婚約破棄された令嬢ですが、判断を急がない領地改革を始めました

鷹 綾

文字の大きさ
28 / 40

第28話 失敗を許す勇気

しおりを挟む
第28話 失敗を許す勇気

 試験的施策枠を設けてから、数日が経った。

 城内の空気は、微妙に変化していた。
 表立って騒ぎが起きるわけではない。
 だが、廊下ですれ違う職員たちの視線に、これまでとは違う色が混じり始めている。

 期待。
 戸惑い。
 そして、恐れ。

(当然ね)

 失敗を許す、と言葉で告げるのは簡単だ。
 だが、長年「失敗=責任追及」という文化の中で生きてきた者たちにとって、それは簡単に信じられるものではない。

 午前の執務中、最初の申請書が机に置かれた。

「……来ましたか」

 封を切り、内容に目を通す。

 倉庫管理部門による、在庫配置の変更案。
 効率化を狙ったものだが、失敗すれば混乱が出る可能性が高い。

「補佐官様」

 提出者の名前を見て、私は少し驚いた。

 普段は堅実で、冒険を好まない中堅官吏だ。

(この人が、最初に踏み出した)

 それだけで、この施策に意味があったと分かる。

 私は、すぐに承認印を押した。

 条件は、簡潔に一つだけ。

 ――問題が起きた場合、即時報告すること。

 午後、倉庫を訪れる。

 現場は、普段よりも張り詰めた空気に包まれていた。

「……始めます」

 責任者が、やや硬い声で宣言する。

 配置換えは、想定よりも時間がかかった。
 動線が交錯し、一時的に混乱が生じる。

「すみません、想定外です!」

 若い職員が、焦った声を上げる。

「一旦、止めましょう」

 責任者が判断を下す。

 私は、その様子を少し離れた場所で見ていた。

(いい判断)

 無理に続行しない。
 失敗を認め、立て直そうとしている。

 作業は、結局その日は中断された。

 城へ戻ると、すぐに報告書が上がってきた。
 原因分析、改善案、そして――失敗の経緯。

 私は、それをじっくりと読み込んだ。

 夜、提出者本人が執務室を訪れる。

「……申し訳ありませんでした」

 深く頭を下げる姿に、私は首を振った。

「謝る必要はありません」

「ですが、結果として――」

「結果ではなく、過程を見ています」

 私は、はっきり告げる。

「問題点を洗い出し、無理だと判断して止めた。
 それは、成功です」

 彼は、言葉を失ったように顔を上げた。

「……成功、ですか」

「ええ。
 失敗を、被害が出る前に止められたのですから」

 しばらく沈黙が続いた後、彼は小さく息を吐いた。

「……正直に言うと、怖かったです」

「当然です」

「ですが、もし失敗しても責められないと思えたから、
 踏み出せました」

 私は、頷いた。

「それで十分です」

 その翌日、別の部署からも申請が上がった。
 その翌日には、さらにもう一件。

 小さな挑戦が、連鎖し始めている。

 だが、すべてがうまくいくわけではない。

 数日後、工房部門で行われた新工程の試行は、明確な失敗に終わった。
 材料を無駄にし、作業時間も延びた。

 現場は、重苦しい空気に包まれる。

「……やはり、余計なことはしない方が」

 そんな声が、上がりかけた。

 私は、その日のうちに工房を訪れた。

「今回の試み、どう思いますか」

 職人たちは、視線を逸らす。

「……失敗でした」

 代表者が、絞り出すように答えた。

「では、何が分かりましたか」

 その問いに、彼らは戸惑った。

「分かったこと……ですか?」

「はい。
 次に活かせることです」

 沈黙の後、一人の若い職人が、恐る恐る口を開いた。

「……材料の特性を、理解していなかったと」

「作業工程を、詰めすぎたかもしれません」

 次々に、言葉が出てくる。

 私は、それを黙って聞いた。

「それで、十分です」

 最後に、そう告げる。

「今回の失敗は、ここで終わり。
 誰も責めません」

 工房の空気が、少しだけ緩んだ。

 城へ戻る途中、私は思う。

(失敗を許すとは、甘やかすことではない)

(失敗と向き合う勇気を、守ることだ)

 夜、ノアール公爵が言った。

「……少し、騒がしくなったな」

「ええ」

 私は、微笑む。

「ですが、止まるよりはいい」

「失敗が増えるぞ」

「一時的には」

 私は、迷わず答える。

「ですが、長い目で見れば、
 失敗を恐れない組織の方が、強い」

 公爵は、短く笑った。

「お前らしいな」

 執務室に戻り、私は一日の記録を書き留める。

 数字には表れない変化。
 人の表情、声の震え、踏み出す瞬間。

 改革は、制度だけでは完成しない。

 失敗を許す勇気がなければ、
 前に進むことはできない。

 そして――
 その勇気を、誰かが最初に示さなければならない。

 私は、静かにペンを置いた。

 この領で、
 失敗は終わりではない。

 次へ進むための、通過点なのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意

何かと「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢は

だましだまし
ファンタジー
何でもかんでも「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢にその取り巻きの侯爵令息。 私、男爵令嬢ライラの従妹で親友の子爵令嬢ルフィナはそんな二人にしょうちゅう絡まれ楽しい学園生活は段々とつまらなくなっていった。 そのまま卒業と思いきや…? 「ひどいわ」ばっかり言ってるからよ(笑) 全10話+エピローグとなります。

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話

ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。 リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。 婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。 どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。 死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて…… ※正常な人があまりいない話です。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜

水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。 魔王乱立の時代。 王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。 だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。 にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。 抗議はしない。 訂正もしない。 ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。 ――それが、誰にとっての不合格なのか。 まだ、誰も気づいていない。 欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。

処理中です...