22 / 25
5-3 「命の恩人、そして王位の譲渡」
しおりを挟む
5-3 「命の恩人、そして王位の譲渡」
王弟殿下もまた、幼い頃に一度、死を目前にした経験を持っていた。
それは今から数十年前――まだ国王ロワイヤルが少年で、王弟も無邪気な王族の子供だった頃のこと。
王城の一角で起きた大規模な火災に、二人は逃げ遅れた。
黒煙が廊下を満たし、炎が天井を舐める。
泣き叫ぶことすらできず、ただ震えることしかできなかったあの瞬間。
そのとき、炎の向こうから現れたのが――
当時すでに「永遠の十七歳」となっていた少女、キクコ・イソファガスだった。
彼女は迷いなく火の中に踏み込み、二人を抱き寄せ、魔法で炎を押しのけるようにして救い出した。
恐怖の中で見上げたその横顔は、今も王弟の記憶に鮮明に残っている。
だからこそ――
彼にとってキクコは、ただの高位貴族でも、厄介な伝説の存在でもなかった。
命の恩人だった。
そして、数日後。
王宮の謁見の間には、厳粛な空気が張り詰めていた。
玉座の前には国王ロワイヤル、その隣に王弟殿下、そして少し離れた位置にアルフェリットが立っている。
「……まさか、この年になって、私に王冠を被れというのか」
老いた王弟は、困惑と諦観が入り混じった表情で呟いた。
それに対し、隣のアルフェリットは終始落ち着いた様子で、背筋を伸ばしている。
その少し後方――
キクコは、あくまで“関係者の一人”として静かにその光景を見守っていた。
ふと視線が合う。
キクコは、ほんのわずかに会釈し、誰にも気づかれない程度に小さくウィンクを送った。
王弟は一瞬だけ目を見開き、そして苦笑する。
(……まったく。あの頃から、何ひとつ変わらぬな)
「兄上。即位後、すぐに私が譲位すればよいのだな?」
王弟の問いに、国王ロワイヤルは深く頷いた。
「うむ。
儂の目から見ても、アルフェリットは申し分ない後継者じゃ。
血筋、才覚、民望――どれを取っても、王に相応しい」
アルフェリットは一歩前に出て、静かに頭を下げた。
「身に余るお言葉です。
この身、王国のために尽くす覚悟は、すでにできております」
その姿を見て、王弟はしばし目を閉じる。
脳裏に浮かぶのは、燃え盛る炎の中で差し伸べられた、小さな手。
――あの少女が動いたからこそ、今の自分たちがいる。
「……分かった」
王弟は、ゆっくりと息を吐き、決意を固めた声で告げた。
「命あるうちの務めとして、この身、王位に就こう。
だが、その後は速やかに譲位する。
その先は……悠々自適の隠居生活を希望するぞ」
「もちろんですとも」
国王は、どこか安堵したように微笑んだ。
こうして――
王弟の即位、そしてアルフェリットへの譲位が正式に決定した。
謁見の間を後にしながら、キクコは扇子をひらひらと仰ぎ、独り言のように呟く。
「ふぅ……これで、私に王冠が回ってくる未来は消滅ね」
足取りは軽い。
「ああ、良かった。
これでまた、静かに読書と紅茶の生活に戻れるわ」
長い歴史のうねりから、ようやく解放された――
彼女は、そう信じて疑わなかった。
だが。
その数日後、彼女の元に届いたのは――
新王アルフェリット陛下からの、まさかの正式な求婚状だった。
「……は?」
キクコの安穏な日常は、こうして再び、音を立てて崩れ始める。
永遠の十七歳の少女に、
またしても“面倒な未来”が押し寄せてきたのだった——。
王弟殿下もまた、幼い頃に一度、死を目前にした経験を持っていた。
それは今から数十年前――まだ国王ロワイヤルが少年で、王弟も無邪気な王族の子供だった頃のこと。
王城の一角で起きた大規模な火災に、二人は逃げ遅れた。
黒煙が廊下を満たし、炎が天井を舐める。
泣き叫ぶことすらできず、ただ震えることしかできなかったあの瞬間。
そのとき、炎の向こうから現れたのが――
当時すでに「永遠の十七歳」となっていた少女、キクコ・イソファガスだった。
彼女は迷いなく火の中に踏み込み、二人を抱き寄せ、魔法で炎を押しのけるようにして救い出した。
恐怖の中で見上げたその横顔は、今も王弟の記憶に鮮明に残っている。
だからこそ――
彼にとってキクコは、ただの高位貴族でも、厄介な伝説の存在でもなかった。
命の恩人だった。
そして、数日後。
王宮の謁見の間には、厳粛な空気が張り詰めていた。
玉座の前には国王ロワイヤル、その隣に王弟殿下、そして少し離れた位置にアルフェリットが立っている。
「……まさか、この年になって、私に王冠を被れというのか」
老いた王弟は、困惑と諦観が入り混じった表情で呟いた。
それに対し、隣のアルフェリットは終始落ち着いた様子で、背筋を伸ばしている。
その少し後方――
キクコは、あくまで“関係者の一人”として静かにその光景を見守っていた。
ふと視線が合う。
キクコは、ほんのわずかに会釈し、誰にも気づかれない程度に小さくウィンクを送った。
王弟は一瞬だけ目を見開き、そして苦笑する。
(……まったく。あの頃から、何ひとつ変わらぬな)
「兄上。即位後、すぐに私が譲位すればよいのだな?」
王弟の問いに、国王ロワイヤルは深く頷いた。
「うむ。
儂の目から見ても、アルフェリットは申し分ない後継者じゃ。
血筋、才覚、民望――どれを取っても、王に相応しい」
アルフェリットは一歩前に出て、静かに頭を下げた。
「身に余るお言葉です。
この身、王国のために尽くす覚悟は、すでにできております」
その姿を見て、王弟はしばし目を閉じる。
脳裏に浮かぶのは、燃え盛る炎の中で差し伸べられた、小さな手。
――あの少女が動いたからこそ、今の自分たちがいる。
「……分かった」
王弟は、ゆっくりと息を吐き、決意を固めた声で告げた。
「命あるうちの務めとして、この身、王位に就こう。
だが、その後は速やかに譲位する。
その先は……悠々自適の隠居生活を希望するぞ」
「もちろんですとも」
国王は、どこか安堵したように微笑んだ。
こうして――
王弟の即位、そしてアルフェリットへの譲位が正式に決定した。
謁見の間を後にしながら、キクコは扇子をひらひらと仰ぎ、独り言のように呟く。
「ふぅ……これで、私に王冠が回ってくる未来は消滅ね」
足取りは軽い。
「ああ、良かった。
これでまた、静かに読書と紅茶の生活に戻れるわ」
長い歴史のうねりから、ようやく解放された――
彼女は、そう信じて疑わなかった。
だが。
その数日後、彼女の元に届いたのは――
新王アルフェリット陛下からの、まさかの正式な求婚状だった。
「……は?」
キクコの安穏な日常は、こうして再び、音を立てて崩れ始める。
永遠の十七歳の少女に、
またしても“面倒な未来”が押し寄せてきたのだった——。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
【長編版】この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ
・めぐめぐ・
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。
アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。
『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。神聖魔法を使うことしか取り柄のない役立たずのくせに』
そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。
傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。
アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。
捨てられた主人公がパーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー長編版。
--注意--
こちらは、以前アップした同タイトル短編作品の長編版です。
一部設定が変更になっていますが、短編版の文章を流用してる部分が多分にあります。
二人の関わりを短編版よりも増しましたので(当社比)、ご興味あれば是非♪
※色々とガバガバです。頭空っぽにしてお読みください。
※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。
【完結】さようなら。毒親と毒姉に利用され、虐げられる人生はもう御免です 〜復讐として隣国の王家に嫁いだら、婚約者に溺愛されました〜
ゆうき
恋愛
父の一夜の過ちによって生を受け、聖女の力を持って生まれてしまったことで、姉に聖女の力を持って生まれてくることを望んでいた家族に虐げられて生きてきた王女セリアは、隣国との戦争を再び引き起こした大罪人として、処刑されてしまった。
しかし、それは現実で起こったことではなく、聖女の力による予知の力で見た、自分の破滅の未来だった。
生まれて初めてみた、自分の予知。しかも、予知を見てしまうと、もうその人の不幸は、内容が変えられても、不幸が起こることは変えられない。
それでも、このまま何もしなければ、身に覚えのないことで処刑されてしまう。日頃から、戦争で亡くなった母の元に早く行きたいと思っていたセリアだが、いざ破滅の未来を見たら、そんなのはまっぴら御免だと強く感じた。
幼い頃は、白馬に乗った王子様が助けに来てくれると夢見ていたが、未来は自分で勝ち取るものだと考えたセリアは、一つの疑問を口にする。
「……そもそも、どうして私がこんな仕打ちを受けなくちゃいけないの?」
初めて前向きになったセリアに浮かんだのは、疑問と――恨み。その瞬間、セリアは心に誓った。自分を虐げてきた家族と、母を奪った戦争の元凶である、隣国に復讐をしようと。
そんな彼女にとある情報が舞い込む。長年戦争をしていた隣国の王家が、友好の証として、王子の婚約者を探していると。
これは復讐に使えると思ったセリアは、その婚約者に立候補しようとするが……この時のセリアはまだ知らない。復讐をしようとしている隣国の王子が、運命の相手だということを。そして、彼に溺愛される未来が待っていることも。
これは、復讐を決意した一人の少女が、復讐と運命の相手との出会いを経て、幸せに至るまでの物語。
☆既に全話執筆、予約投稿済みです☆
お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!
にのまえ
恋愛
すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。
公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。
家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。
だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、
舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる