白い結婚に、猶予を。――冷徹公爵と選び続ける夫婦の話

鷹 綾

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第19話 無自覚な独占欲

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第19話 無自覚な独占欲

 それは、本当に些細なことだった。

「公爵夫人様」

 執務棟の廊下で、若い文官がエテルナを呼び止めた。

「先日の税制案について、
 もう少しご意見を伺いたく……」

「ええ。
 今でよろしければ」

 エテルナは、いつも通り穏やかに応じる。

 ――そこへ。

「……何の用だ」

 低い声が、割り込んだ。

 二人が振り返ると、
 そこに立っていたのはセーブルだった。

「公爵様!」

 文官が慌てて背筋を伸ばす。

「い、いえ、その……
 公爵夫人様に少し、ご相談を……」

「その件なら、私も把握している」

 即答。

「後ほど、まとめて聞く」

「は、はい!」

 文官は深く頭を下げ、
 足早に立ち去った。

 廊下には、二人だけが残る。

「……?」

 エテルナが、首を傾げる。

「セーブル様、
 今の件ですが……」

「後でいい」

 それ以上、説明はない。

 だが、
 その場を離れるとき。

「……歩く」

 そう言って、
 エテルナの歩調に合わせる。

(……?)

 不思議に思いながらも、
 エテルナは何も言わない。

 その日の午後。

「公爵夫人様」

 今度は、別の役人が声をかける。

「領内の学校整備について――」

「その件は、
 私が聞こう」

 またしても、セーブルだった。

 役人は、一瞬戸惑い――
 すぐに理解したように頷く。

「承知しました、公爵様」

 去り際。

 役人は、同僚に小声で囁く。

「……今日の公爵様、
 やけに“先回り”しないか?」

「するな」

「……だよな」

 一方。

 エテルナは、
 ようやく違和感を言葉にする。

「……セーブル様」

「何だ」

「本日は、
 私への相談がすべて――」

「効率が良い」

 即答だった。

「あなたが同じ説明を繰り返す必要はない」

 理屈としては、完璧。

 だが。

(……本当に、それだけでしょうか)

 エテルナは、ほんの一瞬だけ考え――
 すぐに思考を切り替えた。

「合理的ですね」

「ああ」

 セーブルは、それで話を終わらせる。

 ――無自覚。

 完全に。

 夕刻。

 公爵邸の応接室で、
 外部の商人と面談が行われていた。

「公爵夫人様は、
 大変お話ししやすい方だと伺っております」

「ありがとうございます」

 エテルナが答えようとした、その時。

「必要な話は、私が聞く」

 セーブルが、間に入る。

「……公爵様?」

「夫人は、本日すでに多くの案件を処理している」

 商人は、慌てて姿勢を正す。

「も、申し訳ありません」

 面談後。

「……セーブル様」

 今度こそ、エテルナがはっきりと言った。

「私、負担にはなっておりませんが……」

「分かっている」

 即答。

「だが、
 “集中”は分散すべきだ」

 エテルナは、少しだけ黙り込む。

(……集中、ですか)

 その言葉を、
 どう解釈すべきか迷う。

 夜。

 側近たちの間で、
 ついに結論が出ていた。

「……独占してるな」

「してる」

「無自覚で」

「一番厄介だな」

 その頃。

 セーブルは、自室で書類を見ながら、
 眉をひそめていた。

(……今日は、
 誰も彼女に直接話しかけなかった)

 なぜか、
 それに安心している自分がいる。

 だが。

(……おかしいな)

 理屈では説明できない。

 一方、エテルナ。

「……今日は、静かでしたわね」

 そう思いながら、
 本を閉じる。

(仕事が、進みました)

 それ以上でも、それ以下でもない。

 ――二人の認識は、
 微妙に、だが確実にズレていた。

 無自覚な独占欲は、
 すでに行動として現れている。

 ただし。

 それに名前をつけていないのは、
 セーブル本人だけだった。


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