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第2話 誘拐された先は、牢屋ではありませんでした
第2話 誘拐された先は、牢屋ではありませんでした
最初に感じたのは、柔らかな感触だった。
(……あれ?)
冷たい石床でも、湿った藁の匂いでもない。
背中に伝わるのは、上質な寝台特有の、包み込むような感覚。
ゆっくりと、瞼を開く。
目に飛び込んできたのは、淡い金色の天蓋だった。
繊細な刺繍が施され、ゆるやかに揺れている。
(……天国?)
一瞬、本気でそう思った。
けれどすぐに、意識がはっきりしてくる。
最後に覚えているのは、舞踏会の大広間。
仮面の騎士に抱き上げられ、あのまま――。
「……誘拐、よね」
小さく呟き、身を起こす。
視界が広がり、部屋の全貌が見えた瞬間、言葉を失った。
広い。
とにかく、広い。
壁には柔らかな色合いの絵画が掛けられ、床には厚手の絨毯。
窓は大きく、外からは手入れの行き届いた庭園が見える。
調度品の一つ一つが、明らかに一級品だった。
(……牢屋、じゃない)
むしろこれは――王族用の客室、いや、それ以上だ。
混乱していると、控えめなノックの音がした。
「失礼いたします」
扉が開き、数人のメイドが入ってくる。
皆、年齢も雰囲気も違うが、共通していたのは、洗練された所作と、緊張の滲んだ表情だった。
「お目覚めでございますね、ビアンキーナ様」
先頭のメイドが、深々と頭を下げる。
「……はい」
反射的に答えながら、内心では別の言葉が渦巻いていた。
(様?)
呼び捨てでも、乱暴な扱いでもない。
それどころか、敬意すら感じる態度だ。
「お加減はいかがでしょうか。
長旅でお疲れかと存じますが……」
「……長旅?」
思わず聞き返すと、メイドたちは一瞬だけ顔を見合わせた。
「こちらは、ノヴァ帝国の皇城でございます」
(……帝国)
隣国。
あの、軍事力と財力で知られる大国。
「誘拐された先が……皇城?」
言葉に出してみても、実感が伴わない。
メイドの一人が、慌てて口を開いた。
「ご不安でしたら、すぐに陛下を――」
「い、いえ!」
思わず制してしまった。
(まだ心の準備が……)
というより、頭の整理が追いついていない。
「……少し、一人で考えたいです」
「かしこまりました」
あっさりと引き下がるメイドたち。
その態度もまた、妙に丁寧で、強引さがない。
扉が閉まり、再び一人になる。
私は、深く息を吐いた。
(……本当に、誘拐なのよね)
舞踏会から連れ去られ、目覚めたら帝国の皇城。
状況だけ見れば、どう考えても最悪だ。
なのに。
身体は無傷。
拘束もされていない。
鍵も、見当たらない。
(……むしろ、手厚い)
しばらくすると、再びノックの音。
「お食事のご用意が整いました」
案内された先は、私専用と思われる食堂だった。
長いテーブルの上には、見たこともない料理がずらりと並んでいる。
「……多くないですか?」
「お好みが分かりませんので、いくつかご用意を」
いくつか、の基準がおかしい。
恐る恐る一口食べると、思わず目を見開いた。
「……おいしい」
すると、メイドたちの表情が一斉に明るくなる。
「よかった……!」
「すぐに次をお持ちします!」
「え?」
止める間もなく、料理が入れ替わっていく。
(……なんで?)
誘拐されたはずなのに、待遇が良すぎる。
食後、用意されたドレスを見て、さらに混乱した。
「……これ、少し流行が……」
正直な感想を口にした瞬間だった。
メイドたちが、はっとして顔色を変える。
「も、申し訳ございません!」
「すぐに新しいドレスを!」
「今の流行をすべて揃えますので!」
(……全部?)
次々と運び込まれる衣装の山を前に、私は呆然と立ち尽くした。
(なんで……?)
(誘拐、されてきたのよね……私……?)
気づけば、日が傾いていた。
豪華な客室に戻され、ふかふかの椅子に腰を下ろす。
(……怖くない、わけじゃない)
正体不明の仮面の騎士。
姿を見せない皇帝。
理由も告げられないまま、帝国にいる。
それでも。
(少なくとも……殺される気配は、ない)
むしろ。
(大事に、されてる……?)
その考えに行き着いた瞬間、私は小さく首を振った。
「……落ち着きなさい、ビアンキーナ」
これは誘拐。
安心していい状況ではない。
けれど――。
この城は、私を傷つけるための場所ではない。
そんな確信だけが、静かに胸に残っていた。
最初に感じたのは、柔らかな感触だった。
(……あれ?)
冷たい石床でも、湿った藁の匂いでもない。
背中に伝わるのは、上質な寝台特有の、包み込むような感覚。
ゆっくりと、瞼を開く。
目に飛び込んできたのは、淡い金色の天蓋だった。
繊細な刺繍が施され、ゆるやかに揺れている。
(……天国?)
一瞬、本気でそう思った。
けれどすぐに、意識がはっきりしてくる。
最後に覚えているのは、舞踏会の大広間。
仮面の騎士に抱き上げられ、あのまま――。
「……誘拐、よね」
小さく呟き、身を起こす。
視界が広がり、部屋の全貌が見えた瞬間、言葉を失った。
広い。
とにかく、広い。
壁には柔らかな色合いの絵画が掛けられ、床には厚手の絨毯。
窓は大きく、外からは手入れの行き届いた庭園が見える。
調度品の一つ一つが、明らかに一級品だった。
(……牢屋、じゃない)
むしろこれは――王族用の客室、いや、それ以上だ。
混乱していると、控えめなノックの音がした。
「失礼いたします」
扉が開き、数人のメイドが入ってくる。
皆、年齢も雰囲気も違うが、共通していたのは、洗練された所作と、緊張の滲んだ表情だった。
「お目覚めでございますね、ビアンキーナ様」
先頭のメイドが、深々と頭を下げる。
「……はい」
反射的に答えながら、内心では別の言葉が渦巻いていた。
(様?)
呼び捨てでも、乱暴な扱いでもない。
それどころか、敬意すら感じる態度だ。
「お加減はいかがでしょうか。
長旅でお疲れかと存じますが……」
「……長旅?」
思わず聞き返すと、メイドたちは一瞬だけ顔を見合わせた。
「こちらは、ノヴァ帝国の皇城でございます」
(……帝国)
隣国。
あの、軍事力と財力で知られる大国。
「誘拐された先が……皇城?」
言葉に出してみても、実感が伴わない。
メイドの一人が、慌てて口を開いた。
「ご不安でしたら、すぐに陛下を――」
「い、いえ!」
思わず制してしまった。
(まだ心の準備が……)
というより、頭の整理が追いついていない。
「……少し、一人で考えたいです」
「かしこまりました」
あっさりと引き下がるメイドたち。
その態度もまた、妙に丁寧で、強引さがない。
扉が閉まり、再び一人になる。
私は、深く息を吐いた。
(……本当に、誘拐なのよね)
舞踏会から連れ去られ、目覚めたら帝国の皇城。
状況だけ見れば、どう考えても最悪だ。
なのに。
身体は無傷。
拘束もされていない。
鍵も、見当たらない。
(……むしろ、手厚い)
しばらくすると、再びノックの音。
「お食事のご用意が整いました」
案内された先は、私専用と思われる食堂だった。
長いテーブルの上には、見たこともない料理がずらりと並んでいる。
「……多くないですか?」
「お好みが分かりませんので、いくつかご用意を」
いくつか、の基準がおかしい。
恐る恐る一口食べると、思わず目を見開いた。
「……おいしい」
すると、メイドたちの表情が一斉に明るくなる。
「よかった……!」
「すぐに次をお持ちします!」
「え?」
止める間もなく、料理が入れ替わっていく。
(……なんで?)
誘拐されたはずなのに、待遇が良すぎる。
食後、用意されたドレスを見て、さらに混乱した。
「……これ、少し流行が……」
正直な感想を口にした瞬間だった。
メイドたちが、はっとして顔色を変える。
「も、申し訳ございません!」
「すぐに新しいドレスを!」
「今の流行をすべて揃えますので!」
(……全部?)
次々と運び込まれる衣装の山を前に、私は呆然と立ち尽くした。
(なんで……?)
(誘拐、されてきたのよね……私……?)
気づけば、日が傾いていた。
豪華な客室に戻され、ふかふかの椅子に腰を下ろす。
(……怖くない、わけじゃない)
正体不明の仮面の騎士。
姿を見せない皇帝。
理由も告げられないまま、帝国にいる。
それでも。
(少なくとも……殺される気配は、ない)
むしろ。
(大事に、されてる……?)
その考えに行き着いた瞬間、私は小さく首を振った。
「……落ち着きなさい、ビアンキーナ」
これは誘拐。
安心していい状況ではない。
けれど――。
この城は、私を傷つけるための場所ではない。
そんな確信だけが、静かに胸に残っていた。
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