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第3話 城の中なら、ご自由にどうぞ(※条件付き)
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第3話 城の中なら、ご自由にどうぞ(※条件付き)
翌朝、私は不思議な感覚で目を覚ました。
目覚ましの音もなければ、慌ただしいノックもない。
それなのに、起きるべき時間だと自然に分かる。
窓の外から差し込む光はやわらかく、鳥のさえずりが遠くで聞こえた。
ここが帝国の皇城だという事実を、一瞬忘れてしまいそうになるほど、穏やかな朝だった。
(……本当に、誘拐されたのよね)
ベッドから起き上がりながら、昨日の出来事を思い返す。
舞踏会、仮面の騎士、突然の拉致。
そして目覚めたら、この城。
状況だけを並べれば、間違いなく最悪だ。
けれど、実際に身を置いてみると、その“最悪”の実感がどうにも薄い。
ノックの音がして、メイドが数人入ってきた。
「お目覚めでございますか、ビアンキーナ様」
「はい……おはようございます」
返事をすると、彼女たちはほっとしたように微笑んだ。
身支度を整えながら、私はずっと考えていた疑問を口にする。
「……あの。私、どこまで行っていいんでしょうか」
メイドたちの手が、ぴたりと止まった。
一瞬の沈黙。
それから、先頭のメイドが丁寧に答える。
「城の中であれば、ご自由にお過ごしください」
「……城の中、なら?」
「はい」
それだけだった。
(……外は、だめなのね)
聞き返さなくても、答えは明白だった。
自由だと言われている。
けれど、その自由には、はっきりとした境界線がある。
朝食を終え、私は試しに部屋を出てみることにした。
長い回廊。
高い天井。
壁には帝国の歴史を描いた大きなタペストリーが掛けられている。
(……広い)
歩いても歩いても、尽きない。
王城というより、一つの街のようだ。
数歩進んだところで、気づいた。
――足音が、増えている。
振り返る。
そこには、メイドと従者がいた。
一人、二人……。
(……増えてる)
さらに進む。
増える。
気づけば、後ろに並んでいるのは――十人ほど。
「……」
私は立ち止まり、振り返った。
「……あの」
すると、全員が一斉に背筋を伸ばす。
「はい、何か?」
「……ついて、来てますよね?」
ごく自然な疑問だったと思う。
けれど、返ってきた答えは、さらに自然だった。
「はい」
「……なぜ?」
「お世話係ですので」
まるで、「なぜ空は青いのか」と聞かれたかのような口調だった。
(……そういうもの?)
私は、もう一度歩き出した。
ざわっ。
後ろの気配が、同じ距離を保ったまま動く。
「……結構、自由なのよね……これ……」
小さく呟く。
一歩。
二歩。
後ろの十人も、同時に一歩、二歩。
「……でも、自由じゃないか」
自分で言って、苦笑した。
自由と言われている。
行動も制限されていない。
命令も、強制もない。
それなのに。
(……常に、見られている)
それは監視というより、見守り。
けれど、逃げ道がないことには変わりなかった。
城内を歩き回るうちに、私は庭園へと続く扉を見つけた。
大きな扉の向こうには、手入れの行き届いた緑が見える。
噴水、花壇、並木道。
(……外じゃない。庭、よね)
城の敷地内。
「城の中」と言えなくもない。
私は、そっと扉に手をかけた。
――開く。
ひんやりとした外気が、頬を撫でる。
(……出られた)
一歩、庭に足を踏み出した瞬間だった。
「そこまでだ」
低い声が、静かに響いた。
背中に、ぞくりとしたものが走る。
振り返ると、月光の下、噴水の前に一人の男が立っていた。
黒髪。
堂々とした立ち姿。
視線だけで、場を支配するような存在感。
(……最初から、いた?)
気配に、まったく気づかなかった。
男は、私を見下ろすようにして言った。
「城の外に出ていいとは、許可しておらんぞ」
声は静かで、怒気はない。
それなのに、否応なく理解させられる。
――越えてはいけない線を、越えたのだと。
「……庭は、城の中では?」
思わず、そう返してしまった。
男――皇帝は、わずかに目を細める。
「解釈の問題だな」
短い答えだった。
私は、無意識に拳を握る。
「……私は、囚われているのですか?」
しばらくの沈黙。
皇帝は、ゆっくりと首を振った。
「いいや」
否定。
「だが、保護はしている」
「……違いは?」
「逃がすつもりはないが、傷つけるつもりもない」
あまりに率直な言葉に、言葉を失う。
その間に、背後から足音が近づいた。
振り返らなくても分かる。
――例の十人だ。
「……」
私は、静かに息を吐いた。
(……なるほど)
城内は自由。
けれど、すべては皇帝の掌の上。
逃げようと思えば、逃げられない。
でも、暴力もない。
(……檻、だわ)
金でできた、豪華で、居心地のいい檻。
皇帝は、私に背を向けながら言った。
「城の中なら、好きに歩け」
そして、淡々と続ける。
「迷わぬよう、すべて私の目の届く範囲にしてある」
その言葉に、なぜか寒気よりも、妙な納得が胸に広がった。
(……逃げ道は、最初から用意されてない)
それでも――。
不思議と、恐怖はなかった。
ただ、私はこの城で、
この男の意図を知るまで、
留まるしかないのだと――静かに理解した。
翌朝、私は不思議な感覚で目を覚ました。
目覚ましの音もなければ、慌ただしいノックもない。
それなのに、起きるべき時間だと自然に分かる。
窓の外から差し込む光はやわらかく、鳥のさえずりが遠くで聞こえた。
ここが帝国の皇城だという事実を、一瞬忘れてしまいそうになるほど、穏やかな朝だった。
(……本当に、誘拐されたのよね)
ベッドから起き上がりながら、昨日の出来事を思い返す。
舞踏会、仮面の騎士、突然の拉致。
そして目覚めたら、この城。
状況だけを並べれば、間違いなく最悪だ。
けれど、実際に身を置いてみると、その“最悪”の実感がどうにも薄い。
ノックの音がして、メイドが数人入ってきた。
「お目覚めでございますか、ビアンキーナ様」
「はい……おはようございます」
返事をすると、彼女たちはほっとしたように微笑んだ。
身支度を整えながら、私はずっと考えていた疑問を口にする。
「……あの。私、どこまで行っていいんでしょうか」
メイドたちの手が、ぴたりと止まった。
一瞬の沈黙。
それから、先頭のメイドが丁寧に答える。
「城の中であれば、ご自由にお過ごしください」
「……城の中、なら?」
「はい」
それだけだった。
(……外は、だめなのね)
聞き返さなくても、答えは明白だった。
自由だと言われている。
けれど、その自由には、はっきりとした境界線がある。
朝食を終え、私は試しに部屋を出てみることにした。
長い回廊。
高い天井。
壁には帝国の歴史を描いた大きなタペストリーが掛けられている。
(……広い)
歩いても歩いても、尽きない。
王城というより、一つの街のようだ。
数歩進んだところで、気づいた。
――足音が、増えている。
振り返る。
そこには、メイドと従者がいた。
一人、二人……。
(……増えてる)
さらに進む。
増える。
気づけば、後ろに並んでいるのは――十人ほど。
「……」
私は立ち止まり、振り返った。
「……あの」
すると、全員が一斉に背筋を伸ばす。
「はい、何か?」
「……ついて、来てますよね?」
ごく自然な疑問だったと思う。
けれど、返ってきた答えは、さらに自然だった。
「はい」
「……なぜ?」
「お世話係ですので」
まるで、「なぜ空は青いのか」と聞かれたかのような口調だった。
(……そういうもの?)
私は、もう一度歩き出した。
ざわっ。
後ろの気配が、同じ距離を保ったまま動く。
「……結構、自由なのよね……これ……」
小さく呟く。
一歩。
二歩。
後ろの十人も、同時に一歩、二歩。
「……でも、自由じゃないか」
自分で言って、苦笑した。
自由と言われている。
行動も制限されていない。
命令も、強制もない。
それなのに。
(……常に、見られている)
それは監視というより、見守り。
けれど、逃げ道がないことには変わりなかった。
城内を歩き回るうちに、私は庭園へと続く扉を見つけた。
大きな扉の向こうには、手入れの行き届いた緑が見える。
噴水、花壇、並木道。
(……外じゃない。庭、よね)
城の敷地内。
「城の中」と言えなくもない。
私は、そっと扉に手をかけた。
――開く。
ひんやりとした外気が、頬を撫でる。
(……出られた)
一歩、庭に足を踏み出した瞬間だった。
「そこまでだ」
低い声が、静かに響いた。
背中に、ぞくりとしたものが走る。
振り返ると、月光の下、噴水の前に一人の男が立っていた。
黒髪。
堂々とした立ち姿。
視線だけで、場を支配するような存在感。
(……最初から、いた?)
気配に、まったく気づかなかった。
男は、私を見下ろすようにして言った。
「城の外に出ていいとは、許可しておらんぞ」
声は静かで、怒気はない。
それなのに、否応なく理解させられる。
――越えてはいけない線を、越えたのだと。
「……庭は、城の中では?」
思わず、そう返してしまった。
男――皇帝は、わずかに目を細める。
「解釈の問題だな」
短い答えだった。
私は、無意識に拳を握る。
「……私は、囚われているのですか?」
しばらくの沈黙。
皇帝は、ゆっくりと首を振った。
「いいや」
否定。
「だが、保護はしている」
「……違いは?」
「逃がすつもりはないが、傷つけるつもりもない」
あまりに率直な言葉に、言葉を失う。
その間に、背後から足音が近づいた。
振り返らなくても分かる。
――例の十人だ。
「……」
私は、静かに息を吐いた。
(……なるほど)
城内は自由。
けれど、すべては皇帝の掌の上。
逃げようと思えば、逃げられない。
でも、暴力もない。
(……檻、だわ)
金でできた、豪華で、居心地のいい檻。
皇帝は、私に背を向けながら言った。
「城の中なら、好きに歩け」
そして、淡々と続ける。
「迷わぬよう、すべて私の目の届く範囲にしてある」
その言葉に、なぜか寒気よりも、妙な納得が胸に広がった。
(……逃げ道は、最初から用意されてない)
それでも――。
不思議と、恐怖はなかった。
ただ、私はこの城で、
この男の意図を知るまで、
留まるしかないのだと――静かに理解した。
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