『婚約破棄された令嬢、白い結婚で第二の人生始めます ~王太子ざまぁはご褒美です~』

鷹 綾

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第34話「クリスの焦り」

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「リオネッタ様が来てから、この村は変わったわねぇ」

「うん。物価は安定するし、読み書き教室もできたし。うちの子、初めて字が書けたの」

「“元王太子の婚約者”って聞いて、最初は遠い人だと思ったけど……今では一番近くに感じるわ」

 市場で交わされる領民たちの会話。
 偶然耳にしたクリスは、思わず立ち止まってしまった。

(……本当に、すごいな)

 彼女が来てから、領民たちの表情は明るくなった。
 商人たちはリオネッタを「姫様」と親しみを込めて呼び、
 子どもたちは「リオ姉さま」と駆け寄って手を引いていく。

(もしかして――この領地に、一番必要なのは……僕じゃなくて彼女なのか?)

 そんな考えがふと胸をよぎった瞬間、自分でも驚くほど強く拳を握っていた。

* * *

「領主様?」

 屋敷に戻ると、侍女のミーナが不思議そうな顔を向けてきた。

「最近、お元気がないように見えますけど……お嬢様のどこかが気に障りましたか?」

「い、いや! そういうわけじゃ……」

 クリスは焦って首を振る。

「むしろ、彼女は素晴らしい……優秀で、思いやりがあって、皆から慕われていて……」

「ふむふむ?」

「……で、でも、その……あまりに立派すぎて……」

「はあ、なるほど。“彼女は完璧で、私は凡人”病ですね」

「なんだそれは」

「お嬢様に対して“自分なんか釣り合わない”って思ってしまう、拗らせ男子の典型的症状です」

 ばっさり斬られて、クリスは思わず天を仰ぐ。

「そんな病気があるのか……!」

「なお、症状が進行すると、“白い結婚のままでいいや”と自己完結してしまい、本人だけが苦しみ続けることになります」

「なにそのこわい病気……!」

 ミーナは頬に指を当てて、いたずらっぽく微笑んだ。

「回復には、“素直な気持ちを伝えること”が一番効きますよ」

「……それができたら、苦労してない……」

* * *

 一方その頃――

 リオネッタは、庭園で子どもたちと花の冠を編んでいた。

「リオ姉さま、これあげるー!」

「まあ、ありがとう。とても綺麗ね」

 花冠をかぶったリオネッタの姿を、クリスは廊下の窓越しに、そっと見つめていた。

(僕が彼女の隣にいていいのだろうか……)

 そう悩みながらも、目を逸らせない。

(いや……隣にいたいと思ってしまった時点で――もう)

 自分の中に芽生えた感情を、ようやくクリスは自覚し始めていた。


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