働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』

鷹 綾

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第20話「何もしないのに、国が静かになる理由」

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第20話「何もしないのに、国が静かになる理由」


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 朝の空気が、妙にざわついていた。

 セーラは寝室のカーテンを開けた瞬間、その違和感に気づいた。

 ――静かすぎる。

 人の出入りが多いはずの屋敷が、まるで嵐の前のように落ち着き払っている。

 「……嫌な予感しかしませんわ」

 独り言は、すぐに現実になる。


---

 朝食の席で、リチャードが淡々と報告した。

 「今朝、王城から正式な通達が来た」

 セーラは、フォークを置いた。

 「聞きたくないですが、聞かないわけにもいきませんわね」

 「最近、国内の揉め事が急減している」

 「税の不満、商業都市間の衝突、派閥争い――どれも沈静化した」

 セーラは、首を傾げた。

 「それは……良いことでは?」

 「問題は理由だ」

 リチャードは、一枚の書簡を差し出した。

 そこには、こう書かれていた。

 ――“セーラ夫人の方針を踏襲する”

 「……何の方針ですの?」

 「“何もしない”」

 セーラは、頭を抱えた。


---

 王城では、議論が紛糾していたらしい。

 「何をすればいいのか分からない」  「いや、勝手に決めていいらしい」  「責任は自分持ちだぞ?」

 結果。

 皆が慎重になり、暴走が止まった。

 セーラは、唖然とした。

 「つまり……私が怠けているように見えたおかげで?」

 「正確には、“不用意に口出ししない姿勢”だな」

 「同じですわ!」


---

 午前中。

 地方から届いた報告書の山を、セーラは横目で見た。

 どれも内容は似通っている。

 ・勝手に調整した
 ・互いに話し合った
 ・上に判断を仰がなかった

 (……私、理想の上司像にされていません?)


---

 昼過ぎ。

 王城からの使者が、直接屋敷を訪れた。

 「セーラ様」

 若い官僚は、深々と頭を下げる。

 「陛下より、感謝のお言葉を」

 「私は、何も……」

 「承知しております」

 またこの流れだ。

 「ですが、“何もしないことを許す存在”がいるだけで、人は変わります」

 セーラは、返す言葉がなかった。


---

 使者が帰った後、庭で一人、椅子に腰掛ける。

 前世では、常に評価を求められていた。  動かなければ叱責され、黙れば無能扱い。

 (でも、今は……)

 何もしないことで、周囲が考える。

 責任を押し付け合わず、自分で決める。

 「……皮肉ですわね」


---

 夕方。

 リチャードが、隣に座った。

 「君は、不安か?」

 「正直に言えば……少し」

 「世界が勝手に整っていくのは、怖いですわ」

 彼は、穏やかに頷いた。

 「だが、君は舵を握っていない」

 「流れを作っただけだ」

 セーラは、小さく笑った。

 「私は、ただ楽をしたかっただけですのに」

 「それが、最も人を信じた形だった」


---

 夜。

 寝室で、セーラは天井を見つめた。

 働かないつもりだった。  目立つ気も、導く気もなかった。

 それなのに――

 「……何もしないのも、覚悟が要りますわね」

 隣で、リチャードが静かに言った。

 「だが、その覚悟を持てる者は少ない」

 セーラは、目を閉じた。

 (私は、まだ逃げたいですわよ?)

 だが同時に、思ってしまう。

 ――この静けさを、壊したくない。

 そう感じた時点で、彼女はもう“ただの怠け者”ではなかった。

 何もしない奥様は、今日も何もせずに、
 国を一つ、静かに救っていたのだった。
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