白い結婚に、猶予を。――冷徹公爵と選び続ける夫婦の話

鷹 綾

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第26話 保留という日常

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第26話 保留という日常

 王宮からの使者が去った翌日。

 公爵邸は、いつもと変わらない朝を迎えていた。

 廊下には足音が響き、
 執務室には書類が運び込まれ、
 食堂には温かな香りが満ちる。

 ――何も、変わっていない。

 けれど。

(……変わって、いますわね)

 エテルナは、
 紅茶を飲みながら、
 そう思っていた。

 昨夜の出来事のあと、
 セーブルは何も言わなかった。

 慰めもしない。
 確認もしない。
 評価もしない。

 ただ、
 当然のように隣にいた。

「……今日の予定だが」

 朝食の席で、
 セーブルがいつも通り口を開く。

「午前は領内の工房視察。
 午後は書簡対応だ」

「工房の件ですが」

 エテルナが、
 自然に続ける。

「人員配置を少し変えると、
 無理が減ると思います」

「採用する」

 即答。

 以前と同じ流れ。

 だが、
 その即答が、
 “頼っている”ものではなく、
 “信頼している”ものに変わっている。

 午前の視察。

 職人たちは、
 二人が並んで歩く姿を見て、
 特別な反応を示さない。

 それが、
 何よりの証拠だった。

「公爵様、公爵夫人様」

「調子はどうだ」

「ええ、おかげさまで」

 エテルナが、
 職人の話を聞き、
 セーブルが判断を下す。

 役割は分かれているが、
 分断はない。

(……ちょうどいい)

 誰かが踏み込みすぎることも、
 誰かが置き去りにされることもない。

 午後。

 執務室で、
 それぞれが書類に向かう。

 同じ空間だが、
 会話は必要なときだけ。

 それでも。

 ふと、
 視線が重なる。

「……何か?」

「いや」

 それだけ。

 それ以上、
 言葉はいらない。

 夕刻。

 庭を歩く。

 昨日までなら、
 理由を探していた距離。

 今日は、
 理由はない。

「……王宮の件」

 セーブルが、
 何気なく口にする。

「後悔は、していない」

 それは、
 自分自身に向けた言葉でもあった。

「私もです」

 エテルナは、
 静かに答える。

「ここでの生活は、
 私が選んだものですから」

 その“選んだ”という言葉に、
 セーブルは、
 わずかに息を吐く。

(……保留、か)

 答えは出ていない。
 関係の名前も、ない。

 だが。

(それでも、
 今日を一緒に過ごすことは、
 選び続けている)

 夜。

 それぞれの部屋へ戻る前。

「……おやすみなさい」

「おやすみ」

 短い挨拶。

 だが、
 その声は、
 以前より少し柔らかい。

 扉が閉まる。

 エテルナは、
 ベッドに腰掛けて、
 小さく笑った。

(……保留という日常)

 曖昧で、
 中途半端で、
 名前のない関係。

 けれど。

(……嫌では、ありませんわね)

 同じ夜。

 セーブルもまた、
 灯りを落としながら思う。

(……待つ、というのは)

 空白ではない。

 何もしない時間でもない。

 ――“共にある”時間だ。

 白い結婚は、
 まだ白いまま。

 だがその白は、
 もはや冷たくない。

 保留という日常は、
 静かに、
 二人の居場所になっていた。


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