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第28話 失敗を許す勇気
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第28話 失敗を許す勇気
試験的施策枠を設けてから、数日が経った。
城内の空気は、微妙に変化していた。
表立って騒ぎが起きるわけではない。
だが、廊下ですれ違う職員たちの視線に、これまでとは違う色が混じり始めている。
期待。
戸惑い。
そして、恐れ。
(当然ね)
失敗を許す、と言葉で告げるのは簡単だ。
だが、長年「失敗=責任追及」という文化の中で生きてきた者たちにとって、それは簡単に信じられるものではない。
午前の執務中、最初の申請書が机に置かれた。
「……来ましたか」
封を切り、内容に目を通す。
倉庫管理部門による、在庫配置の変更案。
効率化を狙ったものだが、失敗すれば混乱が出る可能性が高い。
「補佐官様」
提出者の名前を見て、私は少し驚いた。
普段は堅実で、冒険を好まない中堅官吏だ。
(この人が、最初に踏み出した)
それだけで、この施策に意味があったと分かる。
私は、すぐに承認印を押した。
条件は、簡潔に一つだけ。
――問題が起きた場合、即時報告すること。
午後、倉庫を訪れる。
現場は、普段よりも張り詰めた空気に包まれていた。
「……始めます」
責任者が、やや硬い声で宣言する。
配置換えは、想定よりも時間がかかった。
動線が交錯し、一時的に混乱が生じる。
「すみません、想定外です!」
若い職員が、焦った声を上げる。
「一旦、止めましょう」
責任者が判断を下す。
私は、その様子を少し離れた場所で見ていた。
(いい判断)
無理に続行しない。
失敗を認め、立て直そうとしている。
作業は、結局その日は中断された。
城へ戻ると、すぐに報告書が上がってきた。
原因分析、改善案、そして――失敗の経緯。
私は、それをじっくりと読み込んだ。
夜、提出者本人が執務室を訪れる。
「……申し訳ありませんでした」
深く頭を下げる姿に、私は首を振った。
「謝る必要はありません」
「ですが、結果として――」
「結果ではなく、過程を見ています」
私は、はっきり告げる。
「問題点を洗い出し、無理だと判断して止めた。
それは、成功です」
彼は、言葉を失ったように顔を上げた。
「……成功、ですか」
「ええ。
失敗を、被害が出る前に止められたのですから」
しばらく沈黙が続いた後、彼は小さく息を吐いた。
「……正直に言うと、怖かったです」
「当然です」
「ですが、もし失敗しても責められないと思えたから、
踏み出せました」
私は、頷いた。
「それで十分です」
その翌日、別の部署からも申請が上がった。
その翌日には、さらにもう一件。
小さな挑戦が、連鎖し始めている。
だが、すべてがうまくいくわけではない。
数日後、工房部門で行われた新工程の試行は、明確な失敗に終わった。
材料を無駄にし、作業時間も延びた。
現場は、重苦しい空気に包まれる。
「……やはり、余計なことはしない方が」
そんな声が、上がりかけた。
私は、その日のうちに工房を訪れた。
「今回の試み、どう思いますか」
職人たちは、視線を逸らす。
「……失敗でした」
代表者が、絞り出すように答えた。
「では、何が分かりましたか」
その問いに、彼らは戸惑った。
「分かったこと……ですか?」
「はい。
次に活かせることです」
沈黙の後、一人の若い職人が、恐る恐る口を開いた。
「……材料の特性を、理解していなかったと」
「作業工程を、詰めすぎたかもしれません」
次々に、言葉が出てくる。
私は、それを黙って聞いた。
「それで、十分です」
最後に、そう告げる。
「今回の失敗は、ここで終わり。
誰も責めません」
工房の空気が、少しだけ緩んだ。
城へ戻る途中、私は思う。
(失敗を許すとは、甘やかすことではない)
(失敗と向き合う勇気を、守ることだ)
夜、ノアール公爵が言った。
「……少し、騒がしくなったな」
「ええ」
私は、微笑む。
「ですが、止まるよりはいい」
「失敗が増えるぞ」
「一時的には」
私は、迷わず答える。
「ですが、長い目で見れば、
失敗を恐れない組織の方が、強い」
公爵は、短く笑った。
「お前らしいな」
執務室に戻り、私は一日の記録を書き留める。
数字には表れない変化。
人の表情、声の震え、踏み出す瞬間。
改革は、制度だけでは完成しない。
失敗を許す勇気がなければ、
前に進むことはできない。
そして――
その勇気を、誰かが最初に示さなければならない。
私は、静かにペンを置いた。
この領で、
失敗は終わりではない。
次へ進むための、通過点なのだから。
試験的施策枠を設けてから、数日が経った。
城内の空気は、微妙に変化していた。
表立って騒ぎが起きるわけではない。
だが、廊下ですれ違う職員たちの視線に、これまでとは違う色が混じり始めている。
期待。
戸惑い。
そして、恐れ。
(当然ね)
失敗を許す、と言葉で告げるのは簡単だ。
だが、長年「失敗=責任追及」という文化の中で生きてきた者たちにとって、それは簡単に信じられるものではない。
午前の執務中、最初の申請書が机に置かれた。
「……来ましたか」
封を切り、内容に目を通す。
倉庫管理部門による、在庫配置の変更案。
効率化を狙ったものだが、失敗すれば混乱が出る可能性が高い。
「補佐官様」
提出者の名前を見て、私は少し驚いた。
普段は堅実で、冒険を好まない中堅官吏だ。
(この人が、最初に踏み出した)
それだけで、この施策に意味があったと分かる。
私は、すぐに承認印を押した。
条件は、簡潔に一つだけ。
――問題が起きた場合、即時報告すること。
午後、倉庫を訪れる。
現場は、普段よりも張り詰めた空気に包まれていた。
「……始めます」
責任者が、やや硬い声で宣言する。
配置換えは、想定よりも時間がかかった。
動線が交錯し、一時的に混乱が生じる。
「すみません、想定外です!」
若い職員が、焦った声を上げる。
「一旦、止めましょう」
責任者が判断を下す。
私は、その様子を少し離れた場所で見ていた。
(いい判断)
無理に続行しない。
失敗を認め、立て直そうとしている。
作業は、結局その日は中断された。
城へ戻ると、すぐに報告書が上がってきた。
原因分析、改善案、そして――失敗の経緯。
私は、それをじっくりと読み込んだ。
夜、提出者本人が執務室を訪れる。
「……申し訳ありませんでした」
深く頭を下げる姿に、私は首を振った。
「謝る必要はありません」
「ですが、結果として――」
「結果ではなく、過程を見ています」
私は、はっきり告げる。
「問題点を洗い出し、無理だと判断して止めた。
それは、成功です」
彼は、言葉を失ったように顔を上げた。
「……成功、ですか」
「ええ。
失敗を、被害が出る前に止められたのですから」
しばらく沈黙が続いた後、彼は小さく息を吐いた。
「……正直に言うと、怖かったです」
「当然です」
「ですが、もし失敗しても責められないと思えたから、
踏み出せました」
私は、頷いた。
「それで十分です」
その翌日、別の部署からも申請が上がった。
その翌日には、さらにもう一件。
小さな挑戦が、連鎖し始めている。
だが、すべてがうまくいくわけではない。
数日後、工房部門で行われた新工程の試行は、明確な失敗に終わった。
材料を無駄にし、作業時間も延びた。
現場は、重苦しい空気に包まれる。
「……やはり、余計なことはしない方が」
そんな声が、上がりかけた。
私は、その日のうちに工房を訪れた。
「今回の試み、どう思いますか」
職人たちは、視線を逸らす。
「……失敗でした」
代表者が、絞り出すように答えた。
「では、何が分かりましたか」
その問いに、彼らは戸惑った。
「分かったこと……ですか?」
「はい。
次に活かせることです」
沈黙の後、一人の若い職人が、恐る恐る口を開いた。
「……材料の特性を、理解していなかったと」
「作業工程を、詰めすぎたかもしれません」
次々に、言葉が出てくる。
私は、それを黙って聞いた。
「それで、十分です」
最後に、そう告げる。
「今回の失敗は、ここで終わり。
誰も責めません」
工房の空気が、少しだけ緩んだ。
城へ戻る途中、私は思う。
(失敗を許すとは、甘やかすことではない)
(失敗と向き合う勇気を、守ることだ)
夜、ノアール公爵が言った。
「……少し、騒がしくなったな」
「ええ」
私は、微笑む。
「ですが、止まるよりはいい」
「失敗が増えるぞ」
「一時的には」
私は、迷わず答える。
「ですが、長い目で見れば、
失敗を恐れない組織の方が、強い」
公爵は、短く笑った。
「お前らしいな」
執務室に戻り、私は一日の記録を書き留める。
数字には表れない変化。
人の表情、声の震え、踏み出す瞬間。
改革は、制度だけでは完成しない。
失敗を許す勇気がなければ、
前に進むことはできない。
そして――
その勇気を、誰かが最初に示さなければならない。
私は、静かにペンを置いた。
この領で、
失敗は終わりではない。
次へ進むための、通過点なのだから。
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