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第17話 距離感がおかしい
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第17話 距離感がおかしい
最初に違和感を覚えたのは、使用人たちだった。
「……最近、公爵様の動線が変わっていませんか?」
給仕係の一人が、小声で言う。
「ええ。
執務室から居室へ戻る途中、
必ず公爵夫人様の部屋の前を通っているような……」
「偶然でしょうか?」
「三日連続で“偶然”は、
さすがに……」
誰も、声を大にしては言わない。
だが、視線と沈黙が、すべてを語っていた。
一方、その“原因”である二人はというと。
「……この書類ですが」
執務室。
セーブルが机の上に書類を広げると、
エテルナが自然に隣に立つ。
「第三項、ここは削った方がよろしいかと」
「同意する」
距離は、肘一つ分もない。
近すぎる。
だが、
どちらも気にしていない。
(……近くないか?)
側近の一人が、内心で叫ぶ。
(いや、でも業務だし……) (でも公爵夫人様、いつもこの位置……)
会議が終わる。
「本日の案件は以上です」
解散の声。
だが、二人はそのまま立ち去らない。
「昼食の予定は?」
セーブルが、何気なく尋ねる。
「簡単なもので済ませるつもりでしたが」
「なら、こちらで用意させよう」
「分かりました」
自然すぎる流れ。
――新婚夫婦というより、
長年連れ添った同僚である。
昼食後。
中庭を歩きながら、
エテルナがふと立ち止まる。
「……この植栽」
「何か問題が?」
「いえ。
ただ、剪定の時期が少し早いかと」
「調整させる」
即答。
そのやり取りを、
少し離れた場所で見ていた庭師が、
同僚に囁く。
「……あの距離感、どう思う?」
「もう夫婦だろ」
「いや、そうなんだが……
“白い結婚”のはずだぞ?」
「白すぎて、逆に怪しいな」
夜。
執務を終えたセーブルが、
いつものように回廊を歩く。
(……)
そして、気づけば。
「……また、ここか」
足は、エテルナの部屋の前で止まっていた。
(確認、だ)
脳内で、いつもの言い訳を組み立てる。
――だが、その時。
向こうから、扉が開いた。
「……セーブル様?」
エテルナだった。
「どうなさいました?」
「……いや」
一瞬、言葉に詰まる。
「……ちょうど、出てきたところか」
「ええ。
少し、廊下の空気を」
「……そうか」
沈黙。
二人で並んで立っているだけなのに、
なぜか、落ち着く。
「……距離が、近いと」
唐突に、エテルナが口を開く。
「周囲は、気になるのでしょうか?」
セーブルは、わずかに目を見開いた。
「……気づいていたのか」
「いえ」
エテルナは、首を横に振る。
「“今、気づきました”」
正直すぎる答え。
「……問題はあるか?」
セーブルが尋ねる。
エテルナは、少し考えてから答える。
「ありません」
即答だった。
「業務効率は落ちていませんし、
意思疎通も円滑です」
「……そうだな」
二人の認識は、完全に一致している。
――だからこそ、
誰も止められない。
翌日。
「……公爵様」
側近が、ついに切り出した。
「失礼を承知で申し上げますが……」
「何だ」
「……公爵夫人様との距離が、
少々……」
言葉を探す側近。
セーブルは、淡々と答えた。
「業務上、問題はない」
「……いえ、
それは分かっておりますが……」
側近は、観念したように息を吐く。
「……分かりました」
(説得不能だ)
その日の結論だった。
一方、エテルナ。
「……距離感、ですか」
自室で、一人考える。
だが。
(確かに、
セーブル様と話すのは楽ですし……)
そこまで考えて、
ふっと首を振る。
「……考えすぎですわね」
――そう。
距離感がおかしいのは、
事実だった。
だが。
それを“おかしい”と認識しているのは、
周囲だけだった。
本人たちは、
今日もいつも通り。
白い結婚のまま、
誰よりも近くに立っている。
最初に違和感を覚えたのは、使用人たちだった。
「……最近、公爵様の動線が変わっていませんか?」
給仕係の一人が、小声で言う。
「ええ。
執務室から居室へ戻る途中、
必ず公爵夫人様の部屋の前を通っているような……」
「偶然でしょうか?」
「三日連続で“偶然”は、
さすがに……」
誰も、声を大にしては言わない。
だが、視線と沈黙が、すべてを語っていた。
一方、その“原因”である二人はというと。
「……この書類ですが」
執務室。
セーブルが机の上に書類を広げると、
エテルナが自然に隣に立つ。
「第三項、ここは削った方がよろしいかと」
「同意する」
距離は、肘一つ分もない。
近すぎる。
だが、
どちらも気にしていない。
(……近くないか?)
側近の一人が、内心で叫ぶ。
(いや、でも業務だし……) (でも公爵夫人様、いつもこの位置……)
会議が終わる。
「本日の案件は以上です」
解散の声。
だが、二人はそのまま立ち去らない。
「昼食の予定は?」
セーブルが、何気なく尋ねる。
「簡単なもので済ませるつもりでしたが」
「なら、こちらで用意させよう」
「分かりました」
自然すぎる流れ。
――新婚夫婦というより、
長年連れ添った同僚である。
昼食後。
中庭を歩きながら、
エテルナがふと立ち止まる。
「……この植栽」
「何か問題が?」
「いえ。
ただ、剪定の時期が少し早いかと」
「調整させる」
即答。
そのやり取りを、
少し離れた場所で見ていた庭師が、
同僚に囁く。
「……あの距離感、どう思う?」
「もう夫婦だろ」
「いや、そうなんだが……
“白い結婚”のはずだぞ?」
「白すぎて、逆に怪しいな」
夜。
執務を終えたセーブルが、
いつものように回廊を歩く。
(……)
そして、気づけば。
「……また、ここか」
足は、エテルナの部屋の前で止まっていた。
(確認、だ)
脳内で、いつもの言い訳を組み立てる。
――だが、その時。
向こうから、扉が開いた。
「……セーブル様?」
エテルナだった。
「どうなさいました?」
「……いや」
一瞬、言葉に詰まる。
「……ちょうど、出てきたところか」
「ええ。
少し、廊下の空気を」
「……そうか」
沈黙。
二人で並んで立っているだけなのに、
なぜか、落ち着く。
「……距離が、近いと」
唐突に、エテルナが口を開く。
「周囲は、気になるのでしょうか?」
セーブルは、わずかに目を見開いた。
「……気づいていたのか」
「いえ」
エテルナは、首を横に振る。
「“今、気づきました”」
正直すぎる答え。
「……問題はあるか?」
セーブルが尋ねる。
エテルナは、少し考えてから答える。
「ありません」
即答だった。
「業務効率は落ちていませんし、
意思疎通も円滑です」
「……そうだな」
二人の認識は、完全に一致している。
――だからこそ、
誰も止められない。
翌日。
「……公爵様」
側近が、ついに切り出した。
「失礼を承知で申し上げますが……」
「何だ」
「……公爵夫人様との距離が、
少々……」
言葉を探す側近。
セーブルは、淡々と答えた。
「業務上、問題はない」
「……いえ、
それは分かっておりますが……」
側近は、観念したように息を吐く。
「……分かりました」
(説得不能だ)
その日の結論だった。
一方、エテルナ。
「……距離感、ですか」
自室で、一人考える。
だが。
(確かに、
セーブル様と話すのは楽ですし……)
そこまで考えて、
ふっと首を振る。
「……考えすぎですわね」
――そう。
距離感がおかしいのは、
事実だった。
だが。
それを“おかしい”と認識しているのは、
周囲だけだった。
本人たちは、
今日もいつも通り。
白い結婚のまま、
誰よりも近くに立っている。
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