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5-3 「命の恩人、そして王位の譲渡」
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5-3 「命の恩人、そして王位の譲渡」
王弟殿下もまた、幼い頃に一度、死を目前にした経験を持っていた。
それは今から数十年前――まだ国王ロワイヤルが少年で、王弟も無邪気な王族の子供だった頃のこと。
王城の一角で起きた大規模な火災に、二人は逃げ遅れた。
黒煙が廊下を満たし、炎が天井を舐める。
泣き叫ぶことすらできず、ただ震えることしかできなかったあの瞬間。
そのとき、炎の向こうから現れたのが――
当時すでに「永遠の十七歳」となっていた少女、キクコ・イソファガスだった。
彼女は迷いなく火の中に踏み込み、二人を抱き寄せ、魔法で炎を押しのけるようにして救い出した。
恐怖の中で見上げたその横顔は、今も王弟の記憶に鮮明に残っている。
だからこそ――
彼にとってキクコは、ただの高位貴族でも、厄介な伝説の存在でもなかった。
命の恩人だった。
そして、数日後。
王宮の謁見の間には、厳粛な空気が張り詰めていた。
玉座の前には国王ロワイヤル、その隣に王弟殿下、そして少し離れた位置にアルフェリットが立っている。
「……まさか、この年になって、私に王冠を被れというのか」
老いた王弟は、困惑と諦観が入り混じった表情で呟いた。
それに対し、隣のアルフェリットは終始落ち着いた様子で、背筋を伸ばしている。
その少し後方――
キクコは、あくまで“関係者の一人”として静かにその光景を見守っていた。
ふと視線が合う。
キクコは、ほんのわずかに会釈し、誰にも気づかれない程度に小さくウィンクを送った。
王弟は一瞬だけ目を見開き、そして苦笑する。
(……まったく。あの頃から、何ひとつ変わらぬな)
「兄上。即位後、すぐに私が譲位すればよいのだな?」
王弟の問いに、国王ロワイヤルは深く頷いた。
「うむ。
儂の目から見ても、アルフェリットは申し分ない後継者じゃ。
血筋、才覚、民望――どれを取っても、王に相応しい」
アルフェリットは一歩前に出て、静かに頭を下げた。
「身に余るお言葉です。
この身、王国のために尽くす覚悟は、すでにできております」
その姿を見て、王弟はしばし目を閉じる。
脳裏に浮かぶのは、燃え盛る炎の中で差し伸べられた、小さな手。
――あの少女が動いたからこそ、今の自分たちがいる。
「……分かった」
王弟は、ゆっくりと息を吐き、決意を固めた声で告げた。
「命あるうちの務めとして、この身、王位に就こう。
だが、その後は速やかに譲位する。
その先は……悠々自適の隠居生活を希望するぞ」
「もちろんですとも」
国王は、どこか安堵したように微笑んだ。
こうして――
王弟の即位、そしてアルフェリットへの譲位が正式に決定した。
謁見の間を後にしながら、キクコは扇子をひらひらと仰ぎ、独り言のように呟く。
「ふぅ……これで、私に王冠が回ってくる未来は消滅ね」
足取りは軽い。
「ああ、良かった。
これでまた、静かに読書と紅茶の生活に戻れるわ」
長い歴史のうねりから、ようやく解放された――
彼女は、そう信じて疑わなかった。
だが。
その数日後、彼女の元に届いたのは――
新王アルフェリット陛下からの、まさかの正式な求婚状だった。
「……は?」
キクコの安穏な日常は、こうして再び、音を立てて崩れ始める。
永遠の十七歳の少女に、
またしても“面倒な未来”が押し寄せてきたのだった——。
王弟殿下もまた、幼い頃に一度、死を目前にした経験を持っていた。
それは今から数十年前――まだ国王ロワイヤルが少年で、王弟も無邪気な王族の子供だった頃のこと。
王城の一角で起きた大規模な火災に、二人は逃げ遅れた。
黒煙が廊下を満たし、炎が天井を舐める。
泣き叫ぶことすらできず、ただ震えることしかできなかったあの瞬間。
そのとき、炎の向こうから現れたのが――
当時すでに「永遠の十七歳」となっていた少女、キクコ・イソファガスだった。
彼女は迷いなく火の中に踏み込み、二人を抱き寄せ、魔法で炎を押しのけるようにして救い出した。
恐怖の中で見上げたその横顔は、今も王弟の記憶に鮮明に残っている。
だからこそ――
彼にとってキクコは、ただの高位貴族でも、厄介な伝説の存在でもなかった。
命の恩人だった。
そして、数日後。
王宮の謁見の間には、厳粛な空気が張り詰めていた。
玉座の前には国王ロワイヤル、その隣に王弟殿下、そして少し離れた位置にアルフェリットが立っている。
「……まさか、この年になって、私に王冠を被れというのか」
老いた王弟は、困惑と諦観が入り混じった表情で呟いた。
それに対し、隣のアルフェリットは終始落ち着いた様子で、背筋を伸ばしている。
その少し後方――
キクコは、あくまで“関係者の一人”として静かにその光景を見守っていた。
ふと視線が合う。
キクコは、ほんのわずかに会釈し、誰にも気づかれない程度に小さくウィンクを送った。
王弟は一瞬だけ目を見開き、そして苦笑する。
(……まったく。あの頃から、何ひとつ変わらぬな)
「兄上。即位後、すぐに私が譲位すればよいのだな?」
王弟の問いに、国王ロワイヤルは深く頷いた。
「うむ。
儂の目から見ても、アルフェリットは申し分ない後継者じゃ。
血筋、才覚、民望――どれを取っても、王に相応しい」
アルフェリットは一歩前に出て、静かに頭を下げた。
「身に余るお言葉です。
この身、王国のために尽くす覚悟は、すでにできております」
その姿を見て、王弟はしばし目を閉じる。
脳裏に浮かぶのは、燃え盛る炎の中で差し伸べられた、小さな手。
――あの少女が動いたからこそ、今の自分たちがいる。
「……分かった」
王弟は、ゆっくりと息を吐き、決意を固めた声で告げた。
「命あるうちの務めとして、この身、王位に就こう。
だが、その後は速やかに譲位する。
その先は……悠々自適の隠居生活を希望するぞ」
「もちろんですとも」
国王は、どこか安堵したように微笑んだ。
こうして――
王弟の即位、そしてアルフェリットへの譲位が正式に決定した。
謁見の間を後にしながら、キクコは扇子をひらひらと仰ぎ、独り言のように呟く。
「ふぅ……これで、私に王冠が回ってくる未来は消滅ね」
足取りは軽い。
「ああ、良かった。
これでまた、静かに読書と紅茶の生活に戻れるわ」
長い歴史のうねりから、ようやく解放された――
彼女は、そう信じて疑わなかった。
だが。
その数日後、彼女の元に届いたのは――
新王アルフェリット陛下からの、まさかの正式な求婚状だった。
「……は?」
キクコの安穏な日常は、こうして再び、音を立てて崩れ始める。
永遠の十七歳の少女に、
またしても“面倒な未来”が押し寄せてきたのだった——。
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