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第8話「白い結婚の契約内容」
しおりを挟む「こちらが契約書の写しです。内容をご確認ください、リオネッタ様」
クリスが差し出した書類は、革の表紙に金文字のタイトルが箔押しされた立派なもので、さながら大陸法の条文集のようだった。
リオネッタは、椅子に座って一枚一枚めくる。
そこに記された契約の中身は、こうだった――。
---
《白い結婚契約の三原則》
1. 互いの自由を最大限に尊重する
・趣味、活動、交友関係など一切に干渉しない
・居室・生活空間は完全に独立
2. 形式的な婚姻関係の維持
・公的場面での同伴や署名などは協力し合う
・必要に応じて“夫婦として”振る舞う
3. 希望があれば、いつでも契約解除が可能
・一方の意思で即時解消できる
・慰謝料等は一切不要
---
「……あの、これ、本当に……いいんですの?」
「ええ。むしろ、貴女にこそ“選ぶ権利”があると思ったんです。いままで、散々周囲に決められてきたでしょう?」
そう言って穏やかに笑うクリスに、リオネッタは思わず言葉を失った。
(……この人、優しすぎでは……?)
今まで、“結婚”とは義務であり、“婚約”とは呪いであり、“相手”は常に“主導権を握る側”だった。
だが、目の前のこの男は、ただひたすらに“リオネッタの意思”を優先してくれている。
「……そうですね。ならば……私からも一つ、お願いがあります」
「どうぞ」
リオネッタは意を決して言った。
「……この契約の中に、“一緒にお茶を飲む時間を設けない”という条項を加えるのは……禁止していただけませんか?」
クリスは一瞬目を丸くし――そして、ふっと笑った。
「つまり……“一緒にお茶を飲む時間を持ってもいい”という解釈でよろしいでしょうか?」
「ええ……せっかく、こんなに紅茶が美味しい伯爵家に来たのですもの。孤独なお茶時間よりは……その……」
「それは光栄です。お茶の時間、ぜひご一緒させてください」
その返答に、リオネッタの胸がじんわりと温かくなった。
――それは、どこにでもあるささやかなお願い。
でも、“お願いできる関係”が初めてすぎて、それだけで少し泣きたくなるほどだった。
「……ミーナ」
控えていた侍女がすっと寄ってくる。
「次のティータイム、少し……いい茶葉を使いましょうか」
「かしこまりました、お嬢様」
ミーナは、ほんの少しにやっと笑っていた。
(……完全な“白”ではなく、淡い“クリーム色”くらいにはなるかもしれませんね)
---
そしてその夜。
クリスは、窓辺で月を眺めながら、契約書のコピーを閉じてぽつりとつぶやいた。
「“白い結婚”か……それでいいと思っていたけど――」
その言葉の先は、風に紛れて誰にも聞こえなかった。
けれど彼の瞳には、契約では割り切れない何かが、ほんの少しだけ灯っていた。
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