白い結婚に、猶予を。――冷徹公爵と選び続ける夫婦の話

鷹 綾

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第2話 泣く令嬢(演技)

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第2話 泣く令嬢(演技)

 婚約破棄の宣言から、まだ数分も経っていないというのに。

 謁見の間は、すでに別の空気に塗り替えられていた。

「エテルナ様……なんてお可哀想な……」 「王子殿下も、あまりに酷い……」

 囁き声が、波紋のように広がっていく。

 エテルナは一歩下がり、ハンカチでそっと目元を押さえた。
 涙が一筋、頬を伝う。

 ――完璧。

 鏡がなくても分かる。
 今の自分は、誰がどう見ても“捨てられた可哀想な令嬢”だ。

(涙の量はこれくらいで十分ですわね)

 泣きすぎると未練がましく見える。
 控えめで、品があって、それでいて胸を打つ。

 エテルナは、その“最適解”を知っていた。

「……申し訳、ございません」

 か細い声でそう呟くと、貴族たちの同情は一気に加速した。

「あなたが謝る必要などありません!」 「そうですとも! 完璧なご令嬢でしたのに……」

 ――ありがとうございます。

 心の中で、深々と礼をする。

(評価は高ければ高いほど、後が楽ですの)

 一方、数歩離れた場所で。

「……?」

 アルトゥーラは、わずかに違和感を覚えていた。

 もっと取り乱すと思っていた。
 もっと縋りつき、泣き叫ぶと思っていた。

 だがエテルナは、静かに、綺麗に、身を引いている。

(……妙だな)

 王子は無意識に眉をひそめた。

 その時。

「アルトゥーラ様……」

 新しい婚約者である平民令嬢が、そっと王子の袖を掴む。

「わ、私……何か、悪いことを……?」

 潤んだ瞳。震える声。
 守ってほしいという意思が、全身から滲み出ている。

(ああ、これだ)

 アルトゥーラは満足げに胸を張った。

「心配するな。君は何も悪くない」

 その様子を、エテルナは横目で確認する。

(――はい、予想通り)

 だからこそ、次の一手だ。

「王子殿下」

 エテルナは、勇気を振り絞ったように顔を上げた。

「どうか……どうか、彼女を責めないでください」

 場が、静まり返る。

「私が至らなかったのです。殿下が、心安らぐ相手を選ばれたのなら……それは、喜ばしいことですから」

 その瞬間。

「……なんて立派なお方……」 「これぞ真の貴族令嬢……」

 同情は、尊敬へと変わった。

 アルトゥーラは、完全に想定外の展開に戸惑っていた。

(なぜ、そこまで……?)

 彼女は怒るべきではないのか?
 恨むべきではないのか?

 ――その“普通の反応”をしないことが、彼女の異質さだと、まだ気づいていない。

 やがて、場を取り仕切る宰相が咳払いをする。

「……では、本日の謁見はこれにて」

 解散の合図。

 貴族たちは名残惜しそうにエテルナを見送りながら、三々五々と去っていった。

 廊下に出た瞬間。

 エテルナは、すっと背筋を伸ばした。

 涙は止まり、表情は穏やかになる。

「……ふぅ」

 小さく息を吐き、誰もいないことを確認してから、心の中で拳を握る。

(成功ですわ)

 同情、評価、評判――すべて上出来。

 これでしばらくは、
「可哀想な元婚約者」という立場で、自由に動ける。

 ――最高のスタートだ。

 その頃、謁見の間では。

「……あれ?」

 アルトゥーラが、山のように積まれた書類を見て、首を傾げていた。

「……これ、誰が処理していたんだ?」

 その答えを、彼はまだ知らない。

 そしてこの“違和感”が、やがて王子を蝕んでいく。


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