婚約破棄された令嬢ですが、判断を急がない領地改革を始めました

鷹 綾

文字の大きさ
18 / 40

第18話 噂は、真実よりも先に走る

しおりを挟む
第18話 噂は、真実よりも先に走る

 変化が形になり始めると、必ず現れるものがある。
 それは、祝福でも、賞賛でもない。

 ――噂だ。

 シュヴァルツリッター公爵領での改革が安定期に入り、成果が数字としても明確になり始めた頃、私は執務室で一通の報告書を受け取っていた。

「……王都方面で、こちらの話が出回っていますか」

 書類を読みながら、静かに確認する。

「はい」

 グラハム執事長は、表情を崩さない。

「内容は、二種類ございます」

「良い噂と、悪い噂」

「その通りです」

 私は、短く息を吐いた。

 良い噂――
 “エミリア・ノルトは有能な補佐官だ”
 “王宮よりも、領地経営に向いている”

 そして、悪い噂――
 “シュヴァルツリッター公爵に取り入っている”
 “元王太子妃候補が、野心を隠している”

「……分かりやすいですね」

 私は、淡々と言った。

「成功した女性に、必ずついて回る類の話です」

 怒りはなかった。
 驚きもない。

 むしろ、想定内だ。

「対処は、必要でしょうか」

「いいえ」

 私は、首を横に振る。

「噂は、潰すものではありません。
 事実で、上書きするものです」

 それだけ告げ、次の書類に目を通す。

 だが――
 噂は、こちらが無視しても、勝手に成長する。

 数日後、職人ギルドの会合で、思わぬ質問が飛んだ。

「……エミリア様」

 年配の職人が、慎重に言葉を選ぶ。

「失礼を承知でお聞きしますが……
 この改革は、本当に、長く続くものなのでしょうか」

 その問いに、場が静まった。

「最近、外で妙な話を聞きましてな」

 別の職人が続ける。

「“いずれ王宮に戻るための実績作りだ”とか……」

 私は、即座に否定しなかった。

 ただ、相手の目を見る。

「それを、信じたいと思われましたか?」

 問い返すと、職人たちは言葉に詰まった。

「……正直に言えば」

 最年長の男が、低く言う。

「最初は、少しだけ」

 私は、頷いた。

「疑うのは、当然です」

 そして、続ける。

「だから、約束します」

 その言葉に、全員の視線が集まる。

「私は、ここで途中放棄はしません。
 この領地の改革は、“完成させる”ものです」

 完成、という言葉が、静かに響いた。

「王宮に戻る気は、ありません。
 ここで築いたものを、誰かに丸投げするつもりもありません」

 沈黙。
 だが、それは疑念の沈黙ではない。

「……それを聞けて、安心しました」

 最年長の男が、深く頷いた。

「人は、続くと思えないものには、全力を出せませんからな」

 その言葉は、重かった。

 城へ戻る途中、私は考える。

(噂は、不安の裏返し)

 人々が、未来を考え始めた証拠でもある。

 だが、噂は噂として、放置できない段階に入っていた。

 夜、執務室で、ノアール公爵と向き合う。

「噂が出ている」

 彼は、事実だけを述べた。

「把握しています」

「……気にするか」

「いいえ」

 私は、はっきり答えた。

「ですが、対策は取ります」

「どうする」

 私は、一枚の計画書を差し出した。

「中期計画の一部を、公開します」

 公爵の眉が、わずかに動く。

「早すぎないか」

「噂が広がる速度の方が、速い」

 私は、落ち着いて続けた。

「見えない未来は、不安を生みます。
 なら、見せればいい」

 数字。
 工程。
 責任者。

「これは……」

 公爵は、書類に目を通し、短く息を吐いた。

「覚悟が、いるな」

「はい」

 私は、頷く。

「ですが、噂に振り回されるより、
 自分で線を引いた方が、健全です」

 翌週、領地内で簡潔な説明会が行われた。
 大仰な演説はしない。

 必要な情報だけを、淡々と。

「この改革は、三年計画です」

 私は、壇上で告げる。

「途中で終わることはありません。
 責任は、私が持ちます」

 ざわめきが起き、やがて、静まる。

 人々の表情が、変わっていく。

 疑念から、理解へ。
 不安から、覚悟へ。

 その瞬間、私ははっきりと感じた。

 噂は、消えない。
 だが――

 信頼が芽吹いた場所では、噂は力を失う。

 夜、城下を見下ろしながら、私は静かに思う。

 真実は、いつも遅れてやって来る。
 だが、来た時には――

 噂よりも、ずっと強い。

 その強さを、
 私は、これからも積み重ねていく。

 言葉ではなく、
 結果という名の、確かな重みで。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意

何かと「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢は

だましだまし
ファンタジー
何でもかんでも「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢にその取り巻きの侯爵令息。 私、男爵令嬢ライラの従妹で親友の子爵令嬢ルフィナはそんな二人にしょうちゅう絡まれ楽しい学園生活は段々とつまらなくなっていった。 そのまま卒業と思いきや…? 「ひどいわ」ばっかり言ってるからよ(笑) 全10話+エピローグとなります。

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話

ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。 リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。 婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。 どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。 死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて…… ※正常な人があまりいない話です。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜

水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。 魔王乱立の時代。 王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。 だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。 にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。 抗議はしない。 訂正もしない。 ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。 ――それが、誰にとっての不合格なのか。 まだ、誰も気づいていない。 欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。

処理中です...