婚約破棄された令嬢ですが、判断を急がない領地改革を始めました

鷹 綾

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第17話 芽吹く信頼

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第17話 芽吹く信頼

 王宮からの要請を断ったという事実は、思いのほか早く、静かに広がっていった。

 大仰な噂にはならない。
 けれど、耳の早い商人や文官たちの間では、確かな意味を持って受け止められている。

「……断ったらしいぞ」 「王宮の条件は、かなり良かったはずだが」 「それでも、ここを選んだってことか」

 私は、そうした声を意識的に聞かないようにしていた。
 選択は、他人に説明するためのものではない。

 ただ、結果で示すだけだ。

 この日、執務室には、珍しく数名の若手文官が集まっていた。
 目的は、新たに導入する人材育成制度についての打ち合わせ。

「これまでのやり方ですと、経験年数が重視されすぎています」

 トーマスが、慎重に意見を述べる。

「ですが、現場では……正直、能力差があります」

「ええ」

 私は、頷いた。

「だからこそ、評価軸を増やします。
 成果、判断力、連携――年数は、その一要素にすぎません」

 若い文官たちの目が、わずかに輝く。

「……本当に、それでよろしいのでしょうか」

 別の文官が、不安そうに尋ねた。

「年配の方々から、反発が出るかと」

「出ます」

 私は、即答した。

 場が静まる。

「ですが、それは“変える価値がある”という証拠です」

 彼らは、顔を見合わせた。

「大丈夫」

 私は、言葉を添える。

「責任は、私が持ちます」

 その一言で、空気が変わった。

 ――責任を、押し付けない。

 それは、信頼を生む。

 会議が終わり、若手たちが退出した後、グラハム執事長が静かに口を開いた。

「……皆、安心した表情をしておりました」

「そうですか」

「“守られている”と感じたのでしょう」

 私は、少しだけ考えた。

「守る、というより……」

 言葉を選ぶ。

「失敗しても、切り捨てられない場所を作りたいだけです」

 グラハムは、深く頷いた。

 午後は、職人ギルドとの定例会合だった。
 これまで、ギルドと領主側の関係は、どこか一方通行だった。

「新しい契約内容についてですが……」

 年配の職人が、腕を組んで言う。

「正直、条件は悪くありません。
 ですが、なぜ、そこまでこちらに配慮するのです?」

 私は、正面から答えた。

「職人の技術は、数字では代替できません。
 短期的な利益より、継続性を重視したいのです」

 その言葉に、職人たちは沈黙した。

 やがて、最年長の男が、低く笑う。

「……久しぶりだな。
 こんな話を、真正面からされたのは」

「ご不満でしたか?」

「いいや」

 彼は、首を振った。

「信頼できる」

 その一言は、契約書に署名する以上の価値があった。

 夕刻、城下を歩くと、以前よりも人々の表情が明るいことに気づく。
 仕事が増え、生活が安定し、先が見える。

「エミリア様」

 小さな声に呼び止められる。

 振り返ると、かつて減税措置を取った村の少女が、母親と共に立っていた。

「この前は、ありがとうございました」

 差し出されたのは、素朴な焼き菓子。

「……受け取っても、いいの?」

「はい。みんなで、作りました」

 私は、静かに受け取り、微笑んだ。

「大切に、いただきます」

 それだけで、少女は満足そうに頷いた。

 城へ戻る途中、私は思う。

 王宮では、
 どれほど正しい判断をしても、
 “個人”としての反応は、ほとんど返ってこなかった。

 ここでは違う。

 成果が、人の顔となって現れる。

 夜、執務室に戻ると、机の上に一通の報告書が置かれていた。
 若手文官による、改善案。

「……自発的に、か」

 私は、目を細めた。

 誰かに命じられたわけではない。
 評価を求めたわけでもない。

 ただ、この場所を良くしたいという意志。

 それは、信頼が芽吹き始めた証だった。

「……ようやく、根を張り始めた」

 私は、ペンを取り、報告書に目を通す。

 まだ未熟な点も多い。
 だが、それでいい。

 育てる価値がある。

 選ばれたからではなく、
 選び、選ばれ続ける関係。

 それが、今の私と、この領地の形だった。

 芽吹く信頼は、
 静かに、しかし確かに、
 シュヴァルツリッター公爵領の土に根を下ろしていた。
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