10 / 40
第10話 評価という名の重み
しおりを挟む
第10話 評価という名の重み
数字は、嘘をつかない。
けれど――数字が示すものを、どう受け止めるかは、人次第だ。
シュヴァルツリッター公爵領での改革が動き始めてから、三週間。
私は、朝一番に届いた集計表を机の上に並べ、静かに視線を走らせていた。
「……出始めたわね」
物流コスト。
想定よりも早く、削減の兆しが見えている。
まだ“劇的”とは言えない。
だが、無駄が確実に減り、現場の停滞が解消されつつあるのは明白だった。
そこへ、控えめなノックの音。
「失礼いたします、エミリア様」
顔を出したのは、若い文官のトーマスだった。
以前は、私に話しかけるだけでも緊張していた人物だ。
「こちら……最新の税収報告です」
「ありがとう」
書類を受け取り、ざっと目を通す。
「……徴収率が、上がっている?」
「はい。減税対象地域です」
彼は少し興奮した様子で続けた。
「民が、納期を守るようになりました。『どうせ取られる』ではなく、『必要だから納める』という意識が……」
私は、静かに頷いた。
「想定通りです」
短くそう告げると、トーマスは目を見開いた。
「想定……ですか?」
「ええ。人は、理解できる理由があれば、協力します」
それだけのこと。
だが、その“それだけ”を、誰もやろうとしなかった。
報告をまとめ終えた頃、城内に微妙な緊張が走り始めた。
理由は一つ。
――公爵主導の、幹部会議。
通常であれば、私のような立場の者が参加することはない。
だが今回は、明確に名前が挙がっていた。
「……評価の場、ね」
胸が高鳴らないわけではない。
だが、不安よりも先に、冷静な覚悟があった。
会議室に入ると、重鎮たちの視線が一斉に集まった。
以前とは違う。
警戒や侮りではなく――探るような視線。
ノアール・シュヴァルツリッター公爵は、すでに上座に座っていた。
「始める」
短い一言で、会議は動き出す。
各部署からの報告が続く中、私は自分の番を待った。
やがて、公爵が視線を向ける。
「エミリア」
「はい」
私は立ち上がり、準備してきた資料を広げた。
「物流再編の中間報告をいたします」
声は、落ち着いている。
「再配置後、平均作業時間は二割短縮。
人件費は現時点で一割削減。
来月には、さらに改善が見込めます」
ざわめきが起きる。
「税に関しては、減税対象地域において、徴収率が向上しています」
私は、数字を示しながら続けた。
「短期的な減収は、想定内です。
中期的には、増収に転じる可能性が高い」
沈黙。
誰も、反論しない。
それは、数字が雄弁に語っているからだ。
ノアール公爵は、しばらく資料に目を落とし、やがて顔を上げた。
「……よくやった」
その一言が、会議室に落ちる。
私は、思わず背筋を正した。
「結果が出ている。
当初の裁量は、維持する」
それだけでなく、続く言葉が、場の空気を変えた。
「加えて、エミリア・ノルトを、正式に“公爵補佐官”とする」
一瞬、時が止まったように感じた。
――補佐官。
試験的な立場ではない。
責任と権限を伴う、正式な役職。
重鎮の一人が、慎重に口を開く。
「……異論は、ありません」
他の者たちも、次々に頷いた。
私は、深く一礼した。
「信頼に、応えます」
それ以上、言葉は要らなかった。
会議が終わり、廊下へ出ると、胸の奥に、ずしりとした重みを感じた。
「……評価される、というのは」
喜びだけではない。
それは、逃げ場のない責任でもある。
その時、背後から低い声がした。
「重く感じているな」
振り返ると、ノアール公爵が立っていた。
「はい」
正直に答える。
「ですが……悪くありません」
彼は、ほんのわずかに口角を上げた。
「なら、適性がある」
それだけ言い残し、公爵は去っていく。
私は、その背中を見送りながら、静かに息を吐いた。
王宮では、
どれほど尽くしても、
“評価”という言葉は、最後まで与えられなかった。
ここでは違う。
成果を出せば、正当に認められる。
そして、認められた以上――
私は、その重みに耐え、前へ進む。
それが、今の私に与えられた役割だ。
机に戻り、私は新しい書類を開いた。
「……次は、人材配置ね」
仕事は、まだ山ほどある。
だが――
この場所でなら、
私は迷わず、進める。
評価という名の重みを、
真正面から受け止めながら。
数字は、嘘をつかない。
けれど――数字が示すものを、どう受け止めるかは、人次第だ。
シュヴァルツリッター公爵領での改革が動き始めてから、三週間。
私は、朝一番に届いた集計表を机の上に並べ、静かに視線を走らせていた。
「……出始めたわね」
物流コスト。
想定よりも早く、削減の兆しが見えている。
まだ“劇的”とは言えない。
だが、無駄が確実に減り、現場の停滞が解消されつつあるのは明白だった。
そこへ、控えめなノックの音。
「失礼いたします、エミリア様」
顔を出したのは、若い文官のトーマスだった。
以前は、私に話しかけるだけでも緊張していた人物だ。
「こちら……最新の税収報告です」
「ありがとう」
書類を受け取り、ざっと目を通す。
「……徴収率が、上がっている?」
「はい。減税対象地域です」
彼は少し興奮した様子で続けた。
「民が、納期を守るようになりました。『どうせ取られる』ではなく、『必要だから納める』という意識が……」
私は、静かに頷いた。
「想定通りです」
短くそう告げると、トーマスは目を見開いた。
「想定……ですか?」
「ええ。人は、理解できる理由があれば、協力します」
それだけのこと。
だが、その“それだけ”を、誰もやろうとしなかった。
報告をまとめ終えた頃、城内に微妙な緊張が走り始めた。
理由は一つ。
――公爵主導の、幹部会議。
通常であれば、私のような立場の者が参加することはない。
だが今回は、明確に名前が挙がっていた。
「……評価の場、ね」
胸が高鳴らないわけではない。
だが、不安よりも先に、冷静な覚悟があった。
会議室に入ると、重鎮たちの視線が一斉に集まった。
以前とは違う。
警戒や侮りではなく――探るような視線。
ノアール・シュヴァルツリッター公爵は、すでに上座に座っていた。
「始める」
短い一言で、会議は動き出す。
各部署からの報告が続く中、私は自分の番を待った。
やがて、公爵が視線を向ける。
「エミリア」
「はい」
私は立ち上がり、準備してきた資料を広げた。
「物流再編の中間報告をいたします」
声は、落ち着いている。
「再配置後、平均作業時間は二割短縮。
人件費は現時点で一割削減。
来月には、さらに改善が見込めます」
ざわめきが起きる。
「税に関しては、減税対象地域において、徴収率が向上しています」
私は、数字を示しながら続けた。
「短期的な減収は、想定内です。
中期的には、増収に転じる可能性が高い」
沈黙。
誰も、反論しない。
それは、数字が雄弁に語っているからだ。
ノアール公爵は、しばらく資料に目を落とし、やがて顔を上げた。
「……よくやった」
その一言が、会議室に落ちる。
私は、思わず背筋を正した。
「結果が出ている。
当初の裁量は、維持する」
それだけでなく、続く言葉が、場の空気を変えた。
「加えて、エミリア・ノルトを、正式に“公爵補佐官”とする」
一瞬、時が止まったように感じた。
――補佐官。
試験的な立場ではない。
責任と権限を伴う、正式な役職。
重鎮の一人が、慎重に口を開く。
「……異論は、ありません」
他の者たちも、次々に頷いた。
私は、深く一礼した。
「信頼に、応えます」
それ以上、言葉は要らなかった。
会議が終わり、廊下へ出ると、胸の奥に、ずしりとした重みを感じた。
「……評価される、というのは」
喜びだけではない。
それは、逃げ場のない責任でもある。
その時、背後から低い声がした。
「重く感じているな」
振り返ると、ノアール公爵が立っていた。
「はい」
正直に答える。
「ですが……悪くありません」
彼は、ほんのわずかに口角を上げた。
「なら、適性がある」
それだけ言い残し、公爵は去っていく。
私は、その背中を見送りながら、静かに息を吐いた。
王宮では、
どれほど尽くしても、
“評価”という言葉は、最後まで与えられなかった。
ここでは違う。
成果を出せば、正当に認められる。
そして、認められた以上――
私は、その重みに耐え、前へ進む。
それが、今の私に与えられた役割だ。
机に戻り、私は新しい書類を開いた。
「……次は、人材配置ね」
仕事は、まだ山ほどある。
だが――
この場所でなら、
私は迷わず、進める。
評価という名の重みを、
真正面から受け止めながら。
0
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢は結婚式当日に死んだ
白雲八鈴
恋愛
今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。
「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」
突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。
婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。
そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。
その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……
生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。
婚約者とその番という女性に
『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』
そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。
*タグ注意
何かと「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢は
だましだまし
ファンタジー
何でもかんでも「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢にその取り巻きの侯爵令息。
私、男爵令嬢ライラの従妹で親友の子爵令嬢ルフィナはそんな二人にしょうちゅう絡まれ楽しい学園生活は段々とつまらなくなっていった。
そのまま卒業と思いきや…?
「ひどいわ」ばっかり言ってるからよ(笑)
全10話+エピローグとなります。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜
Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。
婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話
ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。
リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。
婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。
どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。
死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて……
※正常な人があまりいない話です。
【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?
つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです!
文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか!
結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。
目を覚ましたら幼い自分の姿が……。
何故か十二歳に巻き戻っていたのです。
最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。
そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか?
他サイトにも公開中。
欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜
水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。
魔王乱立の時代。
王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。
だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。
にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。
抗議はしない。
訂正もしない。
ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。
――それが、誰にとっての不合格なのか。
まだ、誰も気づいていない。
欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる