白い結婚に、猶予を。――冷徹公爵と選び続ける夫婦の話

鷹 綾

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第1話 婚約破棄宣告

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第1話 婚約破棄宣告

 王宮の謁見の間は、やけに静まり返っていた。

 ――いいえ、正確には“静まり返ろうとしている”ところだった。

「エテルナ・ヴァイスハルト」

 第一王子アルトゥーラが、わざとらしく咳払いをしてから名を呼ぶ。

「本日をもって、君との婚約を破棄する」

 その瞬間、空気が凍りついた。

 貴族たちが一斉に息を呑む音が、はっきりと聞こえる。
 誰もが、エテルナが泣き崩れるか、取り乱すか、縋りつくか――そんな“お約束”を期待していたのだろう。

 だが。

「……理由を、お聞かせ願えますか?」

 エテルナは、あくまで静かに問い返した。

 背筋は伸び、声は落ち着いている。
 それがかえって、アルトゥーラの神経を逆撫でした。

「理由? 決まっているだろう」

 王子は鼻で笑い、見下すように続ける。

「君は完璧すぎるのだ。完璧すぎて、可愛げがない」

 ざわり、と周囲が揺れた。

「女というものは、守られてこそ価値がある。だが君は違う。何でも自分で判断し、指示を出し、意見を言う。――正直、息が詰まる」

 その言葉を聞いた瞬間、エテルナは心の中で小さく頷いた。

(ええ、でしょうね)

 これまで、政務補佐、財務管理、他国との折衝の下準備。
 その多くを誰が担ってきたのか、王子自身が一番理解していない。

(可愛げ、ですか。便利な言葉ですわね)

 声に出してしまいそうになるのを、エテルナはぐっと堪えた。

 アルトゥーラは満足そうに頷き、背後を振り返る。

「そして、私は新たな婚約者を迎える」

 そう言って手を差し出すと、控えていた一人の少女が前に出てきた。

「彼女は平民出身だが、心優しく、慎ましい。私を立て、支えてくれる存在だ」

 少女は恥じらうように俯き、周囲から同情と好奇の視線を浴びている。

 ――なるほど。

 エテルナは、すべてを理解した。

(要するに、“何も言わない相手”が欲しかっただけ)

 だが、ここで笑ってはいけない。
 これは“悲劇の令嬢”を演じる場面だ。

「……そう、ですか」

 エテルナは一瞬だけ目を伏せ、ゆっくりと唇を噛む。

 完璧な角度で、涙を滲ませた。

「私の至らなさが、このような結果を招いたのですね……」

 周囲から、どよめきと同情の声が上がる。

「なんて健気な……」 「あの方ほどの令嬢が……」

 ――よし。

 内心で、エテルナは小さく拳を握った。

(演技、完璧)

 一方でアルトゥーラは、勝ち誇ったように頷く。

「理解が早くて助かる。これで互いに――」

「ええ」

 エテルナは顔を上げ、静かに微笑んだ。

「婚約破棄、正式にお受けいたします」

 その瞬間、王子の表情が一瞬だけ凍りついた。

「……は?」

 あまりにあっさりした返答に、想定が崩れたのだろう。

 だがエテルナは、心の中で叫んでいた。

(自由ですわ! これで予定はすべて白紙!)

 夜更かしも、読書も、誰にも邪魔されない静かな日々。
 ――完璧です。

 こうして、
 エテルナ・ヴァイスハルトの婚約は、拍子抜けするほど穏やかに終わった。

 そして誰も、この選択が
 王国と、王子自身の破滅の始まりになるとは、まだ気づいていなかった。


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