を、こつり、こつりと靴音を響かせながら登りきったキクコは、重厚な扉を押し開く。
途端に、埃の匂いと、古書に使われた革装丁特有の渋い香りが鼻をくすぐった。
「……ほんっと、何も変わってないわね。三百年前から」
半ば呆れ、半ば懐かしむように呟きながら、キクコは扇子をひらりと仰ぐ。
壁一面に並ぶ棚には、巻物、羊皮紙、分厚い帳面が隙間なく収められており、ろうそくの揺れる灯りが、それらに記された無数の家系図を淡く照らしていた。
ここに眠るのは、王国の歴史そのものだ。
血と血が結ばれ、断たれ、また繋がれてきた記録。
王家の継承図は、ひと目で理解できるような代物ではない。
血縁の濃淡だけでなく、地位、功績、政治的判断、他家との婚姻――無数の条件が絡み合い、複雑怪奇な網の目を形成している。
「さて……私は“三百年前の呪い”を確認しに来たのよ」
自嘲気味に息を吐きながら、キクコはイソファガス家の系譜を辿った。
王家から分家した由緒正しき名門。その証として、家系図の中には、今もはっきりと彼女の名が記されている。
「キクコ・イソファガス……ふふ。
筆跡まで、ちゃんと私の字のまま残ってるなんて」
一瞬だけ、遠い過去に思いを馳せる。
だがすぐに気持ちを切り替え、指先で継承順位を数え始めた。
国王を起点に、王太子が筆頭。
次いで王弟、その子供たち――順当に並んでいくはずの名前。
しかし、途中から名前に×印や注記が増えていく。
戦争、病、政争、寿命。
彼女より前に記されている多くの継承権者は、すでに歴史の中へ消えていた。
「一、二、三……」
静かな室内で、数を刻む声だけが響く。
「……十六、そして……」
そこで、指先がぴたりと止まった。
「…………十七位!?」
キクコは、開いた扇子で自分の額をバシンと叩いた。
「なにこの順位!
呪い? 王位継承権十七位って、何の嫌がらせなのよ!?」
思わず声を荒げたが、記録は記録だ。
現存する王族の中で、直系を除けば、彼女の血筋が最も王家に近い――それが紛れもない事実だった。
つまり。
万が一が重なり、万が一が続けば、本当に王位が“転がり込んでくる”可能性がある。
「……冗談じゃないわ」
背筋に、ひやりとしたものが走る。
「私が王になったら、全国民がひっくり返るでしょうね。
永遠の十七歳の女王なんて……悪い冗談よ」
扇子を畳み、深いため息をついた。
「とはいえ……今の王族の顔ぶれじゃ、
またジルベール級のポンコツが出てこないとも限らないし……」
さらに視線を左へ移したとき、ある名前が目に留まった。
「……アルフェリット・ロワイヤル?」
王弟の外孫として記された、その名。
「たしか……文武両道で、民からの信望も厚い、優秀な青年だったはずよね」
だが、その名前の横には、無情な注記が添えられていた。
『継承権なし(外孫のため)』
「……あー、もう。
優秀なのに継承権がないとか、完全に制度の穴じゃない」
キクコは扇子の先で、その名を軽くつつき、口元に小さな笑みを浮かべた。
「だったら――
王弟殿下に一度即位してもらって、そのあとアルフェリットに譲ればいいのよ」
理屈としては、何ひとつ問題がない。
王弟は高齢ではあるが人格者であり、何よりキクコに深い恩義を抱いている人物だ。
彼女の進言であれば、耳を貸さぬ理由はない。
「……面倒だけど、やるしかないわね」
キクコは家系図の資料を丁寧に棚へ戻し、ろうそくの炎を息で吹き消す。
暗くなった室内を背に、再び長い階段を下り始めた。
そして、心の中で静かに呟く。
「これで私は、女王にならずに済む。
万々歳よ」
――そう、この時は、確かにそう思っていた。
あくまで、この時点では。
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