働かない令嬢は、すでに幸せです  ――婚約破棄? それより紅茶の時間をください

鷹 綾

文字の大きさ
32 / 40

第32話 何もしない令嬢、改革派に目をつけられる

しおりを挟む
第32話 何もしない令嬢、改革派に目をつけられる

 王都の空気が、少し変わった。

 それを最初に感じ取ったのは、私ではなくロバートだった。

「お嬢様……最近、
 王都からの書簡が増えております」

「内容は?」

「表向きは情報交換や挨拶。
 しかし――
 どれも“探り”ですな」

 私はソファに深く腰を沈め、紅茶を受け取った。

(ああ、来たか)

 視察団が帰った直後から、
 王都の一部で
 アーデルハイド領の運営方法が
 話題になっているのは知っていた。

 そして――
 話題になるということは、
 必ず利用しようとする者が現れる。

「差出人は?」

「改革派貴族と呼ばれる方々が多いですね。
 中堅から上位の家柄が中心です」

「……面倒くさいわね」

 正直な感想だった。

 改革派。

 聞こえはいいが、
 実態は玉石混交だ。

 本気で国を良くしたい者。
 ただ王太子派に対抗したい者。
 “新しい”という言葉に酔っているだけの者。

 そして――
 責任を取りたくない者。

 数日後。

 ついに“本人”が来た。

 王都でも名の知られた伯爵、
 セルジオ・ヴァンデル伯。

 改革派の中心人物の一人だ。

「お初にお目にかかります、
 レイラ・フォン・アーデルハイド嬢」

「ようこそ。
 遠いところを」

 応接室。

 伯爵は笑顔を崩さない。

 だが、その目は鋭い。

「噂はかねがね。
 貴女の領地は、
 驚くほど“回っている”そうですね」

「そう聞いています」

「ご謙遜を。
 貴女の手腕あってこそでしょう」

 私は、首を横に振った。

「いいえ。
 私は何もしていません」

 伯爵の眉が、
 ほんの一瞬だけ動いた。

「……またまた」

「事実ですわ」

 私は淡々と言った。

「決めるのは現場。
 私は止めるだけ」

「止める?」

「壊れそうな時に」

 伯爵は興味深そうに笑った。

「素晴らしい。
 実に合理的だ」

 ――来る。

 私はそう思った。

「実はですね」

 案の定。

「その手法を、
 王都にも導入できないかと」

 私は紅茶を一口飲み、
 カップを静かに置いた。

「お断りします」

 即答だった。

 空気が、
 ぴしりと固まる。

「……理由を、
 伺っても?」

「簡単ですわ」

 私は微笑んだ。

「王都は、
 “責任を手放す覚悟”が
 できていません」

 伯爵の顔から、
 笑みが消える。

「どういう意味でしょう」

「現場に任せるということは、
 失敗も受け入れるということ」

 私は指を一本立てた。

「そして王都は、
 失敗を嫌う」

 次に二本。

「責任を押し付ける文化が、
 根深い」

 三本。

「だから、
 このやり方は
 形だけ真似されて壊れます」

 沈黙。

 伯爵はしばらく考え込み――
 やがて、低く笑った。

「……なるほど。
 噂以上に手強い」

「褒め言葉として受け取ります」

 彼は立ち上がった。

「いずれまた、
 意見交換を」

「その時は、
 責任の覚悟を持ってからで」

 伯爵は苦笑し、
 去っていった。

 その夜。

 父が言った。

「敵に回したか?」

「いいえ」

 私は首を振る。

「利用されなかっただけ」

 日記を書く。

『改革派が来た。
 誘われた。
 断った。
 私は王都を変える気はない。
 自分の場所だけ守ればいい』

 窓の外、
 月が静かに輝いている。

 私は、
 働かない。

 だが――
 巻き込まれもしない。

 それもまた、
 立派な選択なのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

あの日々に戻りたくない!自称聖女の義妹に夫と娘を奪われた妃は、死に戻り聖女の力で復讐を果たす

青の雀
恋愛
公爵令嬢スカーレット・ロッテンマイヤーには、前世の記憶がある。 幼いときに政略で結ばれたジェミニ王国の第1王子ロベルトと20歳の時に結婚した。 スカーレットには、7歳年下の義妹リリアーヌがいるが、なぜかリリアーヌは、ロッテンマイヤー家に来た時から聖女様を名乗っている。 ロッテンマイヤーは、代々異能を輩出している家柄で、元は王族 物語は、前世、夫に殺されたところから始まる。

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

妻よりも幼馴染が大事? なら、家と慰謝料はいただきます

佐藤 美奈
恋愛
公爵令嬢セリーヌは、隣国の王子ブラッドと政略結婚を果たし、幼い娘クロエを授かる。結婚後は夫の王領の離宮で暮らし、義王家とも程よい関係を保ち、領民に親しまれながら穏やかな日々を送っていた。 しかし数ヶ月前、ブラッドの幼馴染である伯爵令嬢エミリーが離縁され、娘アリスを連れて実家に戻ってきた。元は豊かな家柄だが、母子は生活に困っていた。 ブラッドは「昔から家族同然だ」として、エミリー母子を城に招き、衣装や馬車を手配し、催しにも同席させ、クロエとアリスを遊ばせるように勧めた。 セリーヌは王太子妃として堪えようとしたが、だんだんと不満が高まる。

婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。 幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、 いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。 そして――年末の舞踏会の夜。 「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」 エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、 王国の均衡は揺らぎ始める。 誇りを捨てず、誠実を貫く娘。 政の闇に挑む父。 陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。 そして――再び立ち上がる若き王女。 ――沈黙は逃げではなく、力の証。 公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。 ――荘厳で静謐な政略ロマンス。 (本作品は小説家になろうにも掲載中です)

【完結】恋は、終わったのです

楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。 今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。 『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』 身長を追い越してしまった時からだろうか。  それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。 あるいは――あの子に出会った時からだろうか。 ――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。

【完結】王妃を廃した、その後は……

かずきりり
恋愛
私にはもう何もない。何もかもなくなってしまった。 地位や名誉……権力でさえ。 否、最初からそんなものを欲していたわけではないのに……。 望んだものは、ただ一つ。 ――あの人からの愛。 ただ、それだけだったというのに……。 「ラウラ! お前を廃妃とする!」 国王陛下であるホセに、いきなり告げられた言葉。 隣には妹のパウラ。 お腹には子どもが居ると言う。 何一つ持たず王城から追い出された私は…… 静かな海へと身を沈める。 唯一愛したパウラを王妃の座に座らせたホセは…… そしてパウラは…… 最期に笑うのは……? それとも……救いは誰の手にもないのか *************************** こちらの作品はカクヨムにも掲載しています。

処理中です...