『婚約破棄されたので、せっかくの異世界を観光と遊びで満喫します!』

鷹 綾

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第一話 「仕事にしか興味がない令嬢」

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第一話 「仕事にしか興味がない令嬢」

「――ティモテ・ユニリーバ公爵令嬢」

王城・謁見の間。
静まり返った空間で、王太子――アビュース・オブ・パワーが声を張った。

「お前との婚約は、ここに破棄する」

一瞬、空気が揺れた。

だが、ティモテは動揺を見せなかった。
予想していなかったわけではない。
ここ数か月、彼の態度はあからさまだったからだ。

「理由は、分かっているな」

王太子は、いかにも当然という口調で続ける。

「お前は有能だ。だが――」
「仕事にしか興味がない」

その言葉に、貴族たちがひそひそと囁き合う。

「王太子妃には、もっと優雅さが必要だ」
「余裕、気遣い、柔らかさ……そういうものが、お前には欠けている」

(……それを奪ったのは、どなたでしたか)

内心でそう思っても、ティモテは口にしなかった。

外交案件の下準備。
文官会議の整理。
財政資料の精査。
貴族派閥の衝突回避。

そしていつの間にか――
王太子自身の執務まで、彼女が回すようになっていた。

「ティモテ、これも見ておいてくれ」
「判断材料を揃えておけ」

そう言われ続けた結果が、
「仕事にしか興味がない」評価らしい。

「そして」

王太子は、横に立つ少女を示した。

淡い色のドレスに身を包み、
少し緊張した面持ちで立っている――
エリーゼ・レッケル伯爵令嬢。

「エリーゼを、新しい婚約者とする」

ざわ、と空気が波立つ。

「彼女は穏やかで、心に余裕があり、優雅だ」
「王太子妃にふさわしいのは、こちらだ」

エリーゼは、小さく頭を下げた。
悪意はない。
ただ、流されているだけなのだろう。

ティモテは、静かに一礼した。

「……承知いたしました」

その落ち着いた返答に、
王太子は一瞬だけ眉をひそめた。

「では、次だ」

その一言で、場の空気が変わる。

「お前が今まで担っていた王太子妃候補としての席――
今すぐ空けろ」

はっきりとした命令だった。

「引き継ぎなどは不要だ」
「細かい説明も、整理も、どうでもいい」

言い切りの声。

「どうせ、すぐにエリーゼが入る」
「いつまでも居座られては困る」

さらに、決定打のように続ける。

「お前は、仕事を抱え込みすぎた」
「私の執務まで回していたから、余裕がなく見えたのだ」

(……それが理由ですか)

心の中で、何かが静かに切れた。

評価でもない。
感情でもない。
役割そのものを切り捨てられた感覚。

「分かりました」

ティモテは、淡々と答えた。

「では、本日をもって――
私はその席を空けます」

反論はしない。
抗議もしない。

ただ、言われた通りにするだけだ。

「話が早くて助かる」

アビュース・オブ・パワー王太子は満足そうに頷いた。

「これで、お前も自由だろう」

――ええ。

その通りですわ。

謁見の間を出ると、
背後で扉が静かに閉まった。

ティモテは一度だけ立ち止まり、
小さく息を吐く。

(婚約破棄)
(席を空けろ)
(引き継ぎは不要)

言葉は、すべて揃っている。

(……なるほど)

それならば――
本当に、何も残さず席を空けるだけですわね。

王太子妃候補としての人生は、
ここで終わった。

だがそれは、
まだ誰も知らない「始まり」でもあった。


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