婚約破棄された令嬢ですが、判断を急がない領地改革を始めました

鷹 綾

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第10話 評価という名の重み

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第10話 評価という名の重み

 数字は、嘘をつかない。
 けれど――数字が示すものを、どう受け止めるかは、人次第だ。

 シュヴァルツリッター公爵領での改革が動き始めてから、三週間。
 私は、朝一番に届いた集計表を机の上に並べ、静かに視線を走らせていた。

「……出始めたわね」

 物流コスト。
 想定よりも早く、削減の兆しが見えている。

 まだ“劇的”とは言えない。
 だが、無駄が確実に減り、現場の停滞が解消されつつあるのは明白だった。

 そこへ、控えめなノックの音。

「失礼いたします、エミリア様」

 顔を出したのは、若い文官のトーマスだった。
 以前は、私に話しかけるだけでも緊張していた人物だ。

「こちら……最新の税収報告です」

「ありがとう」

 書類を受け取り、ざっと目を通す。

「……徴収率が、上がっている?」

「はい。減税対象地域です」

 彼は少し興奮した様子で続けた。

「民が、納期を守るようになりました。『どうせ取られる』ではなく、『必要だから納める』という意識が……」

 私は、静かに頷いた。

「想定通りです」

 短くそう告げると、トーマスは目を見開いた。

「想定……ですか?」

「ええ。人は、理解できる理由があれば、協力します」

 それだけのこと。
 だが、その“それだけ”を、誰もやろうとしなかった。

 報告をまとめ終えた頃、城内に微妙な緊張が走り始めた。
 理由は一つ。

 ――公爵主導の、幹部会議。

 通常であれば、私のような立場の者が参加することはない。
 だが今回は、明確に名前が挙がっていた。

「……評価の場、ね」

 胸が高鳴らないわけではない。
 だが、不安よりも先に、冷静な覚悟があった。

 会議室に入ると、重鎮たちの視線が一斉に集まった。
 以前とは違う。
 警戒や侮りではなく――探るような視線。

 ノアール・シュヴァルツリッター公爵は、すでに上座に座っていた。

「始める」

 短い一言で、会議は動き出す。

 各部署からの報告が続く中、私は自分の番を待った。
 やがて、公爵が視線を向ける。

「エミリア」

「はい」

 私は立ち上がり、準備してきた資料を広げた。

「物流再編の中間報告をいたします」

 声は、落ち着いている。

「再配置後、平均作業時間は二割短縮。
 人件費は現時点で一割削減。
 来月には、さらに改善が見込めます」

 ざわめきが起きる。

「税に関しては、減税対象地域において、徴収率が向上しています」

 私は、数字を示しながら続けた。

「短期的な減収は、想定内です。
 中期的には、増収に転じる可能性が高い」

 沈黙。
 誰も、反論しない。

 それは、数字が雄弁に語っているからだ。

 ノアール公爵は、しばらく資料に目を落とし、やがて顔を上げた。

「……よくやった」

 その一言が、会議室に落ちる。

 私は、思わず背筋を正した。

「結果が出ている。
 当初の裁量は、維持する」

 それだけでなく、続く言葉が、場の空気を変えた。

「加えて、エミリア・ノルトを、正式に“公爵補佐官”とする」

 一瞬、時が止まったように感じた。

 ――補佐官。

 試験的な立場ではない。
 責任と権限を伴う、正式な役職。

 重鎮の一人が、慎重に口を開く。

「……異論は、ありません」

 他の者たちも、次々に頷いた。

 私は、深く一礼した。

「信頼に、応えます」

 それ以上、言葉は要らなかった。

 会議が終わり、廊下へ出ると、胸の奥に、ずしりとした重みを感じた。

「……評価される、というのは」

 喜びだけではない。
 それは、逃げ場のない責任でもある。

 その時、背後から低い声がした。

「重く感じているな」

 振り返ると、ノアール公爵が立っていた。

「はい」

 正直に答える。

「ですが……悪くありません」

 彼は、ほんのわずかに口角を上げた。

「なら、適性がある」

 それだけ言い残し、公爵は去っていく。

 私は、その背中を見送りながら、静かに息を吐いた。

 王宮では、
 どれほど尽くしても、
 “評価”という言葉は、最後まで与えられなかった。

 ここでは違う。

 成果を出せば、正当に認められる。
 そして、認められた以上――

 私は、その重みに耐え、前へ進む。

 それが、今の私に与えられた役割だ。

 机に戻り、私は新しい書類を開いた。

「……次は、人材配置ね」

 仕事は、まだ山ほどある。
 だが――

 この場所でなら、
 私は迷わず、進める。

 評価という名の重みを、
 真正面から受け止めながら。
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