婚約破棄されるはずでしたが、王太子の目の前で皇帝に攫われました』

鷹 綾

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第15話 皇帝の隣は、逃げ場ではない

第15話 皇帝の隣は、逃げ場ではない

 皇帝主催の式典に同席する――。

 その知らせを聞いたとき、私は思った以上に落ち着いていた。
 動揺もしなければ、浮き立ちもしない。

 ただ、胸の奥で小さく、確かな音が鳴った。

(……来たわね)

 これまでは、準備だった。
 学び、試され、見極められてきた。

 だが今回は違う。
 見せる段階だ。

「過度な装飾は不要です」

 女官長は、いつも通り淡々としている。

「陛下の隣に立つ以上、
 “あなた自身”が装飾になります」

(……重い言い方ね)

 用意されたドレスは、深い藍色。
 帝国の象徴色の一つだ。

 豪奢ではない。
 だが、無視できない存在感がある。

(……逃げる色じゃない)

 鏡に映る自分を見て、私は静かに頷いた。

 式典会場は、皇城の大広間。

 普段の謁見の間よりも広く、
 列席者は国内外の要人ばかり。

 外交官、将軍、貴族、使節団。

(……視線、すごいわね)

 入場前から、空気が張り詰めている。

 皇帝の到着を告げる声が響く。

 扉が開き、
 シボレー・ノヴァ皇帝が姿を現す。

 そして――
 その半歩後ろに、私が立つ。

 ざわり、と空気が動いた。

(……ああ)

 今、理解した。

 これは同席ではない。
 配置だ。

 誰の隣に立つか。
 それだけで、世界は意味を読み取る。

 歩きながら、無数の視線を感じる。

 好奇。
 警戒。
 計算。

 そして、ごく少数の――納得。

 皇帝が歩みを止め、
 私も同時に止まる。

 呼吸のタイミングすら、
 無意識に合わせていた。

(……慣れ始めてる)

 それが、少し怖い。

 式典は、帝国の施策発表を兼ねたものだった。

 軍備再編。
 交易協定。
 国内統治の再整理。

 私は、ただ黙って立っていた。
 だが、黙っていること自体が役割だと、今は分かる。

 不用意な発言をしない。
 だが、存在を消さない。

 そのバランスが、求められている。

 式典の途中、
 皇帝が唐突に私の名を呼んだ。

「ビアンキーナ」

 一瞬、会場が静まる。

「はい」

 声は、思ったよりも落ち着いていた。

「先日の提案について、
 お前の意見を聞きたい」

 心臓が、一拍だけ跳ねる。

(……ここで?)

 だが、ためらわなかった。

「帝国の利益は、
 “勝つこと”よりも
 “続くこと”にあります」

 会場が、耳を澄ませる。

「短期的な優位は、
 敵意を生みます」

「ですが、
 選択肢を帝国側が握った状態で
 相手に“自由だと思わせる”なら」

 視線を、前に向けたまま続ける。

「長期的な主導権は、
 自然とこちらに残ります」

 沈黙。

 そして。

「……なるほど」

 誰かが、小さく呟いた。

 皇帝は、わずかに口角を上げる。

「聞いたか」

 重臣たちに向けて言う。

「これが、
 今後の帝国が取る姿勢だ」

 その瞬間、
 私の立場が、公式に刻まれた。

 式典後。

 控室へ戻る途中、
 何人もの視線が、私を追った。

「……あの令嬢、ただ立っているだけではない」
「皇帝の“声”を預かっている」
「扱いを誤ると、危険だな」

 そんな囁きが、耳に届く。

(……逃げ場は、完全になくなった)

 だが、不思議と後悔はなかった。

 控室で一息ついていると、
 皇帝が、私の方を見た。

「緊張したか」

「少しだけ」

 正直に答える。

「だが、
 逃げたいとは思わなかった」

 皇帝は、短く頷いた。

「それでいい」

 そして、淡々と言う。

「今日から、
 お前は“隣に立つ者”として
 見られる」

 それは、宣言であり、
 警告でもあった。

「守られるだけの立場ではない」
「責任も、重くなる」

「……承知しています」

 私は、はっきりと答えた。

 その言葉に、皇帝は初めて
 わずかに、柔らかな表情を見せる。

「なら、問題ない」

 夜。

 部屋に戻り、
 一人になってから、ようやく息を吐いた。

(……皇帝の隣は、逃げ場じゃない)

 そこは、
 守られる場所でもあり、
 試される場所でもある。

 だが――。

(私は、ここに立つと決めた)

 誰かに選ばれたのではない。
 自分で、選んだ。

 式典で交わされた無数の視線。
 そのすべてが、
 もう“他人事”ではない。

 私は、ベッドに腰を下ろし、
 静かに目を閉じた。

 皇帝の隣に立つということ。

 それは、
 もう逃げられないということだ。

 同時に――
 自分の居場所を、自分で持つということ
 でもあった。


---

これで第15話は、

公的行事での初同行

「皇帝の隣」が公式に可視化

ヒロインの覚悟と自覚の深化


をしっかり描いています。
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