『婚約破棄された令嬢、白い結婚で第二の人生始めます ~王太子ざまぁはご褒美です~』

鷹 綾

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第7話「新しい生活のはじまり」

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 伯爵家の馬車が、ゆっくりと門をくぐった。

 城壁のような高い塀の向こうに現れたのは、威圧感とは無縁の――けれど堂々とした趣のある館だった。
 庭には四季の花が咲き誇り、噴水の水音が心地よく耳に届く。

 リオネッタは思わず声をもらした。

「……まるで絵本の中のお屋敷ですわ……」

 クリスが横で小さく笑った。

「父が“華美さより、手入れされた穏やかさ”を大事にしているもので」

「……素敵なご家族なのですね」

 今まで暮らしていた公爵家の屋敷には“豪奢”と“権威”しかなかった。温かさなど、ひとかけらもない。

 扉が開くと、さっそく使用人たちが並んで迎えてくれた。

「ようこそお越しくださいました、リオネッタ様!」

 揃って深々と礼をする使用人たち。
 だが、その目はどこか柔らかく、厳しい上下関係よりも“敬意と歓迎”が滲んでいた。

(えっ、こんな雰囲気の屋敷、あるの……?)

 戸惑いながら玄関をくぐると、老執事が優しく声をかける。

「ご安心ください。ここはもう、“評価”される場所ではありませんので」

 その言葉に、リオネッタの目が思わず潤んだ。

 案内された部屋は、広すぎず狭すぎず、窓から見える庭が美しく、家具も温かみのある色合いだった。

 部屋の奥には、くるくると巻いた猫の刺繍入りクッションが置かれていた。

(……猫! これは……好感度爆上がりポイントですわ……!)

 つい反射的に目尻が下がってしまったのを、ミーナがすかさず見逃さなかった。

「お嬢様、心から笑っておられます……!」

「わ、わたくしは常に笑顔ですわよ? なにをいまさら……!」

 すっかりツッコミ役になってきたミーナがほっこりと笑う。

 その夜――。

 夕食には、豪華な料理が並んでいた……わけではない。
 けれど、温かく滋味深いスープ、外はパリッと中はふわふわのパン、そして焼きたての野菜グラタン。

 見た目以上に、心まで満たされる味だった。

「お口に合いますか、リオネッタ様?」

 厨房から顔を出した女性料理長が気さくに声をかけてくる。

「はい……とても……なんていうか、“美味しい”以上に……温かいです」

「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいですねぇ」

 会話も自然で、笑顔も作り物ではない。

 食後、クリスが庭を軽く案内してくれた。
 リオネッタは、夜風に当たりながらぽつりとつぶやく。

「ここ、本当に……天国みたいです」

「ようこそ、あなたの新しい居場所へ」

 その言葉に、リオネッタの胸がじんわりと熱くなった。

 ――誰かの価値を証明するために生きなくていい。
 ――仮面を被らずに、ただ“わたし”として過ごしていい。

 そんな日常が、すでにこの場所には存在していた。

 そして。

(婚約破棄……されて、よかったわ……本当に……)

 リオネッタは心からそう思いながら、ゆっくりと目を閉じた。


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