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第1話 婚約破棄の宣告
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第1話 婚約破棄の宣告
王宮の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
白と金を基調とした装飾、天井から降り注ぐ柔らかな光、そして集められた貴族たちのざわめき。今日は王太子エドワルド殿下の婚約者である私――エミリア・ノルトにとって、重要な発表があると聞かされていた。
けれど、その内容を私は知らされていなかった。
王太子の隣に立つべき位置にいながら、胸の奥にわずかな違和感が広がっていく。殿下は私を一度も見ようとせず、代わりに熱のこもった視線を、少し離れた場所に立つ少女へ向けていた。
純白のドレスに身を包み、金色の髪を揺らすその少女――セレナ。
つい先日、“新たな聖女”として認定されたばかりの存在だ。
「皆に集まってもらったのは、他でもない」
エドワルド殿下の声が、大広間に響き渡る。
ざわめきが静まり返り、視線が一斉に彼へと集まった。
「私は、本日をもって――エミリア・ノルトとの婚約を破棄する」
一瞬、時が止まったように感じた。
次の瞬間、貴族たちの間にどよめきが走る。
「なっ……」 「まさか、あのノルト公爵令嬢を?」 「王太子妃教育を受けてきたのでは……」
囁き声が四方から聞こえてくる。
けれど私は、声を上げることも、表情を変えることもなかった。ただ静かに、殿下を見つめる。
エドワルド殿下は、ようやく私に視線を向けた。
その瞳には、かつて私に向けられていたはずの敬意も、配慮もない。
「理由は単純だ。君は……あまりにも地味だ」
ああ、やはりそうなのだ、と心のどこかで納得してしまう自分がいた。
「王太子妃として、人の上に立つには華が足りない。君は真面目ではあるが、それだけだ。女としての魅力に欠ける」
痛みがないと言えば嘘になる。
けれど、思ったよりも胸は静かだった。
殿下は続ける。
「その点、セレナは違う。聖女として選ばれ、民衆からも支持されている。彼女こそ、次代の王妃に相応しい存在だ」
そう言って、殿下はセレナの手を取った。
セレナは頬を染め、恥ずかしそうに俯きながらも、周囲に聞こえるように小さく囁く。
「殿下……ありがとうございます。エミリア様には……申し訳なくて……」
その言葉に、何人かの貴族が同情の視線を私へ向ける。
けれどその裏にあるのは、「哀れな令嬢」という評価だ。
私は、ゆっくりと一歩前に出た。
「……殿下」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「婚約破棄をなさるということですが、それは王家としての正式な決定なのでしょうか?」
「もちろんだ」
即答だった。
「国王陛下にも了承を得ている。君の実家であるノルト公爵家へも、後ほど正式な通達が行くだろう」
その言葉で、すべてが確定した。
逃げ場はない。覆ることもない。
私は小さく一礼した。
「承知いたしました」
貴族たちが息を呑む気配が伝わってくる。
怒り出すでも、泣き崩れるでもなく、あまりにも淡々とした私の態度は、彼らの予想外だったのだろう。
「……それだけですか?」
エドワルド殿下が、わずかに眉をひそめる。
「はい。それだけです」
私は顔を上げ、はっきりと告げた。
「殿下がそうお決めになったのであれば、私は従うまでです。これまでのご厚情には感謝しております」
社交辞令として、完璧な言葉。
それ以上でも、それ以下でもない。
「ふん……物分かりがいいのは、君の長所だな」
殿下は満足げにそう言った。
その言葉に、胸の奥で小さく何かが切れる音がした気がした。
――いいえ。
もともと、期待などしていなかったのだ。
私は“王太子妃になるために都合のいい存在”でしかなかった。
表に出ない仕事を任され、失敗すれば責められ、成功しても評価されない。そういう役目を、私は疑問も持たずに果たしてきただけ。
ただ、それが終わっただけのこと。
「では、私はこれで失礼いたします」
再び一礼し、踵を返す。
背後から向けられる視線――好奇、同情、侮蔑。そのすべてを、私は受け流した。
大広間を出る直前、ふと、殿下の声が聞こえた。
「エミリア、これからのことだが――」
振り返らずに、私は答える。
「ご心配には及びません。もう、殿下のお手を煩わせることはございませんので」
扉が閉まり、音が遮断される。
廊下に一人残された私は、深く息を吐いた。
「……終わったのね」
婚約も、王宮での役目も、すべて。
これから私は、どう生きるのだろう。
まだ答えは出ない。
けれど――
不思議と、心は少しだけ軽くなっていた。
王宮の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
白と金を基調とした装飾、天井から降り注ぐ柔らかな光、そして集められた貴族たちのざわめき。今日は王太子エドワルド殿下の婚約者である私――エミリア・ノルトにとって、重要な発表があると聞かされていた。
けれど、その内容を私は知らされていなかった。
王太子の隣に立つべき位置にいながら、胸の奥にわずかな違和感が広がっていく。殿下は私を一度も見ようとせず、代わりに熱のこもった視線を、少し離れた場所に立つ少女へ向けていた。
純白のドレスに身を包み、金色の髪を揺らすその少女――セレナ。
つい先日、“新たな聖女”として認定されたばかりの存在だ。
「皆に集まってもらったのは、他でもない」
エドワルド殿下の声が、大広間に響き渡る。
ざわめきが静まり返り、視線が一斉に彼へと集まった。
「私は、本日をもって――エミリア・ノルトとの婚約を破棄する」
一瞬、時が止まったように感じた。
次の瞬間、貴族たちの間にどよめきが走る。
「なっ……」 「まさか、あのノルト公爵令嬢を?」 「王太子妃教育を受けてきたのでは……」
囁き声が四方から聞こえてくる。
けれど私は、声を上げることも、表情を変えることもなかった。ただ静かに、殿下を見つめる。
エドワルド殿下は、ようやく私に視線を向けた。
その瞳には、かつて私に向けられていたはずの敬意も、配慮もない。
「理由は単純だ。君は……あまりにも地味だ」
ああ、やはりそうなのだ、と心のどこかで納得してしまう自分がいた。
「王太子妃として、人の上に立つには華が足りない。君は真面目ではあるが、それだけだ。女としての魅力に欠ける」
痛みがないと言えば嘘になる。
けれど、思ったよりも胸は静かだった。
殿下は続ける。
「その点、セレナは違う。聖女として選ばれ、民衆からも支持されている。彼女こそ、次代の王妃に相応しい存在だ」
そう言って、殿下はセレナの手を取った。
セレナは頬を染め、恥ずかしそうに俯きながらも、周囲に聞こえるように小さく囁く。
「殿下……ありがとうございます。エミリア様には……申し訳なくて……」
その言葉に、何人かの貴族が同情の視線を私へ向ける。
けれどその裏にあるのは、「哀れな令嬢」という評価だ。
私は、ゆっくりと一歩前に出た。
「……殿下」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「婚約破棄をなさるということですが、それは王家としての正式な決定なのでしょうか?」
「もちろんだ」
即答だった。
「国王陛下にも了承を得ている。君の実家であるノルト公爵家へも、後ほど正式な通達が行くだろう」
その言葉で、すべてが確定した。
逃げ場はない。覆ることもない。
私は小さく一礼した。
「承知いたしました」
貴族たちが息を呑む気配が伝わってくる。
怒り出すでも、泣き崩れるでもなく、あまりにも淡々とした私の態度は、彼らの予想外だったのだろう。
「……それだけですか?」
エドワルド殿下が、わずかに眉をひそめる。
「はい。それだけです」
私は顔を上げ、はっきりと告げた。
「殿下がそうお決めになったのであれば、私は従うまでです。これまでのご厚情には感謝しております」
社交辞令として、完璧な言葉。
それ以上でも、それ以下でもない。
「ふん……物分かりがいいのは、君の長所だな」
殿下は満足げにそう言った。
その言葉に、胸の奥で小さく何かが切れる音がした気がした。
――いいえ。
もともと、期待などしていなかったのだ。
私は“王太子妃になるために都合のいい存在”でしかなかった。
表に出ない仕事を任され、失敗すれば責められ、成功しても評価されない。そういう役目を、私は疑問も持たずに果たしてきただけ。
ただ、それが終わっただけのこと。
「では、私はこれで失礼いたします」
再び一礼し、踵を返す。
背後から向けられる視線――好奇、同情、侮蔑。そのすべてを、私は受け流した。
大広間を出る直前、ふと、殿下の声が聞こえた。
「エミリア、これからのことだが――」
振り返らずに、私は答える。
「ご心配には及びません。もう、殿下のお手を煩わせることはございませんので」
扉が閉まり、音が遮断される。
廊下に一人残された私は、深く息を吐いた。
「……終わったのね」
婚約も、王宮での役目も、すべて。
これから私は、どう生きるのだろう。
まだ答えは出ない。
けれど――
不思議と、心は少しだけ軽くなっていた。
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