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第4話: 追放の決定
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第4話: 追放の決定
婚約破棄の宣告から三日が経っていた。
公爵家の屋敷は、まるで葬儀の後のように静まり返っていた。使用人たちの足音さえ慎重で、誰もが私の顔を覗き込むようにしながら、声をかけられずにいる。
私は自分の部屋に閉じこもり、ベッドの上で膝を抱えていた。食事もほとんど喉を通らない。鏡を見るたびに、頬がこけ、目の下に濃い隈ができているのがわかった。それでも、涙はもう出なかった。泣き疲れて、涙腺が枯れたようだった。
ドアが静かにノックされた。
「お嬢様……お父様がお呼びです。応接室に、王宮からの使者が再び来ておられます」
ソフィアの声は震えていた。私はゆっくりと立ち上がり、ドレスを整えた。もう水色の華やかなものは着られない。黒に近い濃紳色のシンプルなワンピース。まるで喪に服すような装いだ。
応接室に入ると、父が疲れ切った顔で立っていた。向かい側には、昨日と同じ近衛騎士と、もう一人――王宮の重鎮である宰相が座っていた。
「エレナ、座りなさい」
父の声は低く、掠れていた。私は静かに椅子に腰を下ろす。宰相が口を開いた。
「リシュタイン公爵、ならびにエレナ様。王家より、最終的な処分を伝えに参りました」
最終的な処分――その言葉に、私の体が凍りついた。
「アレックス王子殿下とリリア・ド・ヴァレンティア嬢の婚約が、正式に発表されました。同時に、リシュタイン公爵家に対し、以下の処分を下します」
宰相は巻物を広げ、淡々と読み上げ始めた。
「一、婚約破棄に伴うエレナ・フォン・リシュタインの王宮出入り禁止。
二、公爵家の領地および屋敷の没収。
三、一族全員の王国領外への永久追放。
四、追放期限は七日以内。所持品は最低限の私物のみ許可。それ以外はすべて王家に帰属する」
一言ごとに、私の心が削られていくのがわかった。
領地没収。屋敷没収。追放――。
父が立ち上がり、声を震わせた。
「宰相殿、これはあまりに理不尽ではございませんか! リシュタイン家は代々王家に忠誠を誓い、戦場でも貢献してきたのですぞ!」
宰相は冷たく首を振った。
「王子殿下のご決断です。リリア嬢のご提案もあり、王国にとってより良い選択だと判断されました。エレナ様が王子殿下を惑わせたという証言も複数ございます」
「私が……惑わせた?」
思わず声が出た。宰相は私を一瞥した。
「はい。複数の貴族が、エレナ様が王子殿下に過度な期待を抱かせ、婚約を強要したと証言しております」
嘘だ。そんなこと、私は一度も――。
すべてリリアの仕業だ。彼女が偽の証言を集め、王子を操っているに違いない。でも、証拠はない。ただの私の推測に過ぎない。
父が膝をついた。
「どうか……せめてエレナだけでも。王国に残してやってください。私がすべての罪を被ります」
その姿を見て、私の胸が張り裂けそうになった。厳格で誇り高い父が、地面に膝をついている。
宰相は冷たく首を振った。
「決定は覆りません。七日以内に退去願います」
使者たちは立ち去り、応接室に重い静寂が残った。
父がゆっくりと立ち上がり、私を抱きしめた。
「エレナ、申し訳ない……お前の幸せを願っていたのに、私が守れなかった」
「お父様のせいじゃありません……」
私は父の背中をさすった。でも、私の心の中では、もう何もかもが崩れ落ちていた。
その夜、使用人たちが次々と屋敷を去っていった。王宮の命令で、残ることは許されないという。ソフィアだけが、最後まで私のそばにいてくれた。
「お嬢様、どこへ行かれても、私がついていきます」
「ソフィア……ありがとう。でも、あなたには家族がいるでしょう? 巻き込むわけには――」
「いいえ! お嬢様がいなければ、私はここにいられませんでした!」
ソフィアは泣きながら、私の手を握った。
残された時間は七日。
何を持っていけるのか。宝石もドレスも、すべて没収される。最低限の私服と、少しの金貨だけ。
私は窓辺に立ち、庭園を見下ろした。
幼い頃から過ごしてきたこの屋敷。母が植えたバラの花壇。父と散歩した小道。王子と約束を交わした噴水――すべてを失う。
胸の奥で、黒い炎が燃え始めていた。
こんな仕打ち、許せない。
アレックス王子。リリア・ド・ヴァレンティア。
あなたたちが私から奪ったもの、いつか必ず――。
そのとき、突然、部屋が眩い光に包まれた。
「――え?」
視界が白く染まり、体が浮くような感覚。
次の瞬間、私は見知らぬ森の中に立っていた。
足元には柔らかな草。頭上には、見たこともない巨大な木々がそびえている。空には二つの月が浮かんでいた。
「ここは……どこ?」
私は呆然と周囲を見回した。
王国ではない。まったく違う世界――。
そのとき、頭の中に声が響いた。
【おかえりなさい、転移者よ。あなたに新たな力を授けます】
体が熱くなり、何かが流れ込んでくる感覚。
同時に、胸の絶望が、少しだけ薄らいでいくのを感じた。
ここは、私の新しい始まりなのかもしれない。
婚約破棄の宣告から三日が経っていた。
公爵家の屋敷は、まるで葬儀の後のように静まり返っていた。使用人たちの足音さえ慎重で、誰もが私の顔を覗き込むようにしながら、声をかけられずにいる。
私は自分の部屋に閉じこもり、ベッドの上で膝を抱えていた。食事もほとんど喉を通らない。鏡を見るたびに、頬がこけ、目の下に濃い隈ができているのがわかった。それでも、涙はもう出なかった。泣き疲れて、涙腺が枯れたようだった。
ドアが静かにノックされた。
「お嬢様……お父様がお呼びです。応接室に、王宮からの使者が再び来ておられます」
ソフィアの声は震えていた。私はゆっくりと立ち上がり、ドレスを整えた。もう水色の華やかなものは着られない。黒に近い濃紳色のシンプルなワンピース。まるで喪に服すような装いだ。
応接室に入ると、父が疲れ切った顔で立っていた。向かい側には、昨日と同じ近衛騎士と、もう一人――王宮の重鎮である宰相が座っていた。
「エレナ、座りなさい」
父の声は低く、掠れていた。私は静かに椅子に腰を下ろす。宰相が口を開いた。
「リシュタイン公爵、ならびにエレナ様。王家より、最終的な処分を伝えに参りました」
最終的な処分――その言葉に、私の体が凍りついた。
「アレックス王子殿下とリリア・ド・ヴァレンティア嬢の婚約が、正式に発表されました。同時に、リシュタイン公爵家に対し、以下の処分を下します」
宰相は巻物を広げ、淡々と読み上げ始めた。
「一、婚約破棄に伴うエレナ・フォン・リシュタインの王宮出入り禁止。
二、公爵家の領地および屋敷の没収。
三、一族全員の王国領外への永久追放。
四、追放期限は七日以内。所持品は最低限の私物のみ許可。それ以外はすべて王家に帰属する」
一言ごとに、私の心が削られていくのがわかった。
領地没収。屋敷没収。追放――。
父が立ち上がり、声を震わせた。
「宰相殿、これはあまりに理不尽ではございませんか! リシュタイン家は代々王家に忠誠を誓い、戦場でも貢献してきたのですぞ!」
宰相は冷たく首を振った。
「王子殿下のご決断です。リリア嬢のご提案もあり、王国にとってより良い選択だと判断されました。エレナ様が王子殿下を惑わせたという証言も複数ございます」
「私が……惑わせた?」
思わず声が出た。宰相は私を一瞥した。
「はい。複数の貴族が、エレナ様が王子殿下に過度な期待を抱かせ、婚約を強要したと証言しております」
嘘だ。そんなこと、私は一度も――。
すべてリリアの仕業だ。彼女が偽の証言を集め、王子を操っているに違いない。でも、証拠はない。ただの私の推測に過ぎない。
父が膝をついた。
「どうか……せめてエレナだけでも。王国に残してやってください。私がすべての罪を被ります」
その姿を見て、私の胸が張り裂けそうになった。厳格で誇り高い父が、地面に膝をついている。
宰相は冷たく首を振った。
「決定は覆りません。七日以内に退去願います」
使者たちは立ち去り、応接室に重い静寂が残った。
父がゆっくりと立ち上がり、私を抱きしめた。
「エレナ、申し訳ない……お前の幸せを願っていたのに、私が守れなかった」
「お父様のせいじゃありません……」
私は父の背中をさすった。でも、私の心の中では、もう何もかもが崩れ落ちていた。
その夜、使用人たちが次々と屋敷を去っていった。王宮の命令で、残ることは許されないという。ソフィアだけが、最後まで私のそばにいてくれた。
「お嬢様、どこへ行かれても、私がついていきます」
「ソフィア……ありがとう。でも、あなたには家族がいるでしょう? 巻き込むわけには――」
「いいえ! お嬢様がいなければ、私はここにいられませんでした!」
ソフィアは泣きながら、私の手を握った。
残された時間は七日。
何を持っていけるのか。宝石もドレスも、すべて没収される。最低限の私服と、少しの金貨だけ。
私は窓辺に立ち、庭園を見下ろした。
幼い頃から過ごしてきたこの屋敷。母が植えたバラの花壇。父と散歩した小道。王子と約束を交わした噴水――すべてを失う。
胸の奥で、黒い炎が燃え始めていた。
こんな仕打ち、許せない。
アレックス王子。リリア・ド・ヴァレンティア。
あなたたちが私から奪ったもの、いつか必ず――。
そのとき、突然、部屋が眩い光に包まれた。
「――え?」
視界が白く染まり、体が浮くような感覚。
次の瞬間、私は見知らぬ森の中に立っていた。
足元には柔らかな草。頭上には、見たこともない巨大な木々がそびえている。空には二つの月が浮かんでいた。
「ここは……どこ?」
私は呆然と周囲を見回した。
王国ではない。まったく違う世界――。
そのとき、頭の中に声が響いた。
【おかえりなさい、転移者よ。あなたに新たな力を授けます】
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同時に、胸の絶望が、少しだけ薄らいでいくのを感じた。
ここは、私の新しい始まりなのかもしれない。
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