9 / 30
第9話 公式発表――取り消されたのは、信頼だった
しおりを挟む
第9話 公式発表――取り消されたのは、信頼だった
王城の鐘が鳴り、臨時の集会が告げられた。
その音を聞いた瞬間、ケーニグセグ王太子は嫌な予感を覚えた。
胸の奥で、冷たいものが広がる。
(……まさか)
執務室にいた側近が、硬い表情で告げる。
「殿下。謁見の間へ。
本日、正式な発表があるとのことです」
「……誰の?」
問い返した声は、思った以上に掠れていた。
「……ハルヴァン伯爵家から、です」
その一言で、すべてを察した。
謁見の間には、すでに多くの貴族が集まっていた。
重臣、騎士団長、外交使節。
そして――国王。
視線が、一斉にケーニグセグへ向けられる。
同情も、期待もない。
ただの、確認。
国王が、ゆっくりと口を開いた。
「本日は、王太子の婚約に関する件について、
正式な報告がある」
会場が、静まり返る。
前に進み出たのは、ハルヴァン伯爵だった。
落ち着いた佇まい。
だが、その目には、はっきりとした決意が宿っている。
「ハルヴァン伯爵家は――」
一呼吸。
「王太子ケーニグセグ殿下との婚約話を、
辞退いたします」
言葉は、簡潔だった。
どよめきは起きない。
誰もが、予想していたからだ。
「理由を、述べさせていただきます」
伯爵は、まっすぐ前を見据える。
「我が娘ルイーゼは、殿下を尊敬しようと努めました」
「ですが――」
視線が、わずかにケーニグセグを掠めた。
「信頼することができませんでした」
その言葉が、謁見の間に落ちる。
「殿下は、
危機に際して守る意思を示されなかった」
「それは、一度や二度の過ちではございません」
重臣の何人かが、小さく頷いた。
「我が娘は、
“同じ立場に立った時、自分も見捨てられる”
そう確信したと申しております」
伯爵は、淡々と告げる。
「以上の理由から、
この縁談を受けることはできません」
国王が、静かに確認する。
「……それは、正式な意思か」
「はい」
迷いはなかった。
ケーニグセグは、何も言えなかった。
喉が、動かない。
(……違う)
そう叫びたかった。
だが、
違わなかった。
国王は、重く息を吐く。
「承知した」
短い言葉だった。
「この件は、
王太子側の不徳による婚約不成立
として記録される」
その瞬間、
何かが決定的に崩れた。
会議が終わり、人々が散っていく。
残されたケーニグセグは、玉座の前で立ち尽くしていた。
「……殿下」
側近が、声をかける。
「これ以上、事を荒立てぬ方が……」
「……分かっている」
そう答えながら、
心の中では、何も分かっていなかった。
(なぜだ)
自分は、選ぶ立場のはずだった。
断る側で、断られる側ではない。
なのに。
(……なぜ、誰も私を信じない)
その答えは、
すでに何度も示されている。
だが、彼は受け入れられなかった。
その日の夕方。
城内外に、一斉に通達が出された。
――王太子ケーニグセグ、
再び婚約不成立。
噂は、瞬く間に広がる。
「また?」
「やっぱり、問題があるのよ」
「今度は、逆に断られたんですって」
社交界の評価は、容赦なかった。
“選ばれない王太子”
“守らない男”
“言葉だけの責任者”
もはや、弁明の余地はない。
一方、帝国。
皇城の一室で、ビアンキーナは書簡を読んでいた。
内容は、簡潔だ。
――王太子、再婚約失敗。
――伯爵家より、正式辞退。
私は、そっと紙を閉じた。
(……そう)
胸の奥に、波紋は広がらなかった。
驚きも、怒りもない。
ただ――。
(私は、戻る場所を失ったんじゃない)
そう、理解した。
(……もう、戻る理由がない)
皇帝の言葉が、脳裏をよぎる。
――選べ。
今なら、その意味が少し分かる。
王国では、
私は“捨てられた婚約者”であり、
“守られなかった女”だった。
だが、帝国では。
(……私は、価値を問われている)
誰かの都合ではなく、
私自身の意思として。
窓の外で、夕陽が沈む。
王太子ケーニグセグは、
この日を境に、
二度と「未来の王」として語られなくなった。
それが、
公式に下された評価だった。
王城の鐘が鳴り、臨時の集会が告げられた。
その音を聞いた瞬間、ケーニグセグ王太子は嫌な予感を覚えた。
胸の奥で、冷たいものが広がる。
(……まさか)
執務室にいた側近が、硬い表情で告げる。
「殿下。謁見の間へ。
本日、正式な発表があるとのことです」
「……誰の?」
問い返した声は、思った以上に掠れていた。
「……ハルヴァン伯爵家から、です」
その一言で、すべてを察した。
謁見の間には、すでに多くの貴族が集まっていた。
重臣、騎士団長、外交使節。
そして――国王。
視線が、一斉にケーニグセグへ向けられる。
同情も、期待もない。
ただの、確認。
国王が、ゆっくりと口を開いた。
「本日は、王太子の婚約に関する件について、
正式な報告がある」
会場が、静まり返る。
前に進み出たのは、ハルヴァン伯爵だった。
落ち着いた佇まい。
だが、その目には、はっきりとした決意が宿っている。
「ハルヴァン伯爵家は――」
一呼吸。
「王太子ケーニグセグ殿下との婚約話を、
辞退いたします」
言葉は、簡潔だった。
どよめきは起きない。
誰もが、予想していたからだ。
「理由を、述べさせていただきます」
伯爵は、まっすぐ前を見据える。
「我が娘ルイーゼは、殿下を尊敬しようと努めました」
「ですが――」
視線が、わずかにケーニグセグを掠めた。
「信頼することができませんでした」
その言葉が、謁見の間に落ちる。
「殿下は、
危機に際して守る意思を示されなかった」
「それは、一度や二度の過ちではございません」
重臣の何人かが、小さく頷いた。
「我が娘は、
“同じ立場に立った時、自分も見捨てられる”
そう確信したと申しております」
伯爵は、淡々と告げる。
「以上の理由から、
この縁談を受けることはできません」
国王が、静かに確認する。
「……それは、正式な意思か」
「はい」
迷いはなかった。
ケーニグセグは、何も言えなかった。
喉が、動かない。
(……違う)
そう叫びたかった。
だが、
違わなかった。
国王は、重く息を吐く。
「承知した」
短い言葉だった。
「この件は、
王太子側の不徳による婚約不成立
として記録される」
その瞬間、
何かが決定的に崩れた。
会議が終わり、人々が散っていく。
残されたケーニグセグは、玉座の前で立ち尽くしていた。
「……殿下」
側近が、声をかける。
「これ以上、事を荒立てぬ方が……」
「……分かっている」
そう答えながら、
心の中では、何も分かっていなかった。
(なぜだ)
自分は、選ぶ立場のはずだった。
断る側で、断られる側ではない。
なのに。
(……なぜ、誰も私を信じない)
その答えは、
すでに何度も示されている。
だが、彼は受け入れられなかった。
その日の夕方。
城内外に、一斉に通達が出された。
――王太子ケーニグセグ、
再び婚約不成立。
噂は、瞬く間に広がる。
「また?」
「やっぱり、問題があるのよ」
「今度は、逆に断られたんですって」
社交界の評価は、容赦なかった。
“選ばれない王太子”
“守らない男”
“言葉だけの責任者”
もはや、弁明の余地はない。
一方、帝国。
皇城の一室で、ビアンキーナは書簡を読んでいた。
内容は、簡潔だ。
――王太子、再婚約失敗。
――伯爵家より、正式辞退。
私は、そっと紙を閉じた。
(……そう)
胸の奥に、波紋は広がらなかった。
驚きも、怒りもない。
ただ――。
(私は、戻る場所を失ったんじゃない)
そう、理解した。
(……もう、戻る理由がない)
皇帝の言葉が、脳裏をよぎる。
――選べ。
今なら、その意味が少し分かる。
王国では、
私は“捨てられた婚約者”であり、
“守られなかった女”だった。
だが、帝国では。
(……私は、価値を問われている)
誰かの都合ではなく、
私自身の意思として。
窓の外で、夕陽が沈む。
王太子ケーニグセグは、
この日を境に、
二度と「未来の王」として語られなくなった。
それが、
公式に下された評価だった。
14
あなたにおすすめの小説
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~
由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。
両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。
そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。
王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。
――彼が愛する女性を連れてくるまでは。
誰も愛してくれないと言ったのは、あなたでしょう?〜冷徹家臣と偽りの妻契約〜
山田空
恋愛
王国有数の名家に生まれたエルナは、
幼い頃から“家の役目”を果たすためだけに生きてきた。
父に褒められたことは一度もなく、
婚約者には「君に愛情などない」と言われ、
社交界では「冷たい令嬢」と噂され続けた。
——ある夜。
唯一の味方だった侍女が「あなたのせいで」と呟いて去っていく。
心が折れかけていたその時、
父の側近であり冷徹で有名な青年・レオンが
淡々と告げた。
「エルナ様、家を出ましょう。
あなたはもう、これ以上傷つく必要がない」
突然の“駆け落ち”に見える提案。
だがその実態は——
『他家からの縁談に対抗するための“偽装夫婦契約”。
期間は一年、互いに干渉しないこと』
はずだった。
しかし共に暮らし始めてすぐ、
レオンの態度は“契約の冷たさ”とは程遠くなる。
「……触れていいですか」
「無理をしないで。泣きたいなら泣きなさい」
「あなたを愛さないなど、できるはずがない」
彼の優しさは偽りか、それとも——。
一年後、契約の終わりが迫る頃、
エルナの前に姿を見せたのは
かつて彼女を切り捨てた婚約者だった。
「戻ってきてくれ。
本当に愛していたのは……君だ」
愛を知らずに生きてきた令嬢が人生で初めて“選ぶ”物語。
【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目の人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。
愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
私のことを愛していなかった貴方へ
矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。
でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。
でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。
だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。
夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。
*設定はゆるいです。
【完結】好きでもない私とは婚約解消してください
里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。
そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。
婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる