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第26話 試される均衡
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第26話 試される均衡
朝の執務室は、いつもより少しだけ空気が張りつめていた。
机の上には、昨夜届いた報告書が積み重なっている。
どれも緊急事態ではない。
だが、無視すれば後々厄介になる――そんな内容ばかりだ。
「……やはり、来ましたか」
私は、最上段の書類を手に取る。
他領の貴族からの正式な共同事業提案。
名目は、物流網の統合と市場拡大。
条件は、一見すると悪くない。
だが、行間にはっきりと書かれている。
(主導権を、少しずつこちらから奪う)
ノアール公爵が、椅子に腰掛けたままこちらを見る。
「断るか?」
「……即答はしません」
私は、首を横に振った。
「今は、試されている段階ですから」
「試されている?」
「ええ。こちらが感情的に拒絶するか、
それとも条件を精査して対等に交渉するか」
公爵は、腕を組む。
「どちらが正解だ」
「どちらも正解になり得ます。
ですが――」
私は、資料を閉じた。
「今、必要なのは“拒否”ではなく、“線を引いた上での受容”です」
公爵は、しばらく黙った後、頷いた。
「……やってみろ」
午前中、私は関係部署を集め、簡易的な打ち合わせを行った。
「今回の提案ですが、全面的な共同運営は行いません」
集まった職員たちが、静かに耳を傾ける。
「物流の一部連携のみ、試験的に行います。
期間は三ヶ月。
判断権は、常にこちらが保持します」
「相手が、難色を示した場合は?」
若い官吏が、恐る恐る尋ねる。
「その時点で、終了です」
迷いはなかった。
「相手が欲しいのは、成果ではなく“影響力”です。
そこを渡さない限り、妥協する意味はありません」
会議室の空気が、少し引き締まる。
「……理解しました」
彼らは、すでに分かっている。
ここでは、判断基準がぶれないということを。
午後、城下の巡回に出る。
最近、商人や職人の間で、小さな噂が流れ始めていた。
「この領地、強くなりすぎたんじゃないか」
「目をつけられたら、面倒になるんじゃないか」
不安は、必ず成功の後に生まれる。
私は、市場の一角で立ち止まり、露店の主人に声をかけた。
「最近、どうですか」
「正直に言っていいなら……」
主人は、少し迷った後、答える。
「仕事は増えました。
ですが、先のことを考えると、怖くもあります」
私は、頷いた。
「それは、自然な感覚です」
驚いたように、主人が私を見る。
「怖さを感じるということは、
守りたいものができたということですから」
「……守れますか?」
その問いは、重い。
私は、即答しなかった。
少しだけ考えてから、答える。
「簡単ではありません。
ですが、守るための準備は、すでに進めています」
主人は、静かに息を吐いた。
「それを聞けただけで、少し楽になりました」
城へ戻る途中、私は考える。
(均衡は、いつも揺れる)
外からの圧力。
内側の不安。
どちらか一方を無視すれば、必ず崩れる。
夜、内務院からの返書が届いた。
――事例共有の日程について、貴領の提案を尊重する。
――第一回は、視察を兼ねた意見交換としたい。
「……悪くない返答です」
私は、紙を机に置いた。
主導権は、まだこちらにある。
だが、それは永遠ではない。
均衡は、維持し続けなければならない。
一度保っただけで、安心してはいけない。
私は、予定表に新しい項目を書き込む。
・外部連携の評価基準
・人材流出防止策
・内部意識調査
どれも、地味な作業だ。
だが、こうした積み重ねが、領を守る。
窓の外では、城下の灯りが静かに揺れている。
嵐は、まだ来ていない。
だが、遠くで風向きが変わり始めている。
(試されるのは、成果ではない)
(――持ち続けられるかどうか)
私は、ペンを置き、深く息を吸った。
均衡は、偶然では保てない。
意志と判断で、支え続けるものだ。
そして、その責任を引き受ける覚悟は――
もう、とっくにできている。
朝の執務室は、いつもより少しだけ空気が張りつめていた。
机の上には、昨夜届いた報告書が積み重なっている。
どれも緊急事態ではない。
だが、無視すれば後々厄介になる――そんな内容ばかりだ。
「……やはり、来ましたか」
私は、最上段の書類を手に取る。
他領の貴族からの正式な共同事業提案。
名目は、物流網の統合と市場拡大。
条件は、一見すると悪くない。
だが、行間にはっきりと書かれている。
(主導権を、少しずつこちらから奪う)
ノアール公爵が、椅子に腰掛けたままこちらを見る。
「断るか?」
「……即答はしません」
私は、首を横に振った。
「今は、試されている段階ですから」
「試されている?」
「ええ。こちらが感情的に拒絶するか、
それとも条件を精査して対等に交渉するか」
公爵は、腕を組む。
「どちらが正解だ」
「どちらも正解になり得ます。
ですが――」
私は、資料を閉じた。
「今、必要なのは“拒否”ではなく、“線を引いた上での受容”です」
公爵は、しばらく黙った後、頷いた。
「……やってみろ」
午前中、私は関係部署を集め、簡易的な打ち合わせを行った。
「今回の提案ですが、全面的な共同運営は行いません」
集まった職員たちが、静かに耳を傾ける。
「物流の一部連携のみ、試験的に行います。
期間は三ヶ月。
判断権は、常にこちらが保持します」
「相手が、難色を示した場合は?」
若い官吏が、恐る恐る尋ねる。
「その時点で、終了です」
迷いはなかった。
「相手が欲しいのは、成果ではなく“影響力”です。
そこを渡さない限り、妥協する意味はありません」
会議室の空気が、少し引き締まる。
「……理解しました」
彼らは、すでに分かっている。
ここでは、判断基準がぶれないということを。
午後、城下の巡回に出る。
最近、商人や職人の間で、小さな噂が流れ始めていた。
「この領地、強くなりすぎたんじゃないか」
「目をつけられたら、面倒になるんじゃないか」
不安は、必ず成功の後に生まれる。
私は、市場の一角で立ち止まり、露店の主人に声をかけた。
「最近、どうですか」
「正直に言っていいなら……」
主人は、少し迷った後、答える。
「仕事は増えました。
ですが、先のことを考えると、怖くもあります」
私は、頷いた。
「それは、自然な感覚です」
驚いたように、主人が私を見る。
「怖さを感じるということは、
守りたいものができたということですから」
「……守れますか?」
その問いは、重い。
私は、即答しなかった。
少しだけ考えてから、答える。
「簡単ではありません。
ですが、守るための準備は、すでに進めています」
主人は、静かに息を吐いた。
「それを聞けただけで、少し楽になりました」
城へ戻る途中、私は考える。
(均衡は、いつも揺れる)
外からの圧力。
内側の不安。
どちらか一方を無視すれば、必ず崩れる。
夜、内務院からの返書が届いた。
――事例共有の日程について、貴領の提案を尊重する。
――第一回は、視察を兼ねた意見交換としたい。
「……悪くない返答です」
私は、紙を机に置いた。
主導権は、まだこちらにある。
だが、それは永遠ではない。
均衡は、維持し続けなければならない。
一度保っただけで、安心してはいけない。
私は、予定表に新しい項目を書き込む。
・外部連携の評価基準
・人材流出防止策
・内部意識調査
どれも、地味な作業だ。
だが、こうした積み重ねが、領を守る。
窓の外では、城下の灯りが静かに揺れている。
嵐は、まだ来ていない。
だが、遠くで風向きが変わり始めている。
(試されるのは、成果ではない)
(――持ち続けられるかどうか)
私は、ペンを置き、深く息を吸った。
均衡は、偶然では保てない。
意志と判断で、支え続けるものだ。
そして、その責任を引き受ける覚悟は――
もう、とっくにできている。
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