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第17話 会えない王太子
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第17話 会えない王太子
王国側の使節が帝国を去ってから、三日後。
皇城の執務室で、私は資料に目を通していた。
以前なら難解に感じた文言も、今では自然に頭に入ってくる。
(……慣れって、怖いわね)
そんなことを考えていると、女官長が控えめに扉を叩いた。
「失礼いたします」
「どうぞ」
彼女は一歩進み、声を落とす。
「……王国より、再度の連絡が入っております」
ペンを置く。
「今度は、誰から?」
「王太子殿下ご本人です」
一瞬だけ、空気が止まった。
(……来た)
だが、心は驚くほど静かだった。
「要件は?」
「『直接、話がしたい』とのことです」
その言葉を聞いた瞬間、
思わず小さく息を吐いてしまった。
(……直接?)
何を、今さら。
女官長は、私の表情を慎重に読み取っている。
「陛下は、
あなたの判断に委ねると仰せです」
それは、
会ってもいいし、会わなくてもいい、という意味だ。
(……ずいぶん、対等な扱いになったものね)
私は、少し考えてから答えた。
「会いません」
即答だった。
女官長が、わずかに目を見開く。
「理由を、お聞きしても?」
「話すべきことは、
すでに謁見の場で伝えました」
それだけで、十分だ。
「個人的な感情を整理するために、
私の時間を使う理由はありません」
女官長は、静かに頷いた。
「その旨、陛下へお伝えします」
数時間後。
皇帝から短い伝言が届いた。
『王太子の面会要請は、却下した』
簡潔で、余計な感情はない。
(……それで終わり、のはずだった)
だが、王太子は引き下がらなかった。
翌日。
今度は、“非公式”な形での打診が入る。
「共通の知人を通じて、
文を預かりました」
女官長が差し出した封書には、
見覚えのある紋章が刻まれていた。
(……本当に、しつこい)
私は、受け取らなかった。
「返してください」
「中身を確認なさらなくても?」
「必要ありません」
視線を上げる。
「彼が今、
何を書こうとしているかは、想像がつきます」
謝罪。
後悔。
言い訳。
どれも、
遅すぎる。
女官長は、少しだけ困ったように微笑み、封書を下げた。
「分かりました」
その日の夕方。
皇城の中庭を歩いていると、
不意に人の気配を感じた。
視線を向けると、
回廊の向こうに、見覚えのある後ろ姿がある。
(……え?)
黒髪。
王国の正装。
そして、あの――
背筋の通った立ち姿。
(……まさか)
だが、距離がある。
さらに、その間には、
帝国の近衛兵が立っていた。
王太子ケーニグセグ。
彼は、こちらを見ていた。
だが――
近づけない。
私は、足を止めなかった。
視線を逸らすこともなく、
ただ、通り過ぎる。
彼の表情が、歪んだのが見えた。
(……ああ)
今、理解した。
これは、
「拒絶」ではない。
無関係だ。
呼び止める声は、聞こえなかった。
というより、
発せられなかったのだろう。
皇帝の許可なく、
ここで声をかけることはできない。
私は、そのまま歩き続けた。
背中に、視線を感じながら。
夜。
執務を終えた皇帝が、私に言った。
「見たそうだな」
「……はい」
「会いたかったか?」
少し考える。
「いいえ」
即答だった。
「もう、
話す言葉がありません」
皇帝は、短く笑った。
「それが、一番効く」
翌日。
王国側から、最後の連絡が入った。
――王太子殿下、帰国。
理由は、
“体調不良”。
(……便利な言葉ね)
私は、報告書を閉じ、窓の外を見た。
帝国の空は、澄んでいる。
(会えなかった)
それだけのこと。
だが、
彼にとっては違う。
かつて、
見下し、切り捨てようとした相手に。
今は、
会う資格すら与えられない。
それが、現実だ。
私は、静かに息を吸い、吐いた。
もう、振り返らない。
過去は、
追いかけてくることすらできなくなった。
それで、十分だった。
---
王国側の使節が帝国を去ってから、三日後。
皇城の執務室で、私は資料に目を通していた。
以前なら難解に感じた文言も、今では自然に頭に入ってくる。
(……慣れって、怖いわね)
そんなことを考えていると、女官長が控えめに扉を叩いた。
「失礼いたします」
「どうぞ」
彼女は一歩進み、声を落とす。
「……王国より、再度の連絡が入っております」
ペンを置く。
「今度は、誰から?」
「王太子殿下ご本人です」
一瞬だけ、空気が止まった。
(……来た)
だが、心は驚くほど静かだった。
「要件は?」
「『直接、話がしたい』とのことです」
その言葉を聞いた瞬間、
思わず小さく息を吐いてしまった。
(……直接?)
何を、今さら。
女官長は、私の表情を慎重に読み取っている。
「陛下は、
あなたの判断に委ねると仰せです」
それは、
会ってもいいし、会わなくてもいい、という意味だ。
(……ずいぶん、対等な扱いになったものね)
私は、少し考えてから答えた。
「会いません」
即答だった。
女官長が、わずかに目を見開く。
「理由を、お聞きしても?」
「話すべきことは、
すでに謁見の場で伝えました」
それだけで、十分だ。
「個人的な感情を整理するために、
私の時間を使う理由はありません」
女官長は、静かに頷いた。
「その旨、陛下へお伝えします」
数時間後。
皇帝から短い伝言が届いた。
『王太子の面会要請は、却下した』
簡潔で、余計な感情はない。
(……それで終わり、のはずだった)
だが、王太子は引き下がらなかった。
翌日。
今度は、“非公式”な形での打診が入る。
「共通の知人を通じて、
文を預かりました」
女官長が差し出した封書には、
見覚えのある紋章が刻まれていた。
(……本当に、しつこい)
私は、受け取らなかった。
「返してください」
「中身を確認なさらなくても?」
「必要ありません」
視線を上げる。
「彼が今、
何を書こうとしているかは、想像がつきます」
謝罪。
後悔。
言い訳。
どれも、
遅すぎる。
女官長は、少しだけ困ったように微笑み、封書を下げた。
「分かりました」
その日の夕方。
皇城の中庭を歩いていると、
不意に人の気配を感じた。
視線を向けると、
回廊の向こうに、見覚えのある後ろ姿がある。
(……え?)
黒髪。
王国の正装。
そして、あの――
背筋の通った立ち姿。
(……まさか)
だが、距離がある。
さらに、その間には、
帝国の近衛兵が立っていた。
王太子ケーニグセグ。
彼は、こちらを見ていた。
だが――
近づけない。
私は、足を止めなかった。
視線を逸らすこともなく、
ただ、通り過ぎる。
彼の表情が、歪んだのが見えた。
(……ああ)
今、理解した。
これは、
「拒絶」ではない。
無関係だ。
呼び止める声は、聞こえなかった。
というより、
発せられなかったのだろう。
皇帝の許可なく、
ここで声をかけることはできない。
私は、そのまま歩き続けた。
背中に、視線を感じながら。
夜。
執務を終えた皇帝が、私に言った。
「見たそうだな」
「……はい」
「会いたかったか?」
少し考える。
「いいえ」
即答だった。
「もう、
話す言葉がありません」
皇帝は、短く笑った。
「それが、一番効く」
翌日。
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――王太子殿下、帰国。
理由は、
“体調不良”。
(……便利な言葉ね)
私は、報告書を閉じ、窓の外を見た。
帝国の空は、澄んでいる。
(会えなかった)
それだけのこと。
だが、
彼にとっては違う。
かつて、
見下し、切り捨てようとした相手に。
今は、
会う資格すら与えられない。
それが、現実だ。
私は、静かに息を吸い、吐いた。
もう、振り返らない。
過去は、
追いかけてくることすらできなくなった。
それで、十分だった。
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