白い結婚に、猶予を。――冷徹公爵と選び続ける夫婦の話

鷹 綾

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第25話 王宮からの再訪

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第25話 王宮からの再訪

 王宮からの使者が到着したのは、昼過ぎだった。

「……王宮、ですか」

 応接室に通された男は、
 かつてエテルナもよく知る顔だった。

 中央政務局の補佐官。
 肩書きは変わっていないが、
 表情には明らかな疲労が滲んでいる。

「お久しぶりです、エテルナ様」

 その呼び方に、
 わずかな躊躇が混じっていた。

「今は、
 グレイヴ公爵夫人です」

 エテルナは、
 淡々と訂正する。

 使者は、慌てて頭を下げた。

「失礼いたしました……」

 セーブルは、
 会話に割り込まず、
 静かに座っている。

 ――それ自体が、圧だった。

「本日は、
 正式な要請を携えて参りました」

 使者は、
 書簡を差し出す。

「王宮として、
 現在の混乱を立て直すため――」

「要件を、簡潔に」

 セーブルが、
 低く告げる。

「……エテルナ様に、
 再度ご協力を願いたいのです」

 その言葉が落ちた瞬間、
 応接室の空気が、
 ぴたりと止まった。

「具体的には?」

 エテルナが、
 自分で問い返す。

 逃げない。
 だが、期待もしていない。

「一時的な顧問という形で、
 王宮の調整業務を――」

「それは」

 セーブルが、
 即座に遮った。

「彼女の時間を、
 再び消費する提案だな」

 使者は、
 言葉に詰まる。

「……否定はできません」

 セーブルは、
 ゆっくりと立ち上がる。

「彼女は、
 すでにこの領地で役割を担っている」

「ですが王宮は――」

「王宮の都合だ」

 短く、
 断定的な言葉。

「あなた方は、
 彼女がいなくても回る形を
 “自分たちで”作るべきだった」

 使者は、
 視線を伏せる。

「……アルトゥーラ殿下も、
 ご自身の判断を悔いておられます」

 その名前が出た瞬間。

 エテルナは、
 ほんの一瞬だけ、
 指先を動かした。

 だが。

「後悔は、
 責任を代替しない」

 セーブルの声は、
 冷静だった。

「彼女に戻ってもらえば解決する、
 という発想自体が、
 誤りだ」

 沈黙。

 使者は、
 最後のカードを切る。

「……エテルナ様のご意思は?」

 セーブルが、
 答える前に。

「ありません」

 エテルナは、
 はっきりと言った。

「協力する意思は、
 ありません」

 声は、
 震えていない。

「私は、
 必要とされなくなった場所に
 戻る気はありません」

 それは、
 冷たい拒絶ではなかった。

 ただ、
 終わった関係への整理だった。

 使者は、
 深く、深く頭を下げる。

「……承知いたしました」

 去り際。

 彼は、
 小さく呟いた。

「……失ってからでないと、
 分からないものなのですね」

 扉が閉まる。

 応接室に残る、
 二人。

「……強く、言い過ぎただろうか」

 エテルナが、
 ぽつりと呟く。

「いいや」

 セーブルは、
 即答した。

「正しい」

 そして、
 少しだけ間を置いて。

「……守るのは、
 領地だけではない」

 その言葉に、
 エテルナは、
 初めてはっきりと気づく。

(……私は、
 選ばれている)

 役割としてではなく。
 必要だからでもなく。

 ――“ここにいる”存在として。

「……ありがとうございます」

 小さな声。

 だが、
 確かな感情が込められていた。

 セーブルは、
 それ以上、何も言わない。

 踏み込まない。

 だが、
 引かない。

 王宮からの再訪は、
 終わった。

 そして同時に、
 過去との関係も、
 完全に終わった。

 残ったのは。

 答えを出さないと決めた二人と、
 それでも揺るがない“現在”だった。


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