10 / 30
第10話 「選べ」と言った意味を、今なら分かる
第10話 「選べ」と言った意味を、今なら分かる
帝国皇城の夜は、王国とは違う。
静かで、広くて、そして――
誰にも邪魔されない。
私はバルコニーに出て、夜風を受けていた。
遠くで街の灯りが揺れ、星がくっきりと見える。
(……もう、戻れないのね)
今日届いた報せ――
王太子ケーニグセグの“逆婚約破棄”。
それは、決定的な線引きだった。
私は、王国で居場所を失ったのではない。
自分から、不要な場所を切り捨てたのだ。
足音がして、振り返る。
そこに立っていたのは、シボレー・ノヴァ皇帝だった。
「夜風は冷えるぞ」
「……陛下」
自然にそう呼んでいる自分に、少し驚く。
いつの間にか、この城での呼び方が“当たり前”になっていた。
「知らせは、聞いたか」
「はい」
短く答える。
「王太子殿下は……二度、断られましたね」
言葉にしても、胸は痛まなかった。
怒りも、悲しみもない。
ただの結果だ。
皇帝は、私の隣に立ち、同じ景色を見る。
「これで、王国側はお前に“戻れ”とは言えなくなった」
「……ええ」
「お前を見捨てた」
「そして、お前に見捨てられた」
その言い方は、あまりにも端的だった。
私は、小さく息を吐く。
「陛下。ひとつ、聞いてもいいですか」
「言ってみろ」
「なぜ……私だったのですか」
ずっと、心の奥にあった疑問。
「ただの政略なら、もっと都合のいい令嬢はいたはずです」
五大公爵家の令嬢であることは確かに価値だ。
けれど、それだけなら――。
皇帝は、しばらく黙っていた。
やがて、低く言う。
「お前は、“切り捨てられる立場”を知っている」
その言葉に、胸がわずかに震える。
「そして、それに溺れなかった」
視線が、私に向く。
「助けを求めた。
だが、縋らなかった」
舞踏会での、あの叫び。
――王太子殿下以外の誰かー!助けてー!
「普通なら、
『婚約者を助けて』と叫ぶ」
「……はい」
「だが、お前は違った」
皇帝の声は、静かだった。
「お前は、“王太子以外”を求めた」
私は、はっとする。
あの時、私は――
彼に期待することを、無意識に拒絶していた。
「自分を見捨てる者に、
最後の尊厳を預けなかった」
皇帝は、はっきりと言い切る。
「それができる女は、そう多くない」
夜風が、強く吹く。
私は、バルコニーの手すりを握った。
「……だから、連れてきたのですか」
「ああ」
即答だった。
「奪ったとも言える」
「だが、今は違う」
皇帝は、私の方を向く。
「今は、選ばせている」
その言葉に、胸が締めつけられる。
「王国には戻れない」
「帝国に留まれば、立場も責任も生じる」
それは、甘い誘いではない。
覚悟を問う言葉だった。
「私は、お前を飾りにする気はない」
「……それは、光栄です」
少しだけ、笑ってしまう。
「ですが……怖くないと言えば、嘘になります」
「当然だ」
皇帝は、否定しなかった。
「だが、恐怖を知った上で立つ者の方が、
信用できる」
沈黙が流れる。
私は、ゆっくりと息を吸った。
「……陛下」
「どうした」
「もし、私が帝国に留まると決めたら」
喉が、少し乾く。
「それは、
“保護される立場”では、いられませんよね」
皇帝は、ほんのわずかに笑った。
「当然だ」
「なら……」
私は、顔を上げる。
「対等に、扱ってください」
その言葉は、願いであり、宣言だった。
「守られるだけの女には、なりません」
皇帝は、私をじっと見つめた。
長い沈黙。
そして、低く告げる。
「それを言えるなら、十分だ」
彼は、夜空を見上げた。
「ビアンキーナ」
初めて、名を呼ばれた。
「今すぐ答えを出せとは言わん」
「……はい」
「だが、覚えておけ」
皇帝は、はっきりと言う。
「お前を“捨てた世界”は、
二度とお前を必要としない」
胸の奥で、何かが静かに定まった。
(……ええ)
もう、戻らない。
私は、帝国で――
自分の意思で立つ。
それが、
“選ぶ”ということなのだと、
今なら分かる。
帝国皇城の夜は、王国とは違う。
静かで、広くて、そして――
誰にも邪魔されない。
私はバルコニーに出て、夜風を受けていた。
遠くで街の灯りが揺れ、星がくっきりと見える。
(……もう、戻れないのね)
今日届いた報せ――
王太子ケーニグセグの“逆婚約破棄”。
それは、決定的な線引きだった。
私は、王国で居場所を失ったのではない。
自分から、不要な場所を切り捨てたのだ。
足音がして、振り返る。
そこに立っていたのは、シボレー・ノヴァ皇帝だった。
「夜風は冷えるぞ」
「……陛下」
自然にそう呼んでいる自分に、少し驚く。
いつの間にか、この城での呼び方が“当たり前”になっていた。
「知らせは、聞いたか」
「はい」
短く答える。
「王太子殿下は……二度、断られましたね」
言葉にしても、胸は痛まなかった。
怒りも、悲しみもない。
ただの結果だ。
皇帝は、私の隣に立ち、同じ景色を見る。
「これで、王国側はお前に“戻れ”とは言えなくなった」
「……ええ」
「お前を見捨てた」
「そして、お前に見捨てられた」
その言い方は、あまりにも端的だった。
私は、小さく息を吐く。
「陛下。ひとつ、聞いてもいいですか」
「言ってみろ」
「なぜ……私だったのですか」
ずっと、心の奥にあった疑問。
「ただの政略なら、もっと都合のいい令嬢はいたはずです」
五大公爵家の令嬢であることは確かに価値だ。
けれど、それだけなら――。
皇帝は、しばらく黙っていた。
やがて、低く言う。
「お前は、“切り捨てられる立場”を知っている」
その言葉に、胸がわずかに震える。
「そして、それに溺れなかった」
視線が、私に向く。
「助けを求めた。
だが、縋らなかった」
舞踏会での、あの叫び。
――王太子殿下以外の誰かー!助けてー!
「普通なら、
『婚約者を助けて』と叫ぶ」
「……はい」
「だが、お前は違った」
皇帝の声は、静かだった。
「お前は、“王太子以外”を求めた」
私は、はっとする。
あの時、私は――
彼に期待することを、無意識に拒絶していた。
「自分を見捨てる者に、
最後の尊厳を預けなかった」
皇帝は、はっきりと言い切る。
「それができる女は、そう多くない」
夜風が、強く吹く。
私は、バルコニーの手すりを握った。
「……だから、連れてきたのですか」
「ああ」
即答だった。
「奪ったとも言える」
「だが、今は違う」
皇帝は、私の方を向く。
「今は、選ばせている」
その言葉に、胸が締めつけられる。
「王国には戻れない」
「帝国に留まれば、立場も責任も生じる」
それは、甘い誘いではない。
覚悟を問う言葉だった。
「私は、お前を飾りにする気はない」
「……それは、光栄です」
少しだけ、笑ってしまう。
「ですが……怖くないと言えば、嘘になります」
「当然だ」
皇帝は、否定しなかった。
「だが、恐怖を知った上で立つ者の方が、
信用できる」
沈黙が流れる。
私は、ゆっくりと息を吸った。
「……陛下」
「どうした」
「もし、私が帝国に留まると決めたら」
喉が、少し乾く。
「それは、
“保護される立場”では、いられませんよね」
皇帝は、ほんのわずかに笑った。
「当然だ」
「なら……」
私は、顔を上げる。
「対等に、扱ってください」
その言葉は、願いであり、宣言だった。
「守られるだけの女には、なりません」
皇帝は、私をじっと見つめた。
長い沈黙。
そして、低く告げる。
「それを言えるなら、十分だ」
彼は、夜空を見上げた。
「ビアンキーナ」
初めて、名を呼ばれた。
「今すぐ答えを出せとは言わん」
「……はい」
「だが、覚えておけ」
皇帝は、はっきりと言う。
「お前を“捨てた世界”は、
二度とお前を必要としない」
胸の奥で、何かが静かに定まった。
(……ええ)
もう、戻らない。
私は、帝国で――
自分の意思で立つ。
それが、
“選ぶ”ということなのだと、
今なら分かる。
あなたにおすすめの小説
『ブスと結婚とか罰ゲーム』と言われた商人令嬢ですが、結婚式で婚約者の不正を暴いたら幼馴染の騎士様が味方でした
大棗ナツメ
恋愛
「なんで、お前みたいなブスと結婚しないといけないんだ」
そう言い放ったのは、結婚を一週間後に控えた婚約者だった。
商人の娘エフィは、持参金目当ての政略結婚を受け入れていたが、彼からは日常的に「ブス」「価値がない」と罵られていた。
そんなある日、エフィは父の商会の帳簿から男爵家の不審な金の流れを発見する。
さらに婚約者が娼婦と歩いているところを目撃し――
「泣く暇があるなら策を考えなさい」
昔、自分が言った言葉を思い出したエフィは決意する。
結婚式の日、すべてを暴くと。
そして再会したのは、かつて「姉さん」と慕ってくれた幼馴染の騎士レオンだった。
これは、ブスと蔑まれた商人令嬢が、
結婚式で運命をひっくり返す逆転劇。
「婚約破棄された聖女ですが、実は最強の『呪い解き』能力者でした〜追放された先で王太子が土下座してきました〜
鷹 綾
恋愛
公爵令嬢アリシア・ルナミアは、幼い頃から「癒しの聖女」として育てられ、オルティア王国の王太子ヴァレンティンの婚約者でした。
しかし、王太子は平民出身の才女フィオナを「真の聖女」と勘違いし、アリシアを「偽りの聖女」「無能」と罵倒して公衆の面前で婚約破棄。
王命により、彼女は辺境の荒廃したルミナス領へ追放されてしまいます。
絶望の淵で、アリシアは静かに真実を思い出す。
彼女の本当の能力は「呪い解き」——呪いを吸い取り、無効化する最強の力だったのです。
誰も信じてくれなかったその力を、追放された土地で発揮し始めます。
荒廃した領地を次々と浄化し、領民から「本物の聖女」として慕われるようになるアリシア。
一方、王都ではフィオナの「癒し」が効かず、魔物被害が急増。
王太子ヴァレンティンは、ついに自分の誤りを悟り、土下座して助けを求めにやってきます。
しかし、アリシアは冷たく拒否。
「私はもう、あなたの聖女ではありません」
そんな中、隣国レイヴン帝国の冷徹皇太子シルヴァン・レイヴンが現れ、幼馴染としてアリシアを激しく溺愛。
「俺がお前を守る。永遠に離さない」
勘違い王子の土下座、偽聖女の末路、国民の暴動……
追放された聖女が逆転し、究極の溺愛を得る、痛快スカッと恋愛ファンタジー!
婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです
神崎 ルナ
恋愛
ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢は美形揃いの公爵家の中でも比較的地味な部類に入る。茶色の髪にこげ茶の瞳はおとなしめな外見に拍車をかけて見えた。そのせいか、婚約者のこのトレント王国の王太子クルクスル殿下には最初から塩対応されていた。
そんな折り、王太子に近付く女性がいるという。
アリサ・タンザイト子爵令嬢は、貴族令嬢とは思えないほどその親しみやすさで王太子の心を捕らえてしまったようなのだ。
仲がよさげな二人の様子を見たロザンナは少しばかり不安を感じたが。
(まさか、ね)
だが、その不安は的中し、ロザンナは王太子に婚約破棄を告げられてしまう。
――実は、婚約破棄され追放された地味な令嬢はとても重要な役目をになっていたのに。
(※誤字報告ありがとうございます)
【完結】冷遇され続けた私、悪魔公爵と結婚して社交界の花形になりました~妹と継母の陰謀は全てお見通しです~
深山きらら
恋愛
名門貴族フォンティーヌ家の長女エリアナは、継母と美しい義妹リリアーナに虐げられ、自分の価値を見失っていた。ある日、「悪魔公爵」と恐れられるアレクシス・ヴァルモントとの縁談が持ち込まれる。厄介者を押し付けたい家族の思惑により、エリアナは北の城へ嫁ぐことに。
灰色だった薔薇が、愛によって真紅に咲く物語。
【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る
水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。
婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。
だが――
「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」
そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。
しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。
『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』
さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。
かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。
そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。
そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。
そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。
アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。
ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。
善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です
しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。
継母や義妹に家事を押し付けられていた灰被り令嬢は、嫁ぎ先では感謝されました
今川幸乃
恋愛
貧乏貴族ローウェル男爵家の娘キャロルは父親の継母エイダと、彼女が連れてきた連れ子のジェーン、使用人のハンナに嫌がらせされ、仕事を押し付けられる日々を送っていた。
そんなある日、キャロルはローウェル家よりもさらに貧乏と噂のアーノルド家に嫁に出されてしまう。
しかし婚約相手のブラッドは家は貧しいものの、優しい性格で才気に溢れていた。
また、アーノルド家の人々は家事万能で文句ひとつ言わずに家事を手伝うキャロルに感謝するのだった。
一方、キャロルがいなくなった後のローウェル家は家事が終わらずに滅茶苦茶になっていくのであった。
※4/20 完結していたのに完結をつけ忘れてましたので完結にしました。
婚約者を処刑したら聖女になってました。けど何か文句ある?
春夜夢
恋愛
処刑台に立たされた公爵令嬢エリス・アルメリア。
無実の罪で婚約破棄され、王都中から「悪女」と罵られた彼女の最期――
……になるはずだった。
『この者、神に選ばれし者なり――新たなる聖女である』
処刑の瞬間、突如として神託が下り、国中が凍りついた。
死ぬはずだった“元・悪女”は一転、「聖女様」として崇められる立場に。
だが――
「誰が聖女? 好き勝手に人を貶めておいて、今さら許されるとでも?」
冷笑とともに立ち上がったエリスは、
“神の力”を使い、元婚約者である王太子を皮切りに、裏切った者すべてに裁きを下していく。
そして――
「……次は、お前の番よ。愛してるふりをして私を売った、親友さん?」
清く正しい聖女? いいえ、これは徹底的に「やり返す」聖女の物語。
ざまぁあり、無双あり、そして……本当の愛も、ここから始まる。