白い結婚に、猶予を。――冷徹公爵と選び続ける夫婦の話

鷹 綾

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第18話 王宮からの混乱報告

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第18話 王宮からの混乱報告

 報告書は、一枚だけだった。

 だが、その内容は、
 どう見ても“一枚で済む話”ではなかった。

「……王宮が、混乱している?」

 セーブルは、淡々と問い返す。

「はい」

 報告に来た使者は、
 どこか疲れ切った表情をしていた。

「正確には……
 業務が回っておりません」

「理由は」

 即座の問い。

 使者は、言葉を選びながら答える。

「前任の婚約者――
 エテルナ様が担っていた調整業務が、
 引き継がれていないようで……」

 セーブルは、黙って続きを促した。

「各部署間の連絡が滞り、
 会議は長引き、
 決定事項が現場に降りない」

「……想像はつく」

「はい。
 特に、第一王子アルトゥーラ殿下の執務が……」

 使者は、そこで一瞬ためらった。

「滞っております」

 部屋に、静寂が落ちる。

 それは、
 怒りや驚きではなく、
 “理解”の沈黙だった。

「……彼女は」

 セーブルが、ぽつりと言う。

「自分が担っていた仕事を、
 説明してから去ったはずだ」

「はい。
 書面も残されていました」

「ならば――」

 そこまで言って、
 セーブルは言葉を切った。

(――できなかった、ということか)

 代替できなかった。
 把握しきれなかった。
 あるいは――軽く見た。

 使者は、続ける。

「現在、王宮では臨時の補佐官が立てられていますが、
 調整に時間がかかっており……」

「アルトゥーラは?」

「……苛立っておられる、と」

 セーブルは、わずかに眉を動かした。

「苛立つのは、得意だろう」

 淡々とした言葉だったが、
 使者は背筋を伸ばす。

「王宮としては……」

 そこで、使者ははっきりと言った。

「エテルナ様に、
 戻っていただけないかと」

 その瞬間。

 空気が、確実に変わった。

 ――冷える。

 音もなく、圧が落ちる。

「……それは」

 セーブルの声は、低い。

「誰の判断だ」

「王宮上層部の――」

「答えになっていない」

 短く、鋭い一言。

 使者は、慌てて答える。

「第一王子殿下も、
 その……」

 言い淀む。

「“必要性を再認識している”と」

 沈黙。

 数秒。

 だが、その沈黙は、
 先ほどとは質が違った。

「……彼女は、
 もう王宮の人間ではない」

 セーブルは、はっきりと告げる。

「そして、
 彼女の判断は、
 常に“自分がいなくても回る形”を前提にしていた」

 使者は、反論できない。

「回らないのなら」

 セーブルの視線が、
 まっすぐに向けられる。

「それは、
 彼女の責任ではない」

「……はい」

「二度と、
 同じ要件で使者を寄こすな」

 それが、結論だった。

 使者は深く頭を下げ、
 部屋を後にする。

 扉が閉まった後。

 セーブルは、しばらく動かなかった。

(……戻ってほしい、か)

 その言葉が、
 妙に引っかかる。

 王宮は、
 彼女を失って初めて、
 彼女の価値を理解した。

 ――だが。

(遅い)

 その価値は、
 すでに別の場所で、
 正しく使われている。

 その夜。

 エテルナは、
 執務後の静かな時間を過ごしていた。

「……王宮、ですか?」

 セーブルから、簡単な報告を受ける。

「ああ。
 混乱しているそうだ」

「そう……」

 それだけの反応。

 懐かしさも、
 未練もない。

「戻るつもりは?」

 確認するような問い。

 エテルナは、即答する。

「ありません」

 揺れのない声。

「私の役割は、
 もう終わっていますから」

 その言葉を聞いて、
 セーブルの胸の奥で、
 何かが静かに定まった。

(……終わっているのは、
 彼女の役割ではない)

 終わったのは、
 王宮の資格だ。

「……そうか」

 それ以上、言わない。

 だが、その夜。

 セーブルは、
 自分でも気づかぬうちに、
 一つの結論に至っていた。

(――彼女を、
 “必要になったから戻せる存在”だと、
 誰にも思わせるわけにはいかない)

 それは、
 領主としての判断か。

 それとも――

 夫としての、
 無自覚な拒絶か。

 いずれにせよ。

 王宮は、
 完全に一歩、
 遅れていた。


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